後夜
「こんばんは」
本堂にいた者達が、声の主を見て驚いた。
「大田黒士、なぜここに?」
「お前達が一番知っている筈だ」
長がぎりっと歯ぎしりする。
「ワシらの最後をあざ笑いに来たのだろうな」
本堂に響く笑い声に、周りの者が気色ばむ。
「何がそんなにおかしいかぁ!」
「全部だ」
黒士の一喝に、皆がひるんだ。
肩にかけたカバンに手を突っ込み、中身をぶちまける黒士。
床に広がる紙の束から逃れるように後ずさる人波の中、長だけが成り行きを見届けている。
本堂に静寂が訪れる中、長が足元の神を一枚手に取った。
「これは……参加申し込み書」
呆けたように黒士を見る長。
「ゲームの借りはゲームで返す。 それが俺達ネットゲーマーだ。 そうだろう?」
本堂に沈黙が続いた。
人々は、狐につままれたような顔で、お互いを見る。
観念したかのように、恐る恐る外を見た男達が次々と声を張り上げた。
「雨がやんでいるぞ」
「川の水が引いていく」
「すっかり元通りだ。 俺達、助かったんだ!」
周りの笑みが、長に伝播する。
「さぁて、と。 今から逆転勝利とシャレ込むんだ。 これから忙しくなるぞぉ?」
皆が一斉に頷いた。
その様子を、遠くで見ていた神主が笑顔になる。
「神をここまで振り回すとは、恐れ入ったわ。 まっこと、バカには勝てん。 ワシの名を騙るだけはあるわい」
笑い声をあげながら帽子をかぶり、大きな袋をかつぎ直す