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語り部は、花本一号だ

 僕こと、花本一号は被害者である。今回の事件、「怪物」による虐殺の被害者であり、生存者である。警察は、アレの目的を、精神状態の不安定から起因する衝動的殺人と断定した。人ではない存在の精神状態を鑑識できるとはなかなか警察も有能になったものだ。アレを殺すことも捕らえることも出来なかったという点に目を瞑れば、その評価はさらに鰻登りだろう。

 アレは、人のような姿をしていた。肌が黄色く、九本の尻尾を垂らして歩くアレは、堂々と校舎に侵入、虐殺をしてみせた。

 怪物は、丁度学校で勉学に励んでいた生徒、生徒に熱心に怒号を飛ばす教師、校舎の片隅で雑務に励む事務員、保健室の教諭、その他学校で生きていた存在を蹂躙し尽くした。

 ただ一人、僕を除いて。

 かくして、二百五十七名を殺めた怪物は、消えるように現れ、現れるように消えた。

 一人残された僕は、ただ一人の生存者として一躍有名になった。僕の友達は皆死んだが、代わりにメディアを通して僕を認知する人間が増えた。ふざけた冗談だ。

 僕の生きる原動力は、奴への復讐心のみである。僕の人生を滅茶苦茶にするだけして、消え去ったあの存在。

 何故現れたのか、何故殺したのか、何故僕は生きているのか。その謎を解き、奴を殺す。それが僕の儚い夢だ。

 

 001

「花本君ってさ、なんでいつも一人でいるの?」

 純粋な疑問なんだけどね、と、僕が一人でいる事の理由を求める彼女、然仁江は聖人だ。女性にしてはなかなか短いショートの髪型に、高校生にしては珍しいきっちりとした制服の着こなしからも、彼女のその真っ直ぐな性格が伺えられる。

「理由はないよ。そうだから、そうなだけ」

「ふーん、そうなんだ」

 自然な流れで、僕の机の前に椅子を置く。もしかして、一緒にお昼でも食べるつもりなのだろうか。

「誤解しているようだったら申し訳ないんだけどさ、僕って一人でご飯食べるのが好きなんだ」

「私は二人で食べる方が好きなんだ」

 僕の、どっか行け、という意味を含んだ言葉を軽く受け流す。

 大方、クラスの委員長である彼女は、その人の良さから、教師にクラスの腫物である僕の面倒を見てとでも頼まれたのだろう。全く冗談じゃない。一人でいるだけの僕を哀れむな。

「主張の違いって奴だね。まー私に目をつけられたからには逃げられないから観念しな」

「なに、今から僕はカツアゲにでも会うのかい?」

「そうだよ」

 そうなのか。

 あれ、てっきり嫌々僕の相手をしにきたと思っていたのだけれど、もしかしてノリノリで僕の金銭を要求しにきたのかな?

「冗談だよ、冗談。そんなことしたら逮捕されちゃう」

「されるかな?カツアゲ程度だとされない気もするけど」

「何言ってるの。人からお金を奪うんだよ?立派な強盗じゃない」

 それもそうだな。

 カツアゲ、という言葉がどこかその罪の重さを錯覚させるが、よく考えたらアレ強盗だな。

「それで、本題なんだけれどね」

 お弁当の包みを開きながら、僕の顔を伺う。ああ、この好奇心と畏れをどちらも含んだ表情、見覚えがある。僕に、あの事件のあらましを興味本位で聞こうとする人間の顔だ。どこかトラウマを掘り返すのは申し訳ないと思いつつ、しかし魅力的な事象に対してなすすべがないといった人間の顔である。

 嗚呼、彼女でさえそうなのか、と心の中で毒づく。

 僕という人間になどまるで興味がなく、ただ好奇心のままに動く、そんな人間なのか。

「私と付き合ってくれない?」

「……あ?」

 予期せぬ問いに、素っ頓狂な声を漏らす。

 

 

 002

 時刻は四時。慌ただしく移動する生徒の波に呑まれる。

 僕が転校してきたこの学校には、校舎がいくつかある。その中で最も古い、曰く付きの旧校舎に、なぜか僕は今まで一度も話したこともない女の子と二人で歩いている。

「いや本当に助かるよ。うちの部活部員が私含めて四人しかいなくてね、君が入ってくれるとようやく部活消滅の危機に怯えなくて済むんだ」

 頬をかきながら、丁寧に僕を勧誘してくれた理由を述べる。部活の存続には、五名以上の部員の存在が必須であるのだろう。以前僕が在籍していた学校は、五名以上の部員を要求していた。おそらく、ここも同じなのだろう。

「いや、まだ入るとは言ってないんですけど」

 先程の彼女のセリフの真意は

 私の部活に付き合ってくれない?だったらしい。いきなり告白されたのかと身構えてしまったが、いささか自意識過剰だったらしい。

 いやでも、彼女の言い方も悪いな。

「えー⁉︎私と付き合ってくれるって言ったじゃない⁉︎」

「いや、とりあえず行くだけって言ったでしょ。修羅場みたいに言わないでくれ」

「私なりのコミュニケーションなのさ。別に君のことは好きじゃないから大丈夫だよん」

「あー。そうはっきり言われると少し心にくるな。まあでも、気を遣われるよりかは良いかもね」

「でしょ〜。私っていい女だから」

 あれ。

 仁江さんってこんな人だったけ。

 僕のイメージの彼女とかなりかけ離れている。いや、今日彼女と初めて話した僕が彼女の何を知っているというのだ。自分の心も理解できない僕が、彼女の何を理解できるというのだろうか。

