表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/103

2-3

「おい、腐芽苦(ふがく)、お客様だ、顔を上げろ!」


 翌日、弥胡(やこ)がまた床に伏せていると、無遠慮な牢番の声がした。

 弥胡は声の主を睨みつける。この男も、所詮宵慈(よいじ)を殺した奴らの仲間なのだろう。無理やり人を(かどわ)かしてきたくせに、罵詈雑言を浴びせてくるだけの粗野な牢番たちに辟易していた。胸を焦がすような怒りと憎しみが湧き上がる。


 ――どうにかして、宵慈の仇を取ってやりたい。


 しかし、人間の感情を吸引したり、ごく稀に視界や聴覚、記憶を「盗る」しかできない弥胡は、無力以外の何ものでもない。

 できるのは、ギリギリと奥歯を噛み締めて反抗してやるくらいだった。


「いつまでボサッとしてやがる!」


 牢番はイライラと格子を蹴りつけた。流れ込んできた彼の苛立ちのがあまりの不快で顔顰める。ここに押し込まれてからというもの、酷く感情が乱れ、吸引の制御がしにくくなっている。

 声の方に視線を移すと、格子の向こうに大人が数人立っていた。牢番が掲げている灯りが逆光となり、相手の顔は良く見えない。


「ふうむ、これが、例の子供かえ?」

「はい、左様です、巫女様」


 誰かが格子の前で屈んだ。衣擦れの音がしたかと思うと、額に冷たいものが触れて、反射的にビクッと身体が揺れる。ややあって、触れているのが誰かの指であることが分かった。柔らかくしっとりとした、労働を知らない指だと思った。


「巫女様、このような不潔な者に触れては――」

「静かにおし」


 巫女と呼ばれた女の威厳のある声に、牢番の男が押し黙る。

 すると、触れていた指先から、じわじわと温かいものが額に流れ込んできた。


「あああっ!?」


 頭の中をかき回されているような酷い不快感に身を捩る。格子からもうひとつ手が伸びてきて、弥胡の顎を掴んで、身動きを封じた。


「やめて、放して!!」


 力の入らない手で拘束を振りほどこうとしたが、大人の力には全く歯が立たなかった。


「おとなしくしろ!」


 怒声と共に、棘のような怒気が胸を穿つ。苦しくて眦から涙がこぼれ落ちた。

 永遠とも数秒とも感じられる時間の後、巫女は唐突に手を離した。

 肩で荒い息を繰り返す。瞬きをするのも億劫なほど疲弊していた。


 ――今のは、一体、何だったのか。

 額に指が触れただけで、あれほど酷い苦痛を与えるこの巫女は、一体何者なのだろう。


「これは、これは……。ふふ、よい拾いものをしたようじゃ……」

 ボソッと呟いた巫女の声は、愉悦に染まっていた。

 巫女は満足気に頷きながら立ち上がる。懐から紙を取り出し、汚物に触れたように、指先を拭った。

「この子供を湯殿へ連れてゆけ」

「はっ!」


 言い終えると、巫女はゆったりとした足取りで出入口の方へ歩き出した。裾の長い着物が擦れる、シュッシュッという音が遠ざかっていく。


 巫女が見えなくなると、牢番は格子を開錠し、居房の中へ入ってきた。両脇に手を入れられ、力強く引き上げられる。

「ふーっ、くせぇガキだ。おら、さっさと歩け!!」

 牢番は弥胡を小突きながら廊下へ押し出す。そのまま彼に引きずられるようにして出入口へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