11 続・僕の気持ち
夏休みが終わると、いよいよ秋の新人戦がやって来る。
三年生が抜けて、二年生が主力で行われる最初の大きな大会でもある。
以前失敗したような緊張や焦りはなかったが、気持ちの高ぶりは抑えられないといった所だ。
しかし、心配事があった。
以前から痛みがあった膝の調子が一向に良くならない。
我慢して練習はしてるものの、時折激しく痛む時もあった。
それでも練習を続けてたが、ついに激痛に耐えられなくなってしまった。
「大丈夫か?」
「えっ? ああ、大丈夫だ――」
「おい、沢田」
痛みに耐えられず体育館にうずくまってしまった。
心配して駆け寄る友達達に迷惑をかけられないと思い笑顔で答えるが痛みは治まらない。
「どうしたの?」
「先生、沢田が膝痛めたらしくて」
「本当?」
ちょうど体育館にやって来た先生が異変に気づいた。
「真一君、大丈夫なの?」
「大丈夫です。痛てて」
「保健室行きましょう」
「大丈夫ですって」
「だめよ! さあ、行くわよ」
厳しい剣幕の先生の気迫に押されるように保健室に向かう。
片脚を引きずりながら歩く僕を心配そうに先生が横を歩いていた。
「肩貸そうか?」
「大丈夫ですよ」
「でも……」
また先生の前で弱い自分を見せたようで情けない思いでいっぱいだった。
保健室に入るものの、保健の先生が不在。
椅子に腰掛けると、足元に跪き先生が膝の様子を心配そうに見ていた。
「ちょっと腫れてるかしら? 炎症起こしてるのかな? 無理してたんじゃないの?」
赤くなり、少し腫れた膝の部分を撫でる。
湿布を探すその表情は今にも泣きそうなぐらいだ。
「心配しなくても大丈夫だよ、先生」
「だって……」
恐る恐る湿布を張ると見上げた顔が僕を真っ直ぐ見ていた。
「ずっと痛かったからね。試合近いし、もう少し我慢してみるよ」
「バカ! 何言ってるのよ。こんなになるまで無理して……」
怒号が飛んだが、顔は声とは裏腹に泣き顔だった。
眼鏡の奥の目には涙が溜まっている。
「いっつも無理して心配かけて……。無茶して大怪我したらどうすんのよ」
先生は視線を外し俯いた。
指が眼鏡の中の目の涙を拭う仕草が見えた。
「ごめん。明日、病院行ってくるから」
「……そうよ。そうしましょう」
先生の声が涙声になっていた。
こんなにも心配してくれる先生が愛しい。
思わず先生の肩に手を伸ばしていた。
一瞬のことで驚き、先生は顔を上げた。
僕は肩に乗せた手で先生の体を自分の方に引き寄せた。
「……」
「……」
半身を抱きしめてる。
先生も何も言わずに、抵抗もして来ない。
しばらくの間先生の温もりを感じていた。
「……誰か来るわ」
先生がゆっくりと僕の体を引き離した。
先生の顔が耳まで真っ赤になっている。
「……すいません」
「ちゃんと病院行ってね」
そう言うと先生は保健室を小走りで出ていった。
手にはまだ先生の肌の温もりと感触が残っている。
好きなのにどうしようも出来ない自分がもどかしい。
先生の気持ちも考えずに力いっぱい抱きしめてしまえればいいのに……。
そんな勇気もない臆病な僕の気持ちは先生に届いてるのだろうか。
膝の痛みとともに、胸がチクチクと痛くなっていた。
膝の痛みは使い過ぎによる疲労からくるものだった。
大きな怪我ではなかったが、結局僕は新人戦には出ることが出来なかった。
怪我が完治する頃、季節は冬を迎えようとしていた。