「ははは」

 お笑い種だ。

「お。花本君が笑っているの初めてみた気がするよ。転校してきてからずうっと仏頂面だったから、笑い方を知らないのかと思った」

「酷いな。僕だって笑い方ぐらいは知ってるよ」

 笑いと言っても、今のは自嘲なのだけれどね、と心の中で付け加える。

「はい、ここ!これが我らが怪戦部の部室だよ!」

 彼女の指指す方には、小さな部屋の扉があった。

「ふむ。一つ質問いい?」

「なんだい?私のスリーサイズ以外なら何でも教えるよ」

「君のスリーサイズにはまるで興味がないから安心して」

「あ、そう」

 どこか悲しげに顔を伏せる。

 急にしおらしくなった彼女の様子を気にも留めず、続ける。

「なんでこんな古い旧校舎、しかもその一番隅に部室があるの?」

 純粋な疑問だ。僕たちが普段授業を受けている校舎からこの部室に着くまでに二十分かかっている。いくらなんでも遠すぎるだろう。しかも、ざっと見ただけの僕の私見ではあるが、この旧校舎を部室にしている部活は無さそうだ。

「まるで、隔離でもされている様な位置だけれど」

「鋭いねぇ。その通りさ。昔、ちょっとやらかしてね。罰として部室の位置を移動させられたのさ。でも、私達がやらかしちゃった事を考えると、なんでこれだけで済んだのか謎なんだけどねー」

 何やったんだよ。

 え、もしかしてここ危険人物の集まりだったりする?

 だとしたら、のこのことついてきたのは失敗だったかもしれない。彼女が優等生であるからといって、それだけで信用できる材料にはなり得ないというのに。僕は彼女について何も知らないと確認したばかりじゃないか。

「仁江さん。やっぱり僕やめておくよ。今日の所は家に……」

 帰らせてもらう、と続けようとした僕の声は、勢いよく開かれた扉の音に遮られる。

「皆‼︎新入部員連れてきたよ‼︎」

「おう、仁江!なんや新しいやつ連れてきたんか?でかした!」

「さすが、ゆーとーせー」

「そでしょ〜。ありゃ?部長は?」

「なんや用事あるゆーてどっか行きよったわ。まあその内戻ってくるやろ」

 開かれた扉の先には、屈強な男と、華奢な女の子がいた。

「いやあの。僕まだ入るとは……」

「よー来てくれたの。お前のおかげでうちの部活解体せんで済むわ」

 いきなり男の方に肩を組まれる。えらくフットワーク軽いなこの人。初対面で肩組むとかなかなかできないだろ。

「その人は芝村先輩。私達の一個上の三年生だ。特徴はエセ関西弁を話すってことかな」

「おいおい仁江。エセちゃうで、モノホンの関西人や、わしゃあ」

「じゃあ自称関西人ってことで」

 がはははは、と豪快に笑う彼の喋り方は、なるほど、確かに僕たちの喋り方と異なる。これが関西弁ということなのだろうか。

「で、そっちの隅で本読んでる子が若宮ちゃん。ウチ唯一の武闘派だよ〜」

「ぶい」

 手元の本から視線を移さず、手をピースしてこちらに向ける。

「武闘派?」

 黙々と本を読む彼女の身長は、パッと見た感じ百四十センチにも届かないほど小さく見える。小学生と言われれば、納得してしまう程の高校生にしては若すぎる顔と、その小さな佇まいからは到底、武闘派という言葉は結びつかない様に思われる。

「この子小さいけどめちゃくちゃ強いんだよ。この缶を片手でスクラップにできちゃうんだぜ」

 飲み干された空缶を彼女に投げる。

 まさかそんな、と疑う僕の心は、バキバキミシと悲鳴をあげる空缶を目撃すると共に、ピタと静まる。

「はい」

 あっという間に、空缶が一センチ程の小さなボールに姿を変える。

 ……人は見かけによらないものだ。どれだけ明るく見える人でも、心に鬼を飼っていたり、こんな華奢に見える少女が、空缶を片手で丸めるほどの馬鹿力だったり。人を知るには、自身で直接人を知るという手順を踏まなければならない。単純だが、意外と難しいのだ、これが。当たり前であるが故に、見落としがちである。例をあげるなら、第三者からの情報から推察される特定の人物の人となりは、直接話してみると全く異なっていたりするであろう。

 とりあえず、彼女の不興を買うのはやめておこうと心の中で誓う。

「それであともう一人、ウチの部長がいるんだけど、紹介は来てからでいっか」

「せやな。じゃあ次はお前、自己紹介してくれや」

 視線が僕に集まる。この感覚、いつまで経っても慣れないな。

「花本一号。先月転校してきました。好きな人は詮索しない人です」

 花本一号、と名乗ったタイミングで芝村と若宮の二人がピクリと反応する。

 ここ一ヵ月、なんらかのメディアを通して必ず一度は聞いたことがある名前であろう。一号という変わった名前のせいで余計人に覚えられやすくて困る。

「お前が、例の生き残りか」

「そうです」

「まーたやべーの連れてきたな、仁江」

「失礼でしょ先輩。花本君は唯の人なんだから」

「それもそうだな。悪かった」

「先輩、関西弁抜けてますよ」

「あ」

 コホンと、咳払いをして再度続ける。

「俺らはお前を奇異の目で見やしねぇから安心しろや。仁江以外のこの部活の人間は全員テメェと境遇は同じだからな」

 境遇が同じ?

