一夜目 2
窓際の机に「坂間 真悟」と書かれたプレートが置かれた一角は、資料の山で埋め尽くされていた。
「先輩、いつもこんな調子なんですか?」
「ああそうだ。 お前も学生時代は新聞部に所属していたから驚く程じゃないだろ?」
大学の学園新聞と、地方紙とはいえ地元の都市伝説を介して全国的に広まった情報誌とでは勝手が違いすぎるのだが。
そもそも机に置かれた資料の束から一ページの記事を抽出するという編集作業など、やった事が無い。
「とりあえず誤字脱字はチェックしました。 青文字は俺なりに文法や言い回しを工夫したつもりなので確認してくれませんか?」
国士から資料の束を受け取り、一通り目を通した真悟がニヤリと笑う。
「さすがは副部長、こっちの方がしっくり来るわ。 俺が編集長に掛け合ったかいがあったわ」
(ああ、そういう事か)
国士は、履歴書もロクに書いた覚えもないのにバイトとしてここにいる経緯を察した。
まあ、学生時代に新聞部で部長の助っ人やってたから慣れてるけどね、と心の中で呟く国士。
「新人、ちょっといいか?」
振り向くと編集長がいて、思わず後ずさりする国士。
「はい、何でしょうか編集長」
編集長は、何も言わずに例のハガキを手渡した。
裏返すと、住所が書かれていない白紙状態である。
顔面蒼白になる国士を訝しげに見る編集長。
「これ、何の冗談ですか? 俺、知りませんよ!」
当惑の表情を浮かべて声を荒げる国士。
「私も分からん。 君は今日初出勤だから状況は分からない筈だ。 下手な小細工をする理由も、な。 いずれにせよ、こんな奇妙な事は、もう二度と起こらない事を願うよ」
そう言いながらハガキを破り捨て、立ち去ろうとする編集長。
チリーン
奇妙な鈴の音が、部屋の時間を奪った。
少しの間、お互いに目で確認し合う。
「長い事この業界を続けているとな、こんな事がままある」
そう言いながら、ついて来いと促す編集長。
外に出て裏手に回ると、小さな祠があった。
「この祠は、大黒天が祭られている。 商売繁盛のつもりだったが、何もしないよりはマシ」
そう言いながら手を合わせる編集長。
国士と真悟も編集長に倣い手を合わせた。
その様子を遠巻きに眺める編集者達。
「あの、皆さんも拝んだ方が良いですよ。 あの鈴の音、ヤバそうですから」
「鈴の音? 何だそりゃ?」
顔を見合わせる国士達。 どうやら三人以外には聞こえなかったようである。