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5-3

 弥胡(やこ)がまたうとうとしている間に、ダウィルが侍女に頼んで夕餉を部屋まで運んできてもらった。

 倦怠感が酷く、寝台の上に身体を起こすだけでも息が上がった。ダウィルによると、荒神(アガシャ)の精気が身体の隅々にまで染みわたり、今も大半が抜けずに残っている影響のようだ。


 食卓まで移動することもできず、寝台の上で食事することにした。ダウィルから給餌を受けるということは既に決定事項なので、拒否することもなく自然に受け入れる。

 現在弥胡に与えられている部屋には力封じが施されていないようで、久しぶりに宵慈(よいじ)が影から出てきた。


「宵慈! また会えて良かった! いい子にしてた?」

「ウォフッ!! ハフッ!?」


 宵慈は弥胡を見ると嬉しそうに尻尾を振ったが、荒神の気配を感じたのか、すぐに警戒したように身を固くした。しかし何度か匂いを嗅いでいるうちに目の前にいるのが弥胡であると確信したようだ。ひとしきり弥胡の顔を舐め回したあと、満足そうに寝台の脇に寝そべった。ダウィルが羨ましそうにそれを見ていたけれど気付かなかったことにした。


「本当、不愉快なんだよねっ! 弥胡から他の精霊の気配がするんだから! 押し込まれた精気が身体から完全に抜けるまでかなり時間がかかりそうだし、目が光っている以外にも色々副作用があるかもしれない」

 夕餉を弥胡の口に運びながら、ダウィルはぷりぷりと憤慨していたが、いつも通りの軽い口調だった。


「えっ!? わたしの目、光ってるの!?」


 弥胡は慌てて窓の方を見た。外はすでに暗いので、玻璃が銅鏡のような役割を果たすのだ。確かに、弥胡の両目は神力(しんりき)使いたちが力を使ったりした時のように朱色に光っている。同じ属性でも春宮(はるのみや)の瞳はもっと紅色に近い色なので、個人差があるようだ。


「本当だ……。ん? 目が光ってるってことは?」


 弥胡は自分の左手首を見た。神庁(じんちょう)に入って以来ずっと装着させられていた力封じの腕輪がない。ぼんやりとしか覚えていないが、荒神が受肉しようとした時に腕輪が弾け飛んだような気がする。


「腕輪がないのにダウィルの感情が流れ込んでこなかったのは、わたしの(かめ)が満たされている状態だから、ってことかな?」


 ダウィルとはかなり密着した状態だったのに、それでも一切彼の感情は窺えなかったのだから、それしか考えられない。


 ダウィルは頬を膨らませて唸った。


「ムカつく!! 夕餉が終わったら外に行こうね。森のひとつやふたつ灰にすればかなり減ると思うから」

「えっ!? できないよそんなこと! 危ないでしょ!!」


 弥胡はギョッとして目を剥いた。何と物騒な提案だ。

 ダウィルは弥胡の反応も不満そうだったので、慌てて話題を変えた。


「そ、そういえば、後で殿下たちにご挨拶しないといけないよね?」

「え~、今日はいいんじゃない?」

「でも、心配してるといけないし」

「ちぇっ、今日はずっとイチャイチャしてたかったのにぃ」


 ダウィルはぶつぶつ言いながらも、夕餉の器を返却した際侍女に春宮との面会を依頼した。

 寝台に宵慈を上げ、毛並みを撫でながらまたしばらく休んでいると、部屋の戸を叩く音がした。それに反応して、宵慈は自主的に影の中へと潜っていく。


「弥胡。体調はどうじゃ?」


 大股で部屋に入って来たのは春宮だった。後に冬成(とうせい)が続く。


「殿下!?」


 皇子を部屋まで呼びつけてしまったことに慄き、寝台から慌てて下りようとする弥胡を制して、春宮は部屋の反対側に置かれたもう一つの寝台の上にどっかりと腰を下ろす。彼も冬成も、爛々と輝く弥胡の瞳を見て眉間に皺を寄せた。