「まさか、皆さんもあの化け物に?」

「そう」

 若宮と言ったか、華奢な少女が小さく頷く。

「わたしと、しばむらは、かぞくを殺された」

「部長は、面識ある人間根こそぎいかれたらしい」

 なるほど。その話が本当であれば、僕はここに来て正解であった。彼らから少しでも手がかりを得られるのであれば、またあいつに一歩近づける。

「一体あの怪物はなんですか?」

「それがわからへんのや。突然現れて、突然消えるぐらいしかな」

「私達も色々調べてるんだけどね〜。手がかりゼロってのが悲しい現実なのさ〜」

「でも、かならずつかまえる」

「その通り!それこそ私達怪戦部の悲願!」

 え。あの怪物を捕獲する?聞き間違いだろうか、今そう聞こえた気がする。

「だから私は君を誘ったのさ。君なら入ってくれるだろってね」

「なるほどね。面白いし興味深い目標だ。けれど、僕たちただの学生に可能とは到底思えない」

 おそらく不可能だ。仮に運良く近づけたとしても、瞬きの間に殺される。文字通りの瞬殺。

「ははは、不可能に挑戦してこそだよ」

「変わってるな」

「君も今日から変わり者の一部だぜ?」

 

 

 そんなわけで、僕は央儀高校怪物戦線部に入部した。変わり映えのない褪せた日常の中に差した光明。奴に近寄る術を探すため。復讐を果たすため。謎を解くために。

 この物語の行き着く先と正反対の言葉、希望を携えて彼は入部を決めた。

 終着を探す。

 この世界の真実には絶望しかないことに

 

 

 僕はまだ気付かない。

 

 

 003

「何故ついてくる」

「帰り道が同じだからだよん」

「ふむ」

 帰路に着く。結局部長と呼ばれる人物をお目にかかることがないまま、部活の終了時間を迎えた。

 なぜか僕の帰路に優等生がいる。はて、帰り道が同じだというが、僕は一度も彼女を見かけたことはない。

「そりゃあ部活は六時半に終わるからね。君いつも四時ぴったりにかえってるっしょ?」

「ああ、なるほど」

 言われてみたらそうだ。部活動に勤しむ者と、勤しまない者の帰路につく時間が同じであるはずがない。

「……なんで君は、あの部活に入ってるの?別に誰かが大事な人間が殺されたわけじゃないんだろ?」

 突如訪れた静寂に耐えられず、口を開く。

 芝村は仁江以外の人間と言っていた。怪物に恨みがある人間があの怪しさ満点の部活に入るのは理解できる。が、彼女が在籍している理由の見当がつかない。

「確かに、なんで入ってるのかな?人数合わせとか?」

「真面目に答える気がないならいい」

「冗談だって!君ってば冗談通じないんだね」

「悪いね」

「んー理由はあるんだけど、言いづらいから聞かないで欲しいんだよねぇ」

「ならいい。悪かった」

「切り替え早ッ!もうちょっと私に興味持ってよ!」

 聞かないでほしいって言ったじゃんか。

「興味はあるよ」

「え、ホント⁉︎」

「君のうるささの秘訣とかね」

「もうちょっと別の観点に目を向けてくれないかな⁉︎」

「じゃあ、スリーサイズとか」

「別の観点すぎるよ!」

 

 此処デ一休ミ

 

「君達の部活の活動ってなんなの」

 聞くのを忘れていた。これから自分が所属する部活の活動の概要も知らないとは、我ながら驚きだ。

「怪物専門の探偵、的な」

 的なって。アバウトすぎる。

「アイツらの足取りを追って、発見次第和木さんに知らせるのが私達の活動なんだ」

「和木さん?」

 知らない名前だ。部長さんの名前なのだろうか。

「和木さんは、簡単に言うとすっごく強い人で、場所を教えたらアイツらを退治してくれるの」

「……アレを、倒せるの?」

「うん!実際何体かは倒してるしね〜」

 何体か?そういえば先程から怪物をアイツらと複数形で話していた。

「怪物って何体もいるのか」

「そうだよ!でも君が出逢った黄色の九尾は私たちが今まで会ってきたのだと一番強いかもしれない」

 なぜか得意げに説明する彼女を、背後から黙って見つめる。

「アイツらは突然現れてるんだけどね。ごく稀に普通にそこらを徘徊してるの。ほっとくとまた人を襲いに行っちゃうから、そうなる前に探し出すのが私たちの役目ってわけ」

「なるほどな」

 なら、いつかはアレを見つけ出せるのかもしれない。フードを被った黄肌の九尾を。

「今までに私たちは、十人ぐらい怪物を見つけ出して報告してるんだけど、あの黄色い怪物にだけは逃げられちゃったんだよね」

「会った事あるのか⁉︎」

「うん。一年ぐらい前、私が入部仕立ての時に会ったんだ」

 

 

 004

 途中で仁江と別れた僕は、先程の発言を反芻する。

「アイツを探し出すことは可能」

 光明だ。突然現れて突然消えるだけでは、まず間違いなくその足取りは掴めないだろう。

 しかし、ここで疑問が二つでてくる。一つに、彼ら学生が見つけられる怪物を、何故警察は見つけ出せないのか。仮にも大量殺人の犯人だ、捜査をしないというわけはあるまい。だというのに、どうして一向に足取りが掴めないのだろうか。

