第三話 「可愛いお供」【勇者♀目線】
────「宿屋」
可愛い…。
なんて可愛いんだろう…。
魔王の居城からそれ程遠くないイウェラという村まで、私達のパーティは戻ってきていた。
この村を今回の魔王討伐の拠点にしていたからだ。
それにしても、リンくんは可愛すぎだ。
ギュッと抱きしめてあげたい衝動に駆られる。
衝動というか誘惑というか。
本当にズルい。
今頃、パーティの仲間達は、酒場に居るハズだ。
反省会と称して酒でも飲み交わしている事だろう。
私はと言えば、宿屋の自分の部屋に篭っていた。
防具を外した下着姿でベッドの上に寝転んでいる。
それも、先程お供になったばかりの黒色のスライム、リンくんを抱えた状態でだ。
「はぁ…。可愛すぎて困るねぇ…キミは。」
思わず声に出してしまうくらい可愛いのだ。
その辺にいる青色のスライムと言えば、皆無表情なのだ。
だがリンくんは違っていた。
愛くるしい表情を振り撒いて私を見つめてくる。
──ムギュウウウウ…
可愛すぎて、ついつい強く抱きしめてしまう。
もうこれで何度目だろう…。
でもそれを嫌がらず愛くるしい姿を見せてくれる。
だから、もう勇者なんか辞めても良いと思う程だ。
「ねぇ…リンくん?」
「何でしょう…。」
凄い真顔だったのかもしれないが、リンくんの身体が強張ったように感じた。
「リンくんは…さ?好きな相手って居るの?」
これは、聞いておかなければならない事だった。
「い…いないですけど、急にどうしました?!」
当然の反応だ。
出会ったばかりでそんな事聞かれたら誰だって驚くだろう。
「そっか、なら良かった。」
この質問は、私の仲間になった者達へは必ず聞いている事だった。
「え?!ど…どういう意味ですか??」
「あのね?私達って…魔王さん追いかけて世界各地行くじゃない?だから、好きな相手がもし居たら、寂しい思いさせちゃうよって言っとこうかなって。」
なるほどとリンくんは納得した様子だ。
そんな表情も、可愛すぎた。
他のスライムなら無理だが、リンくんならずっと抱きしめていられる自信がある。
「あの…ミレーズさん?」
先程の質問のお返しとばかりに、困った表情で話しかけてきた。
「え?!リンくん、どうしたの?」
ここまでに私がしたことと言えば何だろう。
抱きしめられるのが嫌なのだろうか?
一人の時間が欲しいとかそういう事だろうか。
私はついつい身構えてしまう。
「あ、ミレーズさん?深刻な話ではないので、リラックスして聞いてくだい!!」
「良かったぁ…。」
「あの、ボクの身体って何色に見えてます?」
拍子抜けするくらいの他愛もない質問だった。
でも、自分の身体の色は分からないのだろうか?
「えっ?!透き通った黒色に見えてるけど…?」
「そうなんですね。自分の身体の色ってあまり意識して見てなくて…。」
スライム状だから首もないし、真っ直ぐしか見えないのだろうか。
そう考えれば合点がいく。
でも、良かった。
抱きしめられるのが苦手とかではなくて。
それに私自身、お供がスライムなのは初めてだ。
理由は至って簡単だ。
元来、スライムは無表情で人の言葉を喋れない。
その為、意思疎通が難しい。
だから、高難易度な討伐のお供には向かない。
でも、リンくんは違った。
表情豊かで、人の言葉を理解して会話が成り立つ。
しかも、可愛すぎる。
「それにしてもね?黒色のスライムって私、初めて見たよ?」
昔、奴隷時代にスライムと共生させられていた。
理由は、汚れた身体を綺麗にする為だった。
その様子を面白がった私の飼い主の貴族は、スライムに私を襲わせるショーを行い、一部の男達の間では有名になっていた。
味をしめた貴族は、見世物として様々な種類のスライム達が蠢くクリスタル製の大きな水槽の中に私を閉じ込め、数日間放置してその様子を見せた。
繰り返しそんな目に遭っているうち、私のスライムに対する感覚は完全に麻痺してしまった。
「ボクも見た事ないので、きっと突然変異だと思います。」
こんなにお喋りも上手で、愛くるしくて…。
あとは…。
スライムを前にすると、邪な考えしか浮かばない。
「あのね…?リンくんが嫌じゃなければなんだけど…。」
「はい…。何か…怖いなぁ…。」
「私の身体、綺麗にして欲しいな…?なんて…。」
言ってしまった。
「へっ!?こ、ここ…温泉が有名な村なんですよね…?確かに…スライムで身体を綺麗にするお店もあるみたいですが…。」
リンくんの言う通り、この村の温泉は有名だ。
それに、実際昨日も仲間達と一緒に入っていた。
折角、意思疎通可能なスライムをお供にしたのだ。
久しぶりに身体を綺麗にして貰いたくなった。
「リンくん…?ダメ…だよね?」
抱きしめたリンくんを見つめながら聞いた。
「うーん…。まずは温泉、一緒に入りませんか?」
意外とこの黒色のスライムは倫理観があるようだ。
スライムは皆、身体を弄ぶのが好きと思っていた。
だから、そんな話をすれば飛びついてくるのでは?と考えたが、上手くいかなかった。
「そうだよね!!温泉、一緒に入ろ!!」
──ガバッ!!
ベッドに寝転んでいた私は、飛び起きた。
そして一度、ベッドの上にリンくんを置いた。
「どうしようかなぁ…。これ羽織ればいい?」
壁に掛かった膝下まである外套を私が手を掛けた。
面倒くさい時は、大抵これを羽織って出歩くのだ。
勿論、私服も正装も持ってきてはいる。
だが、どちらも着るまでに時間がかかってしまう。
今はリンくんと一緒に温泉に入ることが優先だ。
少しでも早く、裸の付き合いをしたいからだ。
「ええええ!?ダメですよ!!下着の上にそれ一枚だけですか!?」
──グィッ…グィッ…
ベッドの上から降りたリンくんが外套を引っ張る。
「リンくん、ダメ!!引っ張らないで?」
「だって…勇者様の羽織っている外套の下が実は、そんなあられもない格好だとか、あり得ないですよ?」
え…?
あり得ないの?!
この村に来てから、ずっと…。
これなんだけれど…。
「でも…私さ?今まで、ずっとこの格好で外を出歩いてきたんだけどね…?」
「はああああ!?あり得ないですよ!!ミレーズさんは勇者様だという自覚、持ってください!!皆さんの憧れの的なんですからね??」
リンくんの言葉が私をグサグサと突き刺した。
よく考えれば…私は天より選ばれし勇者だった。
そんな勇者が、目の前ではしたない格好をしていれば示しがつかなくなる。
だからこそ私は…膝下くらいまである外套で下着姿を覆い、気付かれないように心がけてきたつもりだ。
なのに、そんな私の気苦労を知らない…お供になったばかりの黒色のスライムに、ここまで強い口調で言われるとは思わなかった。
「ま…まぁ、そうなんだけど…。汗まみれの身体に着たくないんだよね…。」
確かに、外套の下が…下着姿については結構ヒヤヒヤする場面が多い事実については、認めざるおえない。
だが、周囲の者達との距離感さえ気をつければ、良いだけのことだ。
あと…隠したところでいつかバレる事なのだが、私は非人道的な奴隷生活が長かった事もあり、心が一度壊れかけている。
その時、私の心の癒しとなったのは、可愛らしい小さなスライムだった。
あのスライムが居たから私は、十歳になるまで壊れそうな心を繋ぎ止めることが出来た。
だからだろうか、可愛いスライムに弱くなった。
「あぁ!!ミレーズさん…スミマセン。汗まみれだから、ボクに身体を綺麗にして貰いたかったんですか?」
あれ?
何だか雲行きが変わりそうだ。
それにしてもリンくんは頭の回転が速い。
瞬時に相手の状況を読み取る力もある。
「うん…。実はそうなんだけど…。リンくんは嫌だよね…?」
「別に…嫌ではないですよ。ミレーズさんはどうしたいですか?」
折角身体を綺麗にしてもらえるチャンスがきた。
不意にする訳にはいかないのだ。
「リンくんに身体綺麗にして貰いたい!!その後…一緒に温泉も入りたいな?」
もう、後戻りは出来ない。