14 彼氏・彼女
先生と生徒。
付き合いが始まっても何ら関係は変わることはない。
周りの目を気にしなければならないのが辛い所だ。
外でデートする訳にも行かず、会えるのが学校での一時の時間しかない。
ラインのやり取りや電話で話すのが唯一の楽しみだった。
それで本当に付き合っていると言えるのだろうか?
不安に駆られるものの、以前に比べたら贅沢な悩みだったかもしれない。
「どこ見てるの?」
「えっ? いや、別に……」
先生が僕の視線が胸に向けられたことに気づく。
「全くもう」
付き合ってるんだから、いずれは先生とも……。
などと思うのは間違った考えじゃないだろう。
「しょうがないのね……。クシュ!」
「先生、風邪?」
「そうみたいね」
「声も鼻声だよ」
「私のこといいから自分の心配しなさい。テスト、近いでしょう?」
生徒として話してるのか、彼氏として話してるのか。
自分のことより僕を心配してくれるのは嬉しかった。
ところが、それから風邪をこじらせてしまった先生は学校を休んでいた。
二日、三日と休む中、寝てたら悪いと思い電話もかけられない。
ラインはするものの、大丈夫、心配ないから、そんな返事が来るだけ。
僕という存在は本当に彼氏なんだろうか?
なかなか生徒の域を脱してない現実はストレスにもなってる。
僕は思い切って先生のアパートへお見舞いに行くことを考えた。
アパートの場所は分かっている。
コンビニで飲み物を買うと怒られることを承知で先生の住むアパートへ向かった。
急に押しかけたら迷惑じゃないか。
いや、僕は先生のれっきとした彼氏なんだから。
途中、この二つの葛藤を繰り返していた。
周りに誰もいないのを確認すると、先生の部屋の前に立っていた。
――ピンポーン……ピンポーン……
ドキドキしながらドアの前で待つ。
部屋の中から歩く足音。
――ガチャ……
「こ、こんちは」
「し、真一? どうして……」
「三日も休んだら心配するの当然じゃん」
「わざわざ来てくれたんだ。うふふ。何だか嬉しいわね」
怒らない、というより喜んでくれたことが意外だった。
「入って。ちょっと散らかってるかもしれないけど」
「うん」
そう言うと外の様子を気にする先生。
「大丈夫。誰にも見られてないの、確認したから」
「そう」
どうやら考えてることは同じだった。
「狭いけど、適当に座ってね」
初めて入る先生の部屋は予想してたのと違ってた。
風邪のせいで片付けが中途半端な先生の部屋は生活の香りがしている。
脱ぎっ放しの服。
ゴミ箱の周りの紙くず。
机に散乱してある教科書やノート。
若い女性だから、もっと華やかでキレイな部屋を想像してただけに驚いた。
「……汚いって顔してるわよ」
「えっ? いや、そんな……」
「いいわよ、別に。本当のことだから」
学校と違う先生の態度。
よく見れば格好もそうだ。
スーツでビシっと決めてる格好か、せいぜいジャージ姿ぐらいしか見たことがなかった。
部屋着のスウェット姿はずいぶんとラフに見える。
そもそも風邪だから仕方ないかもしれない。
だが、仮にも彼氏である僕にそんな姿を晒しても恥ずかしくないのだろうか。
もしかして未だに異性に思われてないのでは?
そう思ってしまった。
「風邪引いてるせいもあるけど、普段もこんな感じよ」
思ってることを見透かされたような先生の言葉。
苦笑いを浮かべていた。
「“彼氏”になら“彼女”は本当の姿見せたって恥ずかしくないでしょう?」
「……えっ?」
「……何よ。間違ったこと言ったかしら? 真一は私の彼氏で私は真一の彼女なんでしょ?」
「……うん。そうだね」
照れ臭そうに頬を染めて、先生ははっきりそう言ってくれた。
僕の不安を感じ取っていたのかもしれない。
勝手に距離を感じてたのは僕の方だった。
誰も知らない先生の秘密を僕だけが知ってる。
それが嬉しかった。