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6-5

今回は月夜視点です。(誰??と思われた方は「荒神遊記シリーズ」の登場人物紹介をご覧ください)

※災害を連想させるシーンが出てきますので、苦手な方はご注意ください

「おいおい、嘘だろう……?」

 目の前に広がる惨状に、月夜(つくよ)は呆然と呟いた。


 かつては通りに沿って整然と立ち並んでいた家屋や商店が引き千切られ、なぎ倒されて瓦礫と化し、雑然と積み重なって通りを占拠している。視界を遮るものはほとんど全て倒壊してしまったため、以前はこの地点からでは塔と屋根の一部しか確認できなかった皇宮が、今ではその全貌を晒して悠然と佇んでいるのが遠くに見える。


(一体全体、都で何があったっていうんだ……)


 月夜は片手で額を押さえて項垂れた。


 弥胡(やこ)仙王津(せんのうづ)の訓練所兼宿舎から忽然と姿を消してから数週間後、突然神庁(じんちょう)を取り仕切っていた四大貴族の四辻(よつじ)家当主豊徳(とよのり)が捕らえられたとの噂が、巫女・巫覡(ふげき)の間でまことしやかに囁かれるようになった。


 始めのうちは「どうせ噂にすぎないだろう」と半ば呆れた気分で傍観していた月夜だったが、噂が出回って僅か数日の間に、神庁所属の上位と中位の者たちからも捕縛され姿を消していくものが相次ぎ、人事が一新された。

 

 これはただ事ではないと思っていたが、冬が到来し、今年も残りわずかとなった数日前、今度は都が巨大な竜巻に襲われて甚大な被害が出たというではないか。


 これまで都に竜巻が発生したことなどなかったのに、一体何が起こっているのか。神の怒りに触れて天変地異が起こったのではないかと囁き合っているうちに、全ての巫女・巫覡が集められ、行方不明者の捜索と人命救助に役立つ神通力(じんつうりき)使いと神力(しんりき)使いは階級に関わらず全て都へ行くようにと指令が下ったのだ。

 鬼鎮(おにしずめ)の下位巫覡で念力の神通力使いである月夜も招集命令が下った者のひとりだったため、こうして都まではせ参じたのがつい先ほどのこと。


 ここへ来るまでの道中で人々の口から聞いたのは、「第二皇子が風神の怒りを買って天罰が下された」というものだったが、どこまでが真実でどこまでが噂なのかは分からない。というのも、精霊や神の存在について正確な知識を持たない平民は、神々とは気まぐれで、自然界に起こる全ての異変は神によって引き起こされていると考えているからだ。


 神庁などで「神」について教わっている者にとっては常識だが、「天災」と「神による天罰」とは全く別のものだ。天災は偶然が重なって引き起こされるが、天罰は荒ぶる神の感情と意志によってもたらされる。


 どちらにせよ、その圧倒的な力の前で人間は無力で、成す術も持たないことに変わりはない。だからこそこの国の人々は自然の中に神を見出したのだろう。


 緘口令が布かれているのか、詳細は神庁からは一切聞かされていないが、今回の竜巻は十中八九「神の天罰」だろう。問題は、誰が、何故神を怒らせたのか、そしてその神は何処へ行ったのかということだが、生憎と下っ端の月夜が心配することでもない。


 透視の神通力使いと組んで行方不明者の捜索と救助、遺体の搬送などを担うことになったはいいが、どこから手を付けていいのかすら分からない。


 取り敢えず、自分と組むことになる透視能力者の到着を待つ間に目の前の瓦礫を少しずつどかし始めた時だった。


「月夜!!」


 聞きなれた声に振り返ると、国満(くにみつ)家の領地で任務に当たっていた三明(みあけ)がこちらに向かって走ってくるところだった。


「おう、三明。やっぱりお前が俺の相棒だったか」


 三明とは戦闘訓練でも一緒に組んでいるため、救助作業も連携が取りやすいだろう。


「お前の実家はどうだ? 家族は無事なのか?」


 三明はぐっと唇を噛んで俯いた。


「家は半壊したって聞いたわ。家族は怪我をしたけれど、命に別状はないって。でも、奉公人の何人かが、竜巻に吸い上げられて行方が知れないそうよ……」


 手の甲で両目を擦り、貼り付けたような笑顔で見上げてくる。


「だから、わたしが頑張って探してあげなくちゃ! こんな時に役立つために、神通力を持って生まれてきたんだもの!」


 月夜は無言で三明の肩を軽く叩いた。泣くのを堪えているのがありありと伝わってきて胸が痛む。


 神は無慈悲で理不尽だ。怒りの矛先を向ける対象に老若男女貴賤の差別はないし、人間の営みに頓着しないので、無関係な周囲まで巻き込むことにも躊躇しない。


(巻き込まれた方は堪ったもんじゃねえけどな)


