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襲撃:空栖視点
「夕暮れまでにはこの山を越え、次の宿場町に入ります」
冬成のきびきびした声に、大あくびをしていた空栖は「おう」と適当な返事をした。
皇宮を出てからかれこれ二日、延々と馬に揺られて移動している。今回の目的地は国の北部で、都からいくつかの山脈を越えて行かねばならず、狭くて道の悪い山道では牛車を使うことができない。
「しっかし、流石に山も見飽きたのう。尻も痛くてかなわん」
「尻」という言葉に、神庁から護衛として派遣されてきた冬成が美麗な顔を顰めた。どうやら品がなかったらしいが、今更だと思う。
「北江偉まではあと十日ほどかかります故、まだまだ先は長うございますよ」
今回、空栖が公務で向かっているのは、北部の少数民族「江吏族」が自治している北江偉という一帯だ。
江吏族は、皇族含め国の大多数を占める翠陵民とは古くから折り合いが悪く、彼らの領域である国北部は小競り合いが絶えない。ここ数十年は国の北端にある水神の聖地とその周辺の土地を巡って意見が対立している。今は辛うじて停戦状態にあるが、定期的に翠陵民の代表である皇族と、江吏族の代表が話し合いの場を設けている。
「ああ、早う着かんかな。わしは江吏族の宴で出される汁物が好きなんじゃ。たまに無性にあれが食いたくなる」
「……左様でございますか」
ほうと感嘆の息を吐く空栖とは裏腹に、冬成は遠い目で呟いた。
三年前に会合に行った際に使節団に振舞われたのは、伝統的な江吏料理だった。魚を発酵させてヤギの乳で煮込んだ汁物は、客人を歓迎するために貴重な食材で調理されたものだったが、如何せん独特の匂いがあり、食べ慣れない者にとっては強烈だったらしい。空栖はその癖のある味が気に入ったのだが、当時も神庁から正式に護衛として派遣されていた冬成は、宴会場に充満した匂いに、無表情ながらも若干青ざめていたのを覚えている。
当時の冬成の表情を思い出してニヤニヤしていた時、山道脇の木々の間から武装した集団が「第一皇子、覚悟!!」と叫びながら飛び出してきた。
「曲者だ! 春宮殿下をお守りせよ!!」
冬成の声で、側近たちが一斉に空栖の周りを取り囲んだ。
刀で斬りかかってきた刺客たちを兵士と側近たちが迎え撃つ。
空栖は日頃から剣術や武術も嗜んでいて、その実力は兵部の将軍にも引けを取らないが、護衛対象の自分が動き回っては護衛たちがやり辛くなるので、火属性の神力で炎の砲弾をいくつも作ると、次々に刺客に向けて打ち放った。飛んできた氷の刃も炎の砲弾で迎撃する。
冬成は刺客を念力でねじ伏せ、背後から斬りかかって来た者の死角に瞬間移動で跳んで刀を振り、次々と刺客を斬り伏せていく。
戦闘が始まってしばらく経った頃、側近の一人が鎌鼬で負傷してその場に倒れた。
「小日向!」
空栖が側近の容体を確認しようと視線を横に流した時だった。
不意に、山道脇の木の影が水面のように揺れ、そこから大型の狼と頭巾で顔を隠した小柄な人物が飛び出してきた。狼の目は鈍色の光を放っている。
(子供!? それに、闇属性の妖獣じゃと!?)
空栖は驚愕に目を見開いた。
地面に着地するや否や、妖獣は子供を守るようにこちらに牙を剥いて威嚇する。子供は一瞬の躊躇を見せたが、思い切ったように空栖を振り仰いだ。
仄暗い黒い瞳と目があった瞬間、全身から急速に血を抜かれているような倦怠感に襲われた。
大穴の開いた甕から水がどんどん流れ落ちるように、精気が身体から抜けていく。あまりの苦痛に、空栖は思わず体勢を崩し、馬にしがみついた。
「くっ……、お前、な、んじゃ……!」
子供は無言のまま、己の身体を掻き抱いて震えている。
「何奴!」
空栖の異常に気付いた冬成が振り返り瞬間移動を発動させようとして、顔を歪めてその場に頽れ、地面に片膝をついた。
子供に気付いた他の側近が駆け出すと、子供が勢いよく顔を上げた。
すると、水面に波紋が広がるように、敵味方なしに周囲の者が次々と悲鳴を上げて地面に膝をついていった。その異様な光景に背筋が凍る。
「があっ!」
「ぐっ、か、身体が……!」
心臓がドクドクと嫌な音を立て、額に脂汗が浮いた。次第に両手が震えてくる。
――この症状、既視感がある。
(まさか、これは……!!)
空栖は力を振り絞って馬から滑り降りた。脇に差した刀を抜いて、子供に斬りかかる。
「グオオン!!」
妖獣が子供に体当たりして刀の軌道から退け、そのまま空栖の間合いに飛び込んできた。
「宵慈!」
子供が悲鳴を上げた。
震える足で飛び退り、妖獣に刃を振るうが、相手も素早い身のこなしで距離を取り、隙をついて食いかかってくるを繰り返す。
視界の端で子供がよろよろと起き上がったのが見え、舌打ちする。まだ精気は吸われ続けているようだ。
「冬成、補魂じゃ!! 補魂で精気を吸われておる!!」
地面に片膝をついていた冬成はハッと顔を上げて愕然と空栖を見た。すぐさま苦い表情で唇を噛み、姿を消す。一瞬の後に子供の背後に現れると後ろから子供を羽交い締めにした。
次の瞬間、子供と冬成のいる方角から妙な気配がし、ぶわりと全身が総毛立つ。
(この気配、まさか……!)
妖獣を刀で押し返しながら、子供を振り返る。
「なっ……!」
頭巾から覗く子供の双眸は鮮やかな緑色に光り輝いていた。肌がひりつくほどの殺気を放ちながら睨みつけてくる。
「宵慈を傷つけるやつは許さない!!」
高い声で憎々し気に叫ぶと、子供の立っている場所から放射線状に突風が吹き出した。
すさまじい風圧に身体が吹き飛び、木の幹に叩きつけられた。
「ぐあっ……!」
肺から一気に空気が抜け、咳込む。
両腕で顔を庇っていないと、ものすごい勢いで飛んでくる砂利と小石に目が潰されそうだ。
風圧に耐えながら何とか子供の方を伺うと、同じように吹き飛ばされていたであろう冬成が、座り込んだ子供の正面に瞬間移動で現れ跳びかかるところっだった。
彼が子供を抱き込むと二人の姿はフッと掻き消えた。
身体を幹に押し付けていた風が止み、空栖は肩で息をしながらよろよろと起き上がった。
袖で脂汗を拭い、山道脇や崖の岩肌に吹き飛ばされていた側近たちに向かって声を張り上げた。
「今じゃ! 刺客は一人残らず捕らえよ!!」
誤字脱字は見つけ次第修正していきます。また、投稿された内容は後日改訂されることがあります。




