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2-13

「……まあ、三明(みあけ)といい、あなたといい、うら若き乙女がそのように顔に傷を拵えて」

 桜香(おうか)は頬に手を当てて首を傾げながら、おっとりと呟いた。


 (はなぶさ)に殴られた翌日、弥胡(やこ)の頬と首は見事なまでに青黒くなっていた。朝餉で顔を合わせた三明の額と鼻も負けず劣らずの有様だった。


 弥胡は仏頂面で黙っていた。英にやられたと言うのは何か悔しいし、言ったところで桜香が何かしてくれるとも思えない。


「医局に行って軟膏を出してもらったとのことですし、きちんと手当を続けるのですよ。痕が残ったら大変ですから」

 弥胡は頷きかけて痛みに顔を顰める。桜香は痛まし気に眉を下げた。

「しばらくはあまり話したり動いたりしない方がよいでしょう。さて、本日はまず、神庁における巫女と巫覡(ふげき)の配属先と特徴から説明いたしましょう」



 神庁(じんちょう)に登録されている巫女・巫覡は保有能力によって、星読(ほしよみ)鬼鎮(おにしずめ)天招(あまね)の三つの部署に分けられる。


 星読は戦闘に向かない神通力を持つ者の部署だ。他者の頭の中に声を送る「念話」、未来を垣間見る「先視(さきみ)」、離れた場所の音を聴く「念聴」、離れた場所を見る「千里眼」、物体を透かして見る「透視」、頭の中のものを紙に写す「念写」、そして触れたものの記憶を垣間見る「念視」がそれに当たる。


「星読は占いや諜報に重きをおく部署です。祭事にも従事することがあります」

 弥胡は星読の神通力の中に、身に覚えのあるものがいくつか混じっていることに気が付いた。しかし、桜香は弥胡が天招の所属であると言ったので、共通点はあるけれど、完全に同じ能力ではないのかもしれない。


 鬼鎮は戦闘に特化した部署だ。所属する者は更に「神通力(じんつうりき)使い」か「神力(しんりき)使い」の二部隊に分けられる。触れずにものを動かす「念力」、自分の身体を別の場所へ瞬時に移動させることができる「瞬間移動」の神通力使いと、自然を操る神力使いが配属される。


「鬼鎮は兵部の特殊部隊も兼任していますので、普段の任務は兵部と共同で行うことが多いです。わたくしも神力使いですから、鬼鎮に所属しています」


 昨日弥胡を殴った英も、桜香と同じ鬼鎮所属の神力使いだ。月夜も念力使いなので、鬼鎮所属の神通力使いと言っていた気がする。

 桜香は穏やかそうだが、英のせいで、鬼鎮は酷く血気盛んな印象が拭えない。あまり関わらないようにしたいものだ。


「そして、最後の天招。これが、あなたの所属する部署です」

 天招に所属する者は体内で生産する精気の量が足りないせいで、無意識のうちに周囲の精気を己の体内に吸引する「補魂(ほこん)」の性質を持っていることは、前日に教わっている。


「先ほど星読の説明をした際に気付いたやもしれませんが、補魂の性質故に、念聴、千里眼、そして念視の神通力に近いものを発現します。――あなたも既に経験があると伺っていますよ」

 頷くと首が痛むので、目線で肯定する。


 通常、神力でも神通力でも、力を使う際は自分の精気を体外へ放って事象を起こしている。例えば、念聴の神通力使いは自分の精気を放出し、自分の肉体から離れた場所の音を拾う。


 しかし、補魂の場合は相手の精気を自分の体内に吸引して、対象者がその時点で聞いているものを盗聴している状態らしい。言い換えれば、精気を盗る対象がなければ離れた場所の音を聴くことはできないということだ。


九重(くのえ)は前に、わたしは相手の目や耳に『憑いてる』わけじゃなく、『盗っている』んじゃないかって言ってたけど、そういうことだったんだ……)


 触れたものの過去を垣間見る念視の神通力使いは触れた対象に己の精気を流し込んで記憶を断片的に拾うことができる。補魂は逆に、触れた相手の精気を吸い込んで過去の記憶を垣間見ているのだ。


「精気は肉体を循環する際に不純物を吸着し、澱むため、他者の精気が体内に入ると拒絶反応が起こり、酷い苦痛を覚えるといいます」


 弥胡はハッと目を瞠った。他者の感情が流れ込んできたときに不快な思いをするのは、そういう理由があったのか。不純物が混じった精気に感情が加わり、更に酷いものになっているのかもしれない。


(あれ、でも)