 二つ目に、和木という人間の存在だ。あの規格外の怪物を打ち倒せる人間が存在していることに驚きを隠せない。

 屋上まで軽く飛ぶ跳躍力や、コンクリートを砕く拳。そして見えない速度で迫る九つの尾。他の怪物がどうだったのかは知らないが、戦闘力は僕がみた黄色い奴と同じぐらいだと仮定すると、いよいよそれらを打ち倒す和木という人間の存在が信じられなくなる。

「いつか、直接話をしたいな」

 今日の収穫は、僕の想定以上だ。有益な情報が多く手に入った。

「部活。部活かぁ」

 ほんの一、二カ月前までは、僕も部活に励み、青春を謳歌する学生の一人だった。運動が生来苦手だったから、克服しようとサッカー部に入部した。一年間ベンチで、二年の始めにようやくレギュラー入りを果たした。レギュラーといっても、部員二十名の弱小チームの話であり、特段素晴らしいと言えるものではなかったが、僕にはそれで充分だった。

 凡人の僕の努力を全て否定してみせた、あの黄色い怪物。好きだった人、尊敬していた人、憧れていた人、一緒に馬鹿騒ぎできた友達。その全てを、動かぬ骸へと変えた。

 そう、丁度僕の目の前歩いている人のように。

 九本の尻尾を携えていた黄肌の……

「……⁉︎」

 

 漏れかけた声を、慌てて防ぐ。

 どういうことだ。

 

 なぜアイツが、こんなところを歩き回っている。


 (落ち着け。慌てるな)

 心の中で突如起きた竜巻沈める。何事も、慌ててはいけない。冷静に対処しなければ、落ち着かなければ。

 けれど、そんな僕の心情とは裏腹に、体の震が収まることはなかった。早まる鼓動を、切れる息を、震える足を、僕は止められない。

 一歩、一歩、音を立てないよう、慎重に後退る。怪物の顔はフードのせいで伺えないが、どうやら僕には気がついていないようだ。

 (落ち着け。落ち着いて物陰に隠れろ)

 一歩、一歩。慎重に、冷静に、けれど急いで死角となる建物の裏へと歩みを進める。

 距離にしてたった十メートル。が、一向に目標に辿り着かない。

 (振り返るな振り返るな振り返るな振り返るな)

 祈る。困った時の神頼みというが、今だけは神に縋る無礼を許してほしい。不恰好でも、僕は此処で死にたくないのだ。

 黙々とうなだれて歩くソレの、完璧な死角にようやく到達する。

「ふぅーーーー……」

 肺の中の酸素を体外へ排出し、呼吸の安定化を図る。

 このまま、逃げてしまいたいと考える自分の情けなさに泣きそうだ。

 あれほど渇望した目標が目の前にいるのに、死をちらつかされれば足を動かすこともままならない。我ながら、なんて哀れなのだろう。また自分を嫌いになりそうだ。

 (なんて、自虐してる場合じゃねぇよな)

 そうだ。見失わないように跡を追わなければならない。奴を少しでも理解し、復讐を果たすために、今僕がすべきことは、跡を追うことだ。

 (もう、逃げない)

 額を流れる汗を拭う。決意はとうの昔に固めたのだ。今更死の恐怖に怯えるな。のうのうと生き続けるよりかは、死の方が幾分かマシなんだろう?

 建物の隅からちらりと覗く。

 まだいる。歩いている。追いつけない距離ではない。

 そう判断し終える前に、既に体が動いていた。前に、前に。

 恐れず進め。

 

 

 005

「やっほー花本君。今日も一人なんだね。友達いないの?」

「……なんでここがわかった」

 図書室を抜けたその先の、小さな扉の向こう。なかなかに分かりずらい位置にあるため、人が来ることはないと踏んでわざわざ来たのだが。

「そう嫌そうな顔しないでよー。自分で言うのもなんだけどさ、私結構可愛いよ?こんな可愛い女の子と一緒にご飯食べられる機会なんて滅多にないんだぜ?光栄に思え〜?」 

 よっこいしょー、と気の抜けた掛け声に反して、彼女の佇まいは凛としていた。彼女の恵まれた容貌に相まって、思わずその様子に息が詰まる。

「はぁ。あのね。僕は一人が好きなんだ。特にご飯食べる時はね」

「ほうほう、そりゃ意外だ。私から見れば、君はかなりの構って欲しがりに見えるけれどね?」

「どこをどうみたらそう見えるんだよ」

 お前は僕の何を知っているんだよ。

「私ね。考えてきたんだ。理由」

「聞いて欲しそうだから聞いてあげよう。なんの理由?」

「一言余計だぜ。昨日途中で言いかけたじゃん。私があの部活に入ってる理由」

「聞いてほしくないって言ってなかったか」

 僕の記憶では、確かそんな風に言っていた気がしたのだけれど。

「……勘違いじゃない?そんなこと言った覚えはないよ」

 一泊、奇妙な間が空いた。

「……?そうだったけ。じゃあ、まあいいや。聞かせてよ理由」

「好きな人がいたんだ。あの部活の中に」

「ほう」

 好きな人がいた、と過去形で話すと言うことは、もう卒業してしまったのだろうか。

「そう。もう卒業しちゃったんだ」

「そうか。ちゃんと振られたのか?」

「ちゃんと振られるって、花本君デリカシーなさすぎだよ」

 否定しない、ということは予想通り振られたみたいだ。

「ふむ。まあ伝えただけ偉いんじゃないか?人に自分の想いを伝えるなんて中々できることじゃない」

「あ、え、はい」

 顔を赤らめて頬をかく。

「どんな人だったんだ。君の初恋の相手は」

「なんで初恋ってわかるの⁉︎」

「勘だ。男のな」

 不思議なものだ。今僕の目の前で照れながら話している彼女は世間で言うところの美少女で間違いないと言うのに。

「こんないい女フるなんて、中々の男だな」

「え、ごめんもしかしてそれ口説いてる?」

「ぶっ殺すぞ」

「ごめんなさい」

「いい女ってのは見た目の話だ。中身まではしらん」

「見た目は認めてくれるんだ?」

「ああ」

 即答。当然だろう。十六年生きてきたが、彼女以上に見た目に優れる人間を見たことがない。その人間には、アイドルやモデルといった芸能人も含めての話だ。

 

