4.5-3
空栖目線続きです。
※グロテスクな表現が出てきますので、苦手な方はご注意ください
(これは……)
ダウィルが示した洞窟に降り立った空栖は目の前の光景に絶句した。
まず、目に飛び込んできたのは人がひとり寝そべることができるくらいの大きさの岩と、それを囲むように描かれていた赤黒い文様。それは神庁で儀式の時に用いられるもので、模様を読み解くに、降臨の儀式が執り行われたらしかった。
縦穴の壁に背を持たれて地面に座っている女がいた。気を失っているのか、項垂れたまま動かない。顔を覗き込んで確認した冬成が持ってきていた力封じの腕輪を懐から取り出すと、彼女の左手首に装着して後ろ手に縛り上げた。
敵の残党がいる可能性が高いため、一旦洞窟の中を確認することになった。縦穴から奥へ進むとかなり広い空間があったが、天井や壁があちこち崩落していて、更に奥へ進むのが難しそうに見える。誰もが無言で、足音を立てないように慎重に歩を進めていると、奥の方から男の絶叫が聞こえてきた。
岩の合間をくぐりながら声のした方に急ぐと、身体を引きずるように少しずつ移動する男の姿があった。かなり出血しているのか、少し離れた場所に血だまりがあり、そこから赤黒い血痕が続いている。
(夏!)
ようやく見つけた異母弟の姿に思わず勇み足になったらしい。足元の砂利と岩が擦れて音を立てた。
「だ、れだ!?」
斗貴は怯えの混じった形相で背後の空栖を振り返った。
すかさず距離を詰めて飛びかかる。指が触れた瞬間に空栖の姿が視界に映ったのか、斗貴は驚愕したように目を見開いたが、すぐさま憎らし気に顔を歪めた。
「兄上……! やはり生きていたのか」
「大人しく縄につけ、夏!」
斗貴の背中に馬乗りになり、手を後ろで縛り上げようとしたところで、彼の右腕が酷い有様になっていることに気付いた。着物の袖は血糊でじっとりと濡れて重く、あちこちの骨が折れているのか、おかしな方向に曲がっている。よく見ると、顔の半分と左手も酷い火傷を負っている。
――先ほどダウィルの言っていた「殺してはいない」とはこのことだったのか。
ほんの一瞬の動揺が隙を生んだ。
視界の端、自分と斗貴のすぐ横に突然何かが現れた。すぐさま強い力で肩を突き飛ばされ、地面に尻もちをつく。
しまったと思った時には、既に頭巾を被った男が斗貴の背中に触れたところだった。
「目に物見せてくれる……!」
壊れた笑みを浮かべて言い放つと、斗貴と男の姿が掻き消えた。
「クソッ、神通力使いか!!」
空栖は地面を拳で殴りつけた。
回復したことを知られた挙句、既の所で逃げられたのだ。想定した中では最悪の事態と言ってもいい。
空栖は立ち上がり、悔しそうに立ちすくんでいる冬成ら側近たちを見渡した。
「まだ何か残されているやもしれん。早急に洞窟内を検め、急ぎ宿泊施設に戻るぞ」
それから半刻ほどかけて崩落した岩の隙間を掻い潜り、洞窟内を確認したところ、縦穴に近いところで岩に押しつぶされた女の遺体と、洞窟の途中で横別れした穴の先で数人の兵士が落盤に巻き込まれて死んでいるのを発見した。女は着ていた袿の色から四辻に仕える橘であると推測された。
生きたまま捕縛できたのは、縦穴の下で壁にもたれていた女だけ。
「この女は、鬼鎮の上位巫女で、神力使いの英です」
「弥胡を虐げておった女か。確か、こやつが弥胡に暗示をかけたのだったか」
空栖の問いに、冬成は首肯する。
「では、こやつは連れ帰り、弥胡の暗示を解かせる」
「御意」
空栖は縦穴の真下、大きな岩の傍らに立ち、斗貴が消えた場所の方を見やる。
自分が生き延び、既に回復した事を知った今、「第一皇子奪還」という言い訳ができなくなった斗貴は追いつめられたことになる。
「……手負いの獣ほど厄介なものはない」
空栖は独り語ち、冬成を振り返った。
「帰るぞ。何やら嫌な予感がする」
ちなみに、斗貴を転移させた男は太郎です。
誤字脱字は見つけ次第修正します。




