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「それでは、引き続き、狩猟禁止期間および禁猟区を設定し、これを犯した密猟者は捕らえ、弐泰殿と陛下の取り交わした条例に則り処罰する」
東風野に到着してから三日目、弐泰たち江吏族の代表との協議に臨んだ空栖は、円卓を囲んだ面々を見渡した。話し合いを終え満足そうなもの、憮然としている者、表情は様々だが、特に異議を申し立てる者はいないようだ。
使節団が都を出発する前に朝議で話し合い、意見を統一してきたのにも関わらず、北江偉側にさらなる譲歩を求める発言を繰り返した四辻派の官には肝を冷やしたが。序盤こそ紛糾した話し合いも、何とか双方納得いく形で収めることができたのは成果としては十分だろう。
北江偉は自治区の北端に「神々の棲まう地」と呼ばれる聖域と、その先の海上に水神の聖地を有している。聖域はその名の通り、数多の精霊や神々が棲む土地だ。聖地で発生した密度の濃い精気が流れ込むため、下級精霊が誕生したり、中級や上級の精霊――いわゆる「神」に発達しやすい。
そのため神が受肉した獣である妖獣を捕獲しようとしたり、神の加護を得ようと躍起になった翠陵の民、とりわけ貴族階級の者が江吏族に無断で立ち入り、聖域を荒らすことが長年争いの種となっている。
江吏族にとって聖域は人がむやみに立ち入ってはならない神聖な場所で、そこに生息する妖獣も「神獣」と呼んで祀っている。密猟者は彼らの信仰を踏みにじって神に手をかける不届き者であるため、江吏族に言わせれば、彼らの掟に従い処刑されるべきだ。
一方で、北江偉は翠陵の民である皇帝が統治する神波国の一部であり、皇帝のものなのだから、江吏族が独占するのは認めがたく、翠陵の民も自由な出入りが許されるべきであると主張する一派、主に第二皇子派が年々態度を強固にしてきている。
貴族たちにの中には、江吏族は「文明が未発達な蛮族」で尊敬に値せず、武力を以て制圧し、根絶やしにすべきだという過激派も少なくない。江吏族と平和的共存を臨んで互いの妥協点を探っている今上帝にとっては懸念材料となっている。
皇帝は北江偉へ至るまでの街道に関所に設けて事前に密猟者を摘発しているものの、風属性の神力を使って飛行したり、闇属性の神力で影を伝って移動したり、瞬間移動の神通力を使ったりして関所を破る者が後を絶たない。
(強力な妖獣を得たいとする気持ちは分からんでもないが、わしに言わせれば、『神が加護を与える』なんていうのは馬鹿馬鹿しい迷信じゃがのう)
浅はかな馬鹿者たちに空栖は内心呆れかえっていた。
精霊や神々は基本的に執着したもののためにしか動かない。そして彼らが関心を示す条件はバラバラで一貫性がないため、「こういう態度で臨めば加護が得られる」などという確証がないのだ。命がけで聖域に侵入し、神の不興を買ってこの世から抹消されるか、密猟の罪で投獄されるか、どちらにせよあまりにも分の悪い賭けだと思う。
空栖が人知れず溜息を吐くと、弐泰が悩まし気な声を上げた。
「別件ではあるが、ここ最近、神々の棲まう地の様子が禍々しく、どうも嫌な予感がしましてな」
「禍々しい?」
空栖は眉根を寄せた。弐泰は首肯する。
「咆哮のような、何とも不気味な音が轟き、地響きが頻発しております。おまけに、森のいたるところで山火事が発生しておるのですよ。何らかの理由で火の神が暴れておるのではないかと考えておりますが」
「ふうむ。今までにそのようなことがあったことは?」
弐泰は首を横に振る。弐泰も空栖同様、神の血を引く者だ。しかも弐泰の母は受肉した神のため、神々の生態には詳しい。
「神々は気まぐれ故、これまでも面白半分に火を吹いたりするものもありました。しかし、基本的に神は聖域を大切にする性質がある。このように森のそこかしこを焼くなど、前代未聞のこと」
「……念のため、私たちも様子を視に行きたいのだが、聖域を案内していただくことは可能だろうか?」
弐泰は頷き、隣に座っていた娘を見やる。
「ええ、よろしいでしょうとも。阿凛に案内させましょう。良いな、阿凛?」
「はい、お父様」
「では、阿凛殿、よろしくお頼み申す。後ほど日程を調整させていただきたい」
今回はちょっと短いですが、次回は視点が切り替わるのでここまでにしました。