 

「私の好きな人はね、とにかくカッコよかったんだよ」

「アバウトな情報をどうも」

 カッコよかったって言われましても。それだけじゃどんな人間かまるで想像できない。

「それでね、私のことをとーっても大事にしてくれてたんだ。ううん、今も大事にしてくれてる」

 ほう。だとすると、違和感がある。大切にしてくれていて、それが今も続いている。振る理由が見当たらない。

「変な人なんだー」

「本当に好きだったんだな」

 彼女の顔に常に引っ付いていた嘘くさい笑顔が、彼の話をしている時だけ剥がれている。

「……うん。今でも大好きなんだ」

「君の笑った顔初めて見た気がするよ」

「え⁉︎私そんな無愛想じゃないぜ⁉︎」

「そのオーバーリアクションとかさ。空気を重くしないようにしてるんだろうけど、疲れない?」

「……花本君って性格悪いねってよく言われない?」

「いいや。意外と最近は言われてないんだぜ」

「はぁ……。じゃあそういう君はどうなのさ。好きな人とかいるの?」

「いや。いないね」

 つまんなーい、と不機嫌そうに足をバタつかせる。しょうがないだろ、実際いないんだし。嘘ついたってどうしようもない。

「一人ぐらいいるでしょ、気になった人とか」

「んー。いたかな」

 思い返すが、そもそも女性と最後にいつ話したかさえ曖昧だ。

「こいばなを、してるときいて」

 拙い言葉が、背後から響く。

 振り返ると、他称武闘派、若宮美がいた。

「若ちゃん!いらっしゃいいらっしゃい!んー相変わらず可愛いね、よしよし」

「でへー」

 仁江の膝の上に乗る形で、若宮が座る。若宮の小さい体躯のせいで錯覚しそうになるが、彼女らの年は一つしか離れていないのだ。ぱっと見では完璧に仲のいい歳離れた姉妹にしか見えない。

「こんにちは、若宮さん」

「わたしに、さんはいらない。ちゃん、ならいいよ」

「じゃあ若宮で」

「ふふく」

 ぷくー、という擬音を共に口を膨らませる彼女は、到底高校生には見えない。ギリギリ好意的に解釈すれば発育の遅い中学二年生と言えなくもないが、しかし、高校生というのはどうにも無理があるだろう。実際、彼女の丈に合うサイズの制服がないのか、随分ダボっとしている。

「若ちゃん。花本君は女の子とまともに話したことないクソナードだから、いきなりちゃんずけはハードルが高いんだよ。責めないであげて」

「勘違いだったら申し訳ないんだけどさ、もしかして喧嘩売ってる?」

「こわーい」

 拳を振り上げる僕から隠れるようにして、若宮を盾にする。

 くそ、こいつちゃんと考えてやがる。

 彼女の馬鹿力を目撃した手前、僕が迂闊に手を出せないことを見越して煽ってきやがった。

「ぼうりょくはだめだよ、いちごー」

 この場で最も戦闘力高いあんたが言うか。

「わかったよ。この怒りは後に持ち越しておく」

「え。忘れてはくれないの?」

「……その質問には答えないが、小学生の頃僕をいじめた人間一人一人の奥歯を一本ずつ、三年かけて抜いたとだけ言っておこう」

「ひえっ」

 仁江の顔がみるみる青ざめていく。赤くしたり青くしたり、器用な人間だなと感心する。

「助けて若ちゃん!殺される!」

「そんな物騒な事はしない。奥歯を一本頂くだけさ」

「やさしいね、いちごー」

「そうだろ。物分かりのいい子には飴をあげよう」

「わーい」

 仁江の膝から、若を奪い取り、僕の膝へ座らせる。

「これで、君の守りは消えた」

「……」

「どうした?恐ろしくて声も出ないか?」

「急にテンプレ雑魚みたいなセリフ吐かないで。いやそうじゃなくて、意外と大胆だねって」

 大胆?

 急になんの話だ。

「いや、君膝上に一個違いの女の子普通に乗せるんだなって」

「あー」

 そういやそうだな。幼い見た目のせいでなんも抵抗もなく抱きかかえてしまった。

「ふむ。よしよし」

「でへー」

 なんとはなしに頭を撫でてみる。

 ふむ、やはりこの感じ、謎の既視感がある。昔からこうして膝上に乗せて頭を撫でてたような——それでいて、この子の事を妹のように思っていたような——?

 僕は昔から、他人に触れるのも、触れられるのも大っ嫌いだった。だというのに、なぜこんなにもスムーズに頭を撫でられるのだ?