「お目汚しをお詫びいたします」

「気にするな。それより、何があったのか説明してもらえんじゃろうか?」


 弥胡は夏宮(なつのみや)の配下に瞬間移動で連れ去られたこと、荒神に受肉用の器として差し出されたが、間一髪のところでダウィルに救出されたことなどを説明した。


「僕があと少しでも遅かったら、完全に受肉が成功していただろうね」

「なるほど……。弥胡の瞳が輝いておるのは、荒神の精気のせいであろうか?」


 春宮はダウィルの方を見ながら訊ねた。


「そうだよ。弥胡はほとんど荒神に身体を乗っ取られていたからね。今は目が光ってるだけに見えるけど、今後どんな影響が出るかは僕にも分からない。何せ、器として神に目を付けられて無事逃げきった人間なんて、今まで会ったこともないから」

 ダウィルは肩を竦める。


 そもそも補魂(ほこん)の性質を持っている人間自体が少ないうえに、神級の精霊の精気を取り込める甕を持っているものは更に少ないのだ。神庁に神力使いが多いのは、彼らの先祖である受肉した神々がせっせと子孫を残して意図的に数を増やした結果に過ぎない。


 春宮は難しい顔をして黙っていたが、弥胡は恐る恐る口を開いた。


「あの、殿下。わたしの力封じの腕輪なんですが、その、荒神様に襲われた時に壊れてしまって」


 叱責されたらどうしようかと、言い淀みながらも左手首を見せる。


「恐らく、大量かつ高密度の精気を叩きつけられて耐えきれんかったのじゃろう。意図的に破壊したわけではないと分かっておるから気にするな」

「言っておくけれど、今の弥胡に力封じの腕輪なんてつけさせないからね。身体に負担がかかるし、一秒でも早く荒神の精気を抜いてしまいたいんだから」


 ダウィルは鼻息荒く主張する。弥胡は困ってしまった。


「でも、わたしはまだ、暗示が解けていないし」

(はなぶさ)を捕らえたので、明日にでも暗示を解かせよう」


 春宮が冬成に目配せすると、彼は頷いた。


「英、様を?」

 弥胡は目を瞬いた。正直、「あの女」と呼ばわりで十分だと思っているが、春宮の手前敬称をつけておく。


「ああ。安心せい。力封じを装着させた上で牢に入れてあるので、今お前に暗示で何かを唆すことはできんじゃろう。明日暗示を解き終わったら、お前はダウィル殿としばらく阿凛(ありん)殿の別宅へ行くがよい」

「暗示が解けても、行くんですか?」


 操られる危険が無くなったら、自分も戦いに赴くのだと思っていた。


「そうじゃ。詳しくは言えぬが、これからわしらと行動を共にするのは危険じゃからの」


 弥胡は床に目線を落とした。


 恐らく、春宮たちはこれから、東風野(こちゃ)奪還のため戦いに出るのだろう。そんな時に、これまで彼を何度も危険に巻き込んでいる自分が安全な場所に隠れていていいのだろうか。


 確かに、弥胡はまだ成人前の子供で、神庁に仕えるとはいえ下位の巫女に過ぎない。おまけにこれは皇位継承をめぐる争いで、弥胡は直接関係がない。


 しかし、阿凛を始め、江吏族(えりぞく)の人々を助けたいという気持ちは強いし、何より夏宮に皇帝になってほしくない。そして自分には今、甕を満たして余るほどの荒神の精気があるのだ。であれば、今こそ彼らの役に立てるのではないだろうか。


 ――争いに首を突っ込むということは、自分の手で誰かを害するということだ。しかし。


 弥胡はぐっと口を引き結んで春宮を見る。

「殿下。お願いがございます」

「何じゃ」

「わたしに江吏族救出のお手伝いをさせていただけないでしょうか?」

誤字脱字は見つけ次第修正していきます。

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