 抗っても勝てないほど圧倒的な力の差があるからなのか、人間は神の怒りを恐れるが、天罰が下っても報復しようとする代わりに、神を崇め奉って怒りを鎮めようとするから不思議だ。


 滔々(とうとう)と考えている間にもどんどん三明が萎れていく。月夜は話題を変えようと、彼女の背後をちらりと見やった。


「……弥胡はまだ任務から戻っていねえのか? まあ、あいつの神通力は念聴と千里眼だから、ここへ派遣されることはねえのかもしれねえが」


 弥胡は冬成(とうせい)について、第一皇子の公務の補佐をしていると聞いていた。しかし、その第一皇子は竜巻が発生した日に都へ帰還したという目撃情報があった。


「それが、わたしにもよく分からなくて……」


 三明が数日前まで貸し出されていた国満家は冬成の実家だが、情報統制がしっかりしているのか、弥胡の話題を耳にする事は終ぞなかったという。


「……何にせよ、弥胡のことは冬成様に伺うのが一番手っ取り早いだろうな」


 問題は、この混乱のなか、第一皇子の側近も務めている冬成に目通りが叶うかどうか、というところだろう。


「兎に角、今は救助作業に専念しようぜ」

 月夜の言葉に、三明は力強く頷いた。




「おおい、こっちにまた一体あったぞ!」


 少し離れた場所から上がった同僚の声に、月夜は顔を上げた。声がした方では唐紅の袴を穿いた三人の巫覡たちが(むしろ)を持って集まり、今しがた見つかった遺体を見下ろしているところだった。


 あれだけの人数がいれば遺体の搬送はできる。自分はここで作業を続けていても問題ないだろう。

 月夜は大きな溜息を吐き、鬱々とした気分で瓦礫の山を見上げた。


 行方不明者の捜索を続けること三日目。始めのうちは瓦礫の下から助け出されるのは生存者が多かったが、日が経つにつれて既にこと切れている者を見つける割合の方が多くなっている。辛うじて命は取り留めても目を覆いたくなるような酷い怪我を負っている者、助け出されたものの数刻後には息を引き取って逝く者、目の当たりにしている凄惨な光景と身を置いている過酷な環境に、どんどん精神が削られ、心身共に疲弊していく。


 思慮を巡らせていると、すぐ近くで洟を啜る音がした。


「……三明」


 三明が立ち尽くしたまま両手で顔を覆っていた。涙が両の掌からぽたぽたと雫になって滴り落ちていく。彼女の細い肩が小刻みに上下に動く様子が悲しい。


 透視の神通力使いである三明は、瓦礫の下敷きになっている生存者や行方不明者の捜索で重要な役割を担っている。とはいえ、まだ成人もしていない子供で、悲惨な光景に免疫もない見習いに過ぎないのだ。かなりの心的負荷がかかっているのは想像に容易い。


 つい先ほど、瓦礫の中に挟まっていた幼い姉弟の遺体を発見したばかりだった。姉が弟を庇うように覆いかぶさっていた様を透視した三明は、声を上げて泣き崩れていた。


 他人に関心の薄い月夜でも胸を締め付けられるような光景だったのだ。面倒見が良くて情にも脆い三明にとっては心を抉られるように辛かったのだろう。


 作業を中止し、そっと肩を抱いてやると、三明は月夜の胸に顔を埋めた。堪え切れない嗚咽と熱い息がじわりと肌に沁みる。


「こんなのってないわ……。こんな、理不尽なことってない。誰かが風神様を怒らせたっていうけれど、誰が怒らせたの? どうして幼い子供たちまで巻き込まれなくてはならなかったの!?」


 悲痛な叫びに対する答えを、月夜は持ち合わせていない。


 たまたま近くに神を怒らせる存在がいたから。

 運が悪かったから。


 そんな言葉では、到底納得することなどできない。やるせない気持ちが刃のように心の内を蝕んでいき、体調を崩す者も出てきている。


 何で、どうしてと詰っても何も答えがでないのならば、人は前に進む以外にできることがないのだ。

 咽び泣く三明の背中を無言で撫でていると、落ち着いた声がした。


「やはりここだったか」


 三明と二人、揃ってビクリと飛び上がる。


 やましいことは何もないのだが、何やらいたたまれない気持ちになって、慌てて三明から身体を離す。

 声の主に目を向けて、月夜は目を瞠った。


「冬成様……!」


 心なしかやつれた美丈夫が、冷たい風に長い黒髪を揺らしながら佇んでいた。

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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