「ええええ⁉︎もしかして君ソッチ系⁉︎」

「ソッチ系って、どういう意味だ?」

「趣向が幼い女の子って意味」

「殺すぞ」

「ごめんなさい」

 

 

 006

 人はどうして群れるのか、と言うと孤立主義者の戯言に聞こえるかもしれないが、別に、集団で行動することに苦言を呈したいわけではない。

 人は一人では生きられない。最近じゃ、物心ついた小学生ですら理解している普遍的な事象だ。生き抜くために、人間は集団を形成し、互いに支え合い助け合う道を選んだ。

 僕はいつのまにか自分一人で生きているつもりでいた。それ故に、一度他者からの干渉を嫌い、極力人との関わりを減らそうと息巻いた時期がある。あの時の僕は、うん、そうだな、恥ずかしいやつだったな。

 ただ僕は、疑問だった。なぜ人間は一人で生きる道を選ばなかったのか。生物としての構造上、だなんて正しい解答が欲しいのではない。ただ僕は、自分で納得できる答えが欲しかったのだ。

 故に、考えた。自分を納得させられるのは自分だけだから。考えて、考えて、考えて。

 結局、何も思いつかなかったんだっけ。

 何か結論を導き出した気がするのだが、どうやら忘れてしまったらしい。

 最近、どうにも記憶が曖昧だ

 

 

「んあ、どうしたの?」

「なんでもない」

 放課後。旧校舎に向かう。途中変な美少女に出くわした。相手するのも面倒臭いので、無視をしていたのだが、流石に身を案じてくれる人間は無視できない。

「ほんとー?なんでもないにしては、随分と目尻にシワがよってるぜ」

「シワがよると僕の思考力は三倍になるんだ」

「嘘、そんな設定あったっけ」

「ねえよ。信じるな馬鹿が」

「え、もしかして、私に嘘をついたの?この私に?」

「そうだけど」

「私たち同じ部活の仲間だろ⁉︎これまで一緒に、切磋琢磨してきたじゃないか‼︎」

「うるせえ急に叫ぶなクソカス」

 耳元で叫ぶな。

 てか切磋琢磨してねえし。

 まだ正式に入部してから一日しか経ってねえよ。

「でへへ。急に叫んだらどんな反応するかなって」

「ねえ、君は本当に何を考えてるの?明らかに今そんな空気じゃなかったよね?」

「んー強いていうなら君との仲良くなり方かな?」

「……」

 なんだか、もうこいつに何かを言う気も失せた。

「ねえなんか言ってよ」

「死ね」

「暴言以外でお願いしたいなぁ⁉︎」

「じゃあ土下座しろ」

 僕が言うと同時、地面に額を擦り付ける。ふむ。意外とこの眺めは悪くない。

「ねえ、ちょっと顔上げて」

「……?はい」

 言われた通り、素直に顔を上げる。

 体だけ土下座をしている彼女の顔ををまじまじと見つめる。

 不思議だ。普通ここまで心無い対応をされれば少しは表情に出ていいのに。罵詈雑言を浴びせられて、平気でいられる人間などいるはずがない。大なり小なり、心の中で黒い靄がかかるだろう。だというのに、彼女の表情のどこからも、負の感情が感じられない。

 いや、いい、どうでも。人の腹の底のを知ろうとするのは、僕の昔からの悪い癖だ。他者の心は理解などできない。とりあえず、彼女は冷たい対応に慣れている、と言うことにでもしておこう。

 

 

「あらら、私たちが一番乗りみたいだね」

 部室に差し込む日の光が、黄金色に変色している。先日、足を運んだ際との明確な色のズレ、季節の変わり目をはっきりと感じる。この色は、好きだな。微かに夏特有のにおいが鼻腔につく。この空間は案外悪くない。

「なあ、少し質問いいか」

「なんだーい?」

 沈黙を避けるため、不承不承ながら椅子に腰をかける仁江に話しかける。

「なんで僕を気にかけるんだ?」

「気になんてかけてないよ。自意識過剰だねぇー花本君は」

「……少なくとも僕には……いや、いい」

「およ、怒らないんだ」

 不思議そうに首を傾ける。

「じゃあ怒る」

「ごめんて」

 対して申し訳なさそうでもない彼女を横目に、部室の中を見回る。

「びっくりするほどなんもねえな、この部室」

 棚や、ロッカーなどの大方学校に常備されているであろう収納設備は完備されているにも関わらず、そのどれにも物は置かれていない。

「当然さ、何もないんだから」

「あん?」

「何もないから何もないんだ。君が見える、近く見える物は此処には何もない。覚えてないものしかない。記憶がない。だから、君にあるのは感覚だけだ」

「ん?」

 何を言っているかわからない。言葉に意味が複雑すぎる。

「これ、私が初めて入部した時に、好きだった人に言われた言葉だよ。わっけわかんないでしょ」

「確かにわけわからんな。深い言葉のようで、幼稚臭さもある」

 感覚だけがある。しかし記憶がない。

「……?」

 それおかしくね?記憶がないなら感覚もないだろ。元々ここになにかがあって、その事を忘れて、でもそれがそこにある感覚だけが残る?ん?どういうことだ?

 うーむ。頭がこんがらがる。

「深く考えても無駄だよー。君じゃわっかんないだろうから」

「その口ぶりからすると、君は理解できたようだね」

 棚から視線を逸らし、仁江の目を見る。黒い瞳の中に、薄らと輝きを覗かせる。

「うん。いっぱい考えたからね。答え、教えようか?」

「いいでーっす。僕は推理小説の謎を自力で考える派だ」

「ほうほう。それ、どれくらいの割合で当たるの?」

「ざっと一割」

「低すぎん?ななんでその確率でドヤ顔できるの?」

「誤解されやすいのだけれど、僕は頭悪いぜ?テストじゃいつも赤点ギリギリだ」

 マジで、と腰掛ける椅子を揺らす。そんなに驚くことか?

