16 将来
「何したいか分かんないんだよね」
「そうね。難しいわね」
進路の希望の提出期限が近づいていた。
だが、僕はまだ自分が何をしたいのか分からなかった。
もちろん悩んでることは先生にも相談をしていた。
彼氏という立場、生徒という立場。
どちらを見ても心配されるのは当然のことだ。
「でも、自分の将来のことでしょう。ちゃんと考えないとだめよ」
僕は自分の将来について、まだ深く考えてなかった。
いや、考えられないというのが本音だった。
大学への進学は全く頭にはなかった。
専門学校を選択しても目的がないまま通うのは意味がない。
要は就職希望だったのだが、どんな職業が自分に合ってるのかが分からずに決められないでいた。
「先生はどうして今の仕事を選んだの?」
「そうね……。私は小さい頃からなりたかった仕事が教職だったのよね」
「昔からの夢ってこと?」
「そうなるわね」
自分のなりたかった職業に就く。
だが、その為には相当の努力が必要だったに違いない。
「分かったよ。よく考えてみる」
「いつでも相談に乗るから頼ってね?」
「ありがとう」
心配する先生を余所目に、僕はまだどこか人事のように考えていた。
やりたいことが見つからなくても、いずれはどうにかなるだろう。
そんな楽観的な考えをしてた。
強がっていても、実際は将来に不安があったのも事実だ。
そして、就職希望だったのには理由もある。
早く社会人になって先生と同じ立場に立ちたかった。
浮ついた考えだったから決めかねていたのかもしれない。
結局、悩んで困ってた僕を見かねて先生がある資料を持ってきた。
「余計なお世話かもしれないけど、こういうのはどうかと思って……」
渡されたのは介護職についての資料だった。
近々施設での体験学習があるらしい。
「真一は優しいから、こういうの合ってるって思うのよね」
「そうかな? でも、こういうのって女の人の仕事じゃないの?」
「そうでもないみたい。今は男の人の手も必要な時代だからね。力仕事とかあるし」
先生に言われるままに、僕はその施設での体験学習に参加することにした。
◇ ◇ ◇
最初は軽い気持ちだった。
大変な仕事だとは分かっていたが、予想以上だった。
食事の介助、排泄物の世話はもちろん、一つ一つの仕事に責任が必要なのだ。
改めて仕事の大変さを実感していた。
「ねえ、君。ちょっと支えてみてくれる?」
「え? は、はい」
僕はお年寄りの体なんて軽くて楽だろうと思っていた。
しかし、力の抜けた体は思った以上に重かったり、強い力で掴んできたりと実際やってみると大きく違うことに驚いた。
「だ、大丈夫ですか?」
抱えたおばあさんが心配で僕は声をかけた。
「ありがとう、学生さん」
しわくちゃの顔でお礼を言われるとくすぐったい気持ちになる。
それと同時に心が温まるような気がした。
「男の人だと、やっぱり力があっていいね」
施設の人の何気ない一言は、僕に力を与えてくれるようだった。
こういう仕事も悪くない。
初めてそう思えるようになっていた。
「資格……か。取ってがんばってみようかな」
体験学習が終わった後、先生に報告してる僕がいた。
先生は僕の性格をよく理解してる。
まるで僕が興味を持つことを分かっていたかのような反応だった。
「真一ならやれるよ! がんばってね」
いつも先生の言葉は僕に勇気や希望を与えてくれる。