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12 白いクリスマス

 クリスマスイヴ。

 先生と過ごしたいのは山々だが誘えないのは意気地なしの僕の性格のせいもある。

 誘っても断れるだろうと思ってしまう後ろ向きな気持ち。

 情けないったらありゃしない。


 迷ってる内に友達が予定してたケーキ売りのバイトを頼まれてしまった。

 何でも急にクリスマスを過ごせる女の子が出来たとか。

 彼女もいない僕には小遣い稼ぎにはちょうどいいバイトだったかもしれない。

 今年も先生には健気にもプレゼントを用意していた。

 明日、学校に行って今年もこっそり渡そうと考えていた。


   ◇   ◇   ◇


「いらっしゃいませー」


 街を歩くカップルの幸せそうな様子が目に入る。

 いつか僕も先生と……。

 そんな夢みたいなことを考えながら、寒い夜空の下でケーキ売りに励んでいた。

 忙しくなったのは売れ残ったケーキを割引で売り始めた辺りから。

 みんなしっかりしてるものだ。

 残り少なくなった頃、目の前で買おうか、止めようか迷うその姿は僕の見慣れた人だった。


「うーん、どうしよっかな……」


「せっかくだから買ったら? 先生」


「えっ? ……嘘! 真一君!?」


「ははは。ケーキに夢中で気づかなかったね」


 僕も驚いたが先生の方はもっと驚いてた。

 まさかバイトでケーキを売ってるのが僕だとは思ってもなかったようだ。


「やだなぁ、もう。恥ずかしい所見られちゃったなぁ」


 先生は気まずそうに照れ笑いを浮かべてる。

 割引のケーキを迷ってる所を見られたのだから、それも頷ける。


「あ、先生。いいの? なくなっちゃうよ」


「せっかく真一君が売ってることだし、しょうがないから買っちゃおうかな?」


「一人で食べるの?」


「……そうよ。悪い?」


 ムッとした顔で僕を一睨み。

 誰かと一緒に食べるとでも聞いたら、それこそバイト所じゃなくなるだろう。

 でも、きっとそんなことはないだろうと言う自信があった。


「こんな大きなケーキ一人で食べたらさ……」


 チラっと先生のお腹に視線を向ける。

 視線の先に気づいた先生は僕が何を言いたかったのか、すぐに悟ったようだ。


「い、いいじゃない。クリスマスぐらい美味しい物食べたって!」


 ちょっとぐらい太ったって、僕は別に構わないのが素直な意見。

 慌てて恥ずかしがる先生を見たくて、ついつい余計なことを言ってからかっていた。


「これ売りさばいたら終わりなんっすよ。良かったら一緒に帰りませんか?」


 断られても仕方ないと思っていた。

 それでも僕には勇気のいる言葉だった。


「いいわよ。じゃあ、そこで待ってるから」


「は、はい!」


 予期せぬ返事に思わず上ずる声。

 まさかクリスマスイヴの一時でも、先生と過ごせることになろうとは思ってもみなかった。

 無事にバイトが終わった後、急いで先生の元へ走る足取りは軽い。


「すいません。お待たせしました!」


「じゃあ、帰りましょうか?」


 少しでも長く先生と一緒にいたい。

 その思いが僕を奮い立たせていた。


「今夜、イルミネーションしてるんですよ。見てきませんか?」


「えー、そうなんだ。……そうね。クリスマス気分でも味わってきましょうか」


 さりげなく誘ったつもりだが、内心はドキドキしていた。

 先生との関係は時間の経過と共に深まってる気がしないでもない。

 少なからず先生の気持ちも僕に向いてると思っていた。

 いや、思いたかった。

 確固たる自信には程遠いが、それでも今はこうして隣を歩いてくれる先生がいる。

 それだけで満足してる自分がいた。


「キレイっすね」


「そうね。遠くからしか見たことなかったけどキレイね」


 “先生もキレイだよ”

 そんな台詞は思いついたが、とても言えはしない。


「どうしたの?」


「な、何でもないです」


 焦る僕を不思議そうな顔で先生は見ていた。

 輝くイルミネーションで人混みが溢れる中、他愛のない会話をしながらゆっくりと歩く僕と先生。

 ただ歩いてるだけなのに楽しかった。


「それにしても寒いわね」


 それもそのはず。

 夜空にうっすらと粉雪が舞い始めた。

 身震いをして、先生はいかにも寒そうに腕を組んでいた。


「あ、そうそう。ちょうど良かったかも。はい、これ」


 そう言って先生に渡すのは、明日持っていこうと思っていたクリスマスプレゼント。


「えっ? ちょっと、何よ、これ?」


「何って、クリスマスプレゼントじゃん」


「真一君。毎年、毎年……」


「いいって。高い物じゃないから気にしないで。すぐに使えると思うよ」


「すぐ?」


「うん、良かったら開けてみてよ」


 紙袋を開けるように促すと、先生はゆっくりと中味を見る。


「これ?」


「先生してなかったからちょうどいいじゃん」


 紙袋から出されたのは真っ白なマフラー。


「白だと汚れ目立ちそうだったけど、先生って白が似合いそうな気がしたからね」


「……ありがとう」


 両手でそのマフラーを握り締める先生の口元が笑顔で緩んでいた。

 早速首にかけると僕の方を見る。


「思った通り似合ってる。良かった!」


「ホントにありがとう」


 首に巻いたマフラーを再び手に取り、頬で撫でるような仕草。


「……暖かいわ」


 気に入ってくれたような様子に、僕はプレゼントして良かったと思っていた。


「こうしてクリスマスに真一君と歩くなんて思ってもみなかったわ」


「それは俺もかな」


「真一君は……」


 先生な言いづらそうに言葉を濁している。

 何を言いたかったのかは分からない。

 僕は黙って耳を傾ける。


「真一君はいつも私の……」


「えっ? 今何って言ったの?」


「……何でもないわ」


 “側にいてくれるのね”周りの声にかき消されていたが、僕の耳にはそう聞こえてたような気がした。

 もしかしたら、僕の願望かもしれないけど……。

 

 イルミネーションの通りを過ぎると、明るい街並をだんだん離れていく。

 遠くの光が、まだ幻想的に輝いて道を照らしている。

 いつの間にか人混みも少なくなっていた。


「……」


「……」


 沈黙のままの時間が過ぎていく。

 先生は何を考えてるんだろう。

 こんなに近くにいるにの、先生の気持ちを僕は知ることが出来ない。


「あっ!」


「えっ?」


 突然消える街の光。

 イルミネーションが消えてしまった。

 そう言えば一定時間置きにイルミネーションは数十秒間消灯する仕掛けだった。

 僕と先生の歩いてた道は遠くから照らされた光が消え、真っ暗になっていた。


「何も見えなくなっちゃったわね」


 困った先生の言葉に、僕は敢えて何も答えないでいた。


「真一君?」


 返事をしない僕の姿を探す先生の声。

 僕は先生を驚かそうと道を離れ、木の陰に隠れていた。

 ちょっとした悪戯心のつもりだった。


「真一君、どこなの?」


 イルミネーションが再び点灯しても僕の姿が見えないことに先生は慌ててる。

 僕の名前を呼び、周りをあたふたと探し回ってる姿を陰から笑って見ていた。


「先生、ここだよ」


 しばらくしてから、わざとらしく先生の後ろに姿を現す。


「ごめん、ごめん。冗談のつもりだったんだけど、先生、驚い――」


 目の前に佇む先生を見て僕は驚いた。


「な、何で泣いてるんですか?」


 両目から涙を流し、泣いてる先生の姿があったからだ。


「いなくなったと思ったじゃない」


「あ、いや、ごめん。でも、何も泣かなくても……」


 先生が駆け寄ってくる。

 近づいてもそのスピードが緩まない。


「先生?」


 僕の胸に頭を付け、体を寄せていた。


「……どこにもいかないで」


 先生が力強く僕の服を掴んでいた。


「好きだから……。私も真一君のことが」


「せ、先生?」


 僕の気持ちに先生が答えてくれた瞬間だった。

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