「それはいただけない。我が崇高なる怪戦部に頭の足りない人間は不要だからね」

 ガラガラ、と音を立てて木造の引きドアが移動する。

「やあ、初めましてだね。花本君。お噂はかねがね」

 鞄を入ってすぐ隣のロッカーに粗々しく突っ込み、こちらに近づいてくる。

「君に一つ質問だ。なあに簡単な問いだからそう深く考えなくていい。直感的に答えてくれ」

 少し熱を帯びた吐息が顔にかかる。

「私を見て、何を思った」

 そう、僕の耳元で囁く。

「イカれた女だと思いました」

 率直に、彼女についての感想を一文で纏める。

 いきなりゼロ距離まで近づいてきて、耳元で囁く。多分、この人が女の子じゃなかったら殴ってると思う。

 地面にギリギリ届くか届かないかの長さの三つ編みを揺らす。女の子にしては鋭すぎる目や、その下に黒々と根付くクマ。優等生という言葉を絵に描いたような見た目をした仁江と間反対の印象を抱かせる。

「正しい答えだ。ご褒美をあげよう」

 瞬間、僕の顔を片腕で掴み、顔を近づけさせる。

 このままではまずいと、加速する頭がけたたましくアラームを鳴らす。何か、僕の大切な何かが奪われてしまう、そんな気がしてならない。

「それは、知っているよ」

「……⁉︎」

 反射的に繰り出した拳は、彼女の片腕に軽々と受け止められる。

 残った腕で、もう一度拳を繰り出そうとするが、それは叶わなかった。

「まあ」

 僕の必死の抵抗虚しく、唇に柔らかい何かがあたる。唇だけに収まらず、僕の口腔内を舐りはじめる。

 この先のことは、あまり覚えていない、というより思い出したくない。

 ただ一言言わせてもらうなら、僕の脳裏で

 【ズッキュウウウウウウン‼︎】

 という聞き覚えのない効果音が、木霊し続けていた。

 

 

「わりぃな、若宮ひろっとうたら遅れてしもうたは」

「しもうた」

 今日三度めの扉が開く音を聞く。

「ってありゃ?花本まだきとらんのか?初日から休むとはふてぇやつじゃのう」

「いちごーひるやすみにはいた。いまいない。ふてえやつ」

 芝村が背負っていた若宮を丁寧に地面に下ろし、席に着く。それに続くように、若宮も座る。といっても椅子の上ではなく、若宮の上であるが。

「ほいじゃまあ、部員一人かけちゃあおるが、部活始めるとするかの」

「いや、芝村。部員なら全員揃っているよ。五人全員、ね」

 そう言って、彼女が部室の隅を指差す。

「「?」」 

 芝村と若宮が彼女の意を理解できないまま、指す方向に顔を向ける。

「は、花本⁉︎」

 部室の端で三角座りで震える哀れな男が、花本一号が、変わり果てた姿で鎮座していた。

「ど、どうしたお前⁉︎何があったんじゃ!」

 芝村がガタガタと、少年、花本一号の肩を揺するが、彼からの反応はない。怯えた表情で、縮こまり、体を揺らすだけだった。

「どうしたんじゃこいつ……昨日までの毒舌クール系男子の面影がどこにもあらへん!クソっ、こいつから冷静さを取ったら毒舌と捻くれた性格しか残らへんねんぞ!」

「芝村先輩、落ち着いてください。てかトドメを刺さないであげてください」

「いちごーかわいそう。よしよし」

 二人が彼の再起を図るが、変わらず彼は、まるで大切な何かを失ったかのように、正気を無くして、ただ震えるのみであった。

「ふむ。彼についてはよくわからないがね、ひとまず活動を開始しようか」

 暗に震える少年を捨て置く趣旨の発言を汲み取る。部長、差違が言葉を放つと同時、震える彼の動きがピタリと止まったのは、はて偶然か。疑問に思いつつも、金髪の関西齧りの男は席に戻る。

「今日は、和木さんのところに行くよ」

 差違が言い終える前に、仁江が机に身を乗り出す。

「マジすか⁉︎」

「マジマジ」

「いいいいいやっっっっっ」

「ただし、行くのは花本と、若宮ちゃんの二人だけどね」

「あああああああああ⁉︎」

 喜色満面の、それはもう素晴らしい笑みから、愕然といった表情へ急降下する。

「なんでですか部長!ひどいですよおおおおおおおおなんでええええええええ」

「あははは。いやね。昨日和木さんのところに行った時にね。仁江は連れてくるなって釘刺されちゃってね」

「こればっかりはしょーがないのう。潔う諦めい」

「どんまい」

 若宮を差違に預け、そのまま仁江が背中から倒れる。

「やだやだ行きたい行きたい行きたいいいいいい!」

 そのままの姿勢で、足や腕を振り回し、所謂駄々をこねる、という行為に移る。

 ついでに、地団駄も踏む。

「仁江。君ってそんなキャラクターだったっけ」

「花本君⁉︎死んだはずじゃ……」

「殺すな」

 彼は、いつのまにか、涼しい顔をして椅子に腰掛けていた。

「おやおや、お早い目覚めだね」

「……貴方には、色々聞きたい話がある。差違さん」

「むふふ♪はてさて君にそんな時間は残っているのかなぁ〜♪」

「……外道が……」

 差違と花本が、火花すら幻視できてしまいそうなほど激しく睨み合う。

「おいおい、なんやお前らどうしたんじゃ」

「……芝村さん」

「おう?」

 今にも殴りかかる勢いの花本を慌てて止めに入ろうとするが、直前で呼びかけられる。

 芝村は一瞬息が詰まった。自分の名を呼んだ青年の、その両の目から、一切の光が抜け落ちていたからである。それだけではない。自分を見る彼、花本の表情が、悲哀に満ちていたからである。

