第六話 「危険な温泉」
────「温泉」
────【魔王♂目線】
何だかんだ言って、ボク達は温泉まで来ていた。
ミレーズに一緒に入ってみたいと誘ったのだ。
妻のアイシェスと暮らしていた時代には、地面を奥深くまで掘るような高度な技術は無かった。
その為、飲み水は近くの湧き水を使っていたし、生活用水は川の水を使っていた。
数千年経った現在では、技術の向上により生活用水は地下から汲み上げられている。
だが…世界の外の技術は基本入れてはいない。
その為、生活の様式がガラッと変わる事はない。
何故なら、世界の理を乱す者達を、先代魔王の意志を継いだボクは…徹底的に排除し続けてきた。
だけど…今。
ボクは…魔王の身体を奪われてしまっていた。
でも、不思議なのだが…ボクが世界の周りに張り巡らせた障壁については、破られた様子がない。
ふと思った事があった。
それはと言うと、まず…ボク自身は死んでいない。
ただ単に…身体が、魔王の身体からスライムの身体に入れ替わっただけだ。
だから、ボクが世界中に施していたものの効果については、継続されているのではないかと。
あと…頭に浮かんだ事がある。
今回の…ボクの手下だったイオレシスとイオレシアきょうだいの反逆についてだ。
彼らの自発的な行動であれば、まだ救いがある。
だが、世界の外の者が今回の件に関与しているのであれば話は別だ。
その場合、どうにかして彼らに接触してきた相手の正体を明らかにしなければならない。
恐らく、何らかの強い意志で障害となる魔王を排除しようと思ったに違いない。
現段階ではただの憶測に過ぎないが。
「リン…くん?おーい??大丈夫??」
ああ…そうだった。
まだ、ボク達は温泉の中には入っていなかった。
ミレーズに抱き抱えられ、脱衣所までは来ていた。
心配そうな表情でミレーズがボクを覗き込んだ。
「あ、すみません。何だか…不思議な気分で…。」
考え事をしてたのには間違いない。
だが…さっきの話はミレーズには早いと思った。
とりあえず誤魔化した。
「えっ…?何が?」
「スライムのボクが、勇者さんの恋人になれるなんて…。」
それは事実だ。
人がスライムと恋人になるなんてあまり聞かない。
しかも、今の状況的に言えば、勇者が…魔物とだ。
「ま、まぁ…それはね…?実は…私、スライムにされるのが…好きなんだ…。」
は…?
スライムじゃないと興奮しないのか?
ボクは色々と想像してしまった。
まさか、現世のアイシェスが…特殊性癖だとは…。
だけど、今のボクにとっては丁度良かった。
アイシェスもミレーズも手に入れられたのだから。
図らずもボクをスライムの身体にした彼らには、本当に感謝せねば…。
「ボク、ミレーズさんと出逢えて良かったです。」
「私もだよ…?あっ…そうだ…!!温泉入っている間…私の身体の中にリンくんのアレ…入れてもらってても良いかな…?」
全くもってミレーズは唐突だ。
アイシェスと比べると、全く正反対だ。
「え…。えっと…別にボクは良いんですけど…。急に…どうしたんですか?」
「実は…今日ね?私、危ない日なの…。だから…混浴だし…?何か…あると嫌だから…。」
なるほど、危険日だったからか…。
一連のミレーズの言動の理由がやっと理解できた。
逆にいうと、ボクが一番危ないかもしれない…。
だって、最愛の妻の生まれ変わりがミレーズだ。
そんな相手を目の前にして自制心が効くわけない。
それに、この黒色のスライムの身体は未知数だ…。
先程、ミレーズの身体の中に入った際、『治療』魔法が使えてしまったくらいだ。
下手すると、普通に生殖能力もあるかもしれない。
「もし…それでボクの子孕んだら、どうします?」
「うーん…。リンくんの子供なら…良いかな♡」
少し悩むような素振りを見せたが、即答だった。
────【勇者♂目線】
はぁ…。
どうなっちゃうんだろ…私。
成り行きとは言え、思い切りが良過ぎた気もする。
でも…こんな可愛いスライムは放っておけない。
私の言うこと聞いてくれるし、自分の意思もある。
しかも…身体の相性も凄く良かった。
「えっと…。温泉の中へ入ったら…入れますか?」
「今からだと…流石にダメだよね…?」
普通に考えたら、ダメだろう。
脱衣所で今…私は何も身につけていないのだ。
誰がどう見ても…ダメだ。
「はい…。ミレーズは勇者なんですから…。もう少し、自覚持って下さい…。」
やっぱり…。
リンくんは、自制心が凄い。
さっきだってそうだ…。
身体の中まで綺麗にしてくれると思い込んでいた。
でも…実際には違っていたのだ。
私が半ば強引に…リンくんを恋人にするまで、してこなかった。
「でもさ…?勇者の前に…私、リンくんの恋人だもん!!勇者は…恋愛しちゃダメなの…?」
「そ…それは…そうですね。良いと思います…。」
急にリンくんの声がボソボソとしてしまった。
私の勢いに押されたのだろう。
それに私は…リンくんの恋人である前に主人だ。
「じゃあ…。」
「ダメです!!変な噂になりますので。ここからはして行きませんよ?」
きっとリンくんは良い旦那様になれそうだ。
まぁ…無理矢理はやめておこう。
仕方がない…。
私は大きめの手ぬぐいを持って脱衣所を後にした。
勿論、リンくんを抱いたままだ。
とは言っても、温泉までは脱衣所のドアを開ければ直ぐなのだが。
──ガチャッ…
ドアを開けると…大勢の男達の声が聞こえてきた。
今日は何か催し物でもあったのだろうか…?
「リンくん?入ろっか…。」
そうリンくんに声をかけながら、脱衣所から温泉の浴場に足を踏み入れた。
すると一斉に男達の目線が私の方に集中した…。
「あれ…?勇者…じゃないか?」
「ミレーズだったか?良い身体してるな?」
「襲っちまうか?皆んなでやっちまえば、分からないだろ?」
辺りを見回しても女性の姿が一人も見えない…。
ここの温泉は混浴だ。
だから、誰かしら女性はいつも居るはずなのだ…。
──モギュッ…
「ひゃっ?!」
何者かが私のお尻を思い切り掴んだ。
気付かぬうちに誰かに背後を取られしまったのだ。
──モミッ…モミッ…
「お願い…やめてっ…。」
誰かが私のお尻を揉み始めた。
あまりの恐怖で後ろを振り向けなかった。
「ミレーズのお尻ぃー柔らかいねぇー?」
聞き覚えのある声。
お尻を揉んでる手…細くてしなやかで柔らかい。
「リュ…リュリエ…?」
「あったりぃー!!ミレーズ、飲みに来ないんだもーんっ!!でね?ミレーズ連れに外に出たら、温泉の方向かってるの見つけたのぉ!!」
気配を消す魔法でも使っていたのだろう。
だから、誰かに背後を取られたのではなくて、リュリエは元から背後に居たのだ。
という事はだ…。
リンくんとの話を聞かれていたという事だ。
「はいはい!!あなた達!!勇者様がお通りですよー?」
そう言いながら私の背中を酔っ払ったリュリエが押し始めた。
「すみません…通ります…。」
浴場だけあって、一糸纏わぬ姿を下手に隠すのもおかしい…。
顔から火が出そうになりながら、私達は浴場の洗い場へとやってきた。
「リンくん…身体流そっか。」
洗い場の身体を流す用の湯船へ手桶を入れた。
そして、そのお湯を使って、リンくんの身体を流し始めた。
「勇者さんよぉ?ほら?これ、見てみろよ!!」
いつの間にか男達は、今まで浸かっていた温泉の湯船から上がってきていて、私の周りを取り囲んでいた。
しかも…私の身体を見ながら自慰行為をし始めていたのだ。
それに…リュリエの姿も見当たらない。
「俺達ので身体、隅々まで洗ってやるからな?」
「おいおい!!お前ら、好き勝手やってるとただじゃおかねぇぞ?」
いよいよ本当に身の危険を感じた頃だった。
ユーディンの声が聞こえたのだ。
「勇者に対する狼藉どうしてくれようか?」
続いてアヴィルドの声も聞こえてきた。
「ミレーズ、ゴメンね?呼びに行ってきた!!」
リュリエが機転を効かせてくれたらしい。