 ダウィルと牢の居房で会ったときのことを思い出す。

 ――どうして、彼の感情は清水のように心地よく感じたのだろう。


 もしかして、神力使いの精気は、神の血を引いている分、清らかなのだろうか。

 九重も神力使いだったが、瞳が発光する以外は、只人とあまり差がなかったことを考えると、彼女は四世代目かそれ以降の神力使いだろう。故にほとんど神の血を引かない人間と同じくらい精気に不純物が混じっていたのだとすれば、制御を解き放ったときに流れ込んできた感情が不快に感じられたことにも説明がつく気がする。


 もっとも、ここへ来てから他の神力使いの精気を吸引したことがないので、比較できないけれど。この先修行でそういった機会があるかもしれないので、要検証だ。


 思案に暮れている間にも、桜香は精気と神通力の関係について説明を続けていた。 

「そういうわけで、自分の精気を相手に流し込む念聴の神通力使いは、対象に気付かれずに記憶を視ることは不可能なのです。その点補魂は、吸引する精気の量はたかが知れているので、対象者に気付かれることなく記憶を視れます。記憶とは複雑な情報なので、対象に触れている必要があるのは同じですけれど」


 どちらにも一長一短があるようだ。

 念視の神通力使いは捕虜の尋問や罪人の取り調べなどに向いている反面、間者として市井で情報を集めるのには向かないので、そういった任務は補魂の性質を持つ天招が適任だろう。


 一方、特定の場所の音を聴いたり、状況を確認したい場合は、念聴と千里眼の神通力使いが適任といえる。天招は目的の場所にいる人物や動物の精気を吸引する必要があるので、対象がいない場合や適応範囲外の場合は任務を遂行できないからだ。


「修行を積むことで、自分の意思で吸引対象と範囲を選び、取り込む情報を選別することが可能になります。本日は午後からその修行を始めましょうね」

 首の怪我に支障がない程度に軽く頷く。


「さて、ここからは神力の話になります。昨日、あなたは条件次第で神力を使えるようになる、とお話ししましたね? 補魂が他者の精気を吸引する性質があるということは、神力使いの精気も例外ではないということです」


 神通力は精気に由来した能力ではなく、生まれ持った才能であるため、神通力使いの精気を吸引したとて、持ち主と同じ神通力を使うことはできない。


 しかし、神力使いの精気は、そのまま自然を操る力になる。天招の甕を満たし、体外へ放出させることができるくらいの量を吸引すれば、精気の持ち主と同じ属性の神力を使うことができるという。


 あまりの衝撃に、弥胡は瞠目した。

 ――ということは、条件次第で、わたしも相手に攻撃することが可能になるのだ。

 心臓がドクドクと早鐘を打ち出した。背中に汗が浮かぶ。

 今まで自分は非力で、襲われれば身を守る術すらないと思っていただけに、実は反撃する手段があることに妙な高揚感を覚えた。


 弥胡の心を読んだかのように、桜香は眉尻を下げた。

「甕の大きな天招の場合、甕を満たして攻撃に転じることができるだけの精気を吸引することは難しいですし、それだけの精気を提供できる神力使いが常に身近にいるとは限りませんから、誰かに襲われた際の自衛手段にするには心許ないでしょうね」


 弥胡は背を丸めて失意の息を吐いた。燃え始めた焚火に水をぶっかけられたような気分だ。では、やはり補魂はあまり役に立たない体質なのではないだろうか。


「ただし、契約してくれる精霊がいれば、また話は別です」

 桜香の言葉に、弥胡は眉を顰めた。

「契約? 精霊と?」

 思わず出さないように気を付けていた声が漏れた。ガサガサと掠れて聞き取り辛く、喉がひりりと痛む。

 桜香は水差しから盃に水をいれ、渡してくれた。


「昨日、精霊の説明はいたしましたね。ここで言う精霊とは、中級以上の精霊、すなわち、神のことです」


 ――神と、契約……。


 なかなかに壮大な話になってきた。神と遭遇なんて、それこそ神話でしか聞いたことがない。神力使いの桜香にとってはご先祖様にあたるので案外身近なのかもしれないが。

 その辺をほっつき歩いているわけではないのだろうに、どうやったら契約などできるのだろう。


「神力使いは、下級精霊を()ぶことができます。神々もまたしかり。神々は非常に気まぐれですので、召喚に応じるかどうかは運次第ですが、稀に特定の人間や獣に関心を寄せるものがいます。運よく気に入られて利害関係が一致した場合、精気を分けてもらえることがあるようですよ」


 要するに、全てが運まかせということだ。がっかりして肩を落とす弥胡に桜香は苦笑した。


「神力使いは修行の一貫で精霊を喚ぶ練習をしますし、天招も契約する神を得るために、その修行に同席を許可される場合があります。理由は解明されていませんが、天招は精霊や神々に好かれやすいという報告もありますから、もしかすると、契約してくれる神が現れるかもしれませんよ」

長くなってしまいましたが、巫女の基礎知識の講義はこれで一旦完了です。

次回はようやく実技の修行に入ります。

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