「……ごめんなさい」

 そう、一言だけ残して、彼は扉の奥へ走り去った。差違から、若宮を奪い取って。

 

 

 007

 私こと、怪物戦線部部長、差違装装が、突然花本一号の唇を奪った現場まで時を戻そうか。

 このまま、花本君が駆け出した先を述べても、理解に苦しむだろうと思ってね。私からの優しい優しい配慮だ。

 さて、私の能力について説明しておこう。

 【廻世界】

 対象に、一日を繰り返させることができる。発動条件は唇を奪う、まああれだ、キスってやつだよ。恋人同士がやるような、舌を入れたあつーいやつをね。

 ああ、待って。ページを捲るのをやめないで。

 分かるよ、突然能力とか言い出して、厨二病全開の設定が現れたら興が削がれるよね。

 でも、仕方がないんだ。

 最初から、能力バトルをできない理由があったんだよ。

 この世界の人間は、すべからく能力を有している。

 人によっては、空を飛べたり、火を吹けたり、風を巻き起こす事だってできる。

 でも、誰も彼もがそんな夢みたいなことができるのに、花本君の周りは至って平和だったよね。

 その理由、分かるかい?

 少し考えてみてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 考えたかな?

 それじゃあ、正解を教えてあげよう。

 

 

 なんてね。一応ミステリー要素も残しておきたいから、内緒にしておくよ。

 精々、衝撃的なラスト、ってやつにでも期待しておいてくれたまえ。

 ああ、でもヒントぐらいはあげるよ。私は優しいからね。

「だって彼は、人を嫌うだろう?」

 

 

 

 

 

 

「いきなり、何すんだあんた」

「おっとっと。暴力はいけないねぇ」

 繰り出した拳を、再び軽々止められる。

「さてとさてさて。これで君も、晴れて一号だ。本当の意味でね」

 チャイムが鳴る。時計を見ると時刻は四時三十分。なんの意味があるかは不明だ。そういえば、前通っていた学校にも、意図不明のチャイムあったな。

 などとくだらぬ事に頭を動かす。一秒でも早く、先程の記憶を消したいからだ。

「……仁江、もしかしなくても、こいつが部長か」

「おーその通りだよ花本君。彼女こそ、我が部の創立者であらせられる、差違装装さんだよ」

 創設者、つまり、この謎の部活の生みの親というわけか。

 ん?

「こいつは、今三年生か?」

「失礼だな。私は若々しくはあるが、若人ではないさ」

「いや高校生でも十分若人だとおもいますけどね。そうだよ、芝村先輩と同学年」

「……ほう」

「どうかしたの?」

「いや、なんでもない」

 ……まあ、彼女から僕の思い違いだろう。

「……?」

「気にするな。ところでクソ部長よ、自己紹介がまだだったな。僕の名前は花本一号。嫌いなタイプは距離が近いやつだ」

「あそ。君の嫌いなタイプなんてどうでも良いよ。ところでさーさっきから殴りかからないでもらっていいかなぁ?女の子に暴力振るうなんてさいてーだとおもうんだけどー?」

「最近は男女平等が流行ってるんだろ」

 

 

 さて、この後私と花本君が揉める訳だが、芝村に止められたんだっけかな。

 あいつってばひどいんだぜ?殴られてるのは私の方なのに、花本君じゃなくて私に掴みかかるんだぜ?お陰で頬に一発もらっちゃたよ。

 

 

「すまんの、花本。ウチの部長頭おかしいんや。許したってくれ」

「おいおい、芝村。それだとまるで私に非があるみたいじゃないか」

「お前なぁ。思春期の男子からファーストキスを強奪するのは、立派な罪やぞ。このお年頃の男の心は繊細だ、ガラスみたいにな。丁重に扱え」

「んーフォローのようでフォローじゃないね」

 

 

 ここじゃないね。平和なこの場面はもう飽き飽きだ。もうちょっと先を行こう。

 

 

 「和木さん・・。あんた、みんな殺しちまったのか・・?」

「意外だな、一号君。君は私になぞ興味がないと思っていたのだがね。傍観を決め込むのではなかったのかな」

 目の前の覇気のなさそうな男が、この場に似つかわしくない拳銃のトリガーを引き終えた、つまりは事が、殺人が起きた直後に駆けつける。

 脳に銃弾が埋め込まれ、虚な目で上を見上げる仁江を見て、僕はようやく理解した。

 目の前の男は唾棄すべき敵だと。

「おっと、動かないでくれ。貴方との戦闘なぞごめん被る」

 仁江を殺めた銃口が、そのまま僕に向く。

 ただそれ故に僕は動けず、ただそれ故に僕はその場から離れていく和木を眺めることしかできなかった。


 倒れ伏す彼女の、まだ温もりが残る手を握る。彼女の額には、紅い花が咲いていた。その花は徐々に彼女の顔を覆っていく。



 この温もりは徐々に失われていく。それを感じてしまうと、事実を受け入れざるを得なくなる。

「心が弱くて、ごめん。絶対また来るから」

 待ってて、と一言付け加え、和木が向かった方向へと進む。

 堕ちた庭園、「オアシス」へ。

 

 

 んんん?ありゃ、行き過ぎたな。もうちょっと前だ。


 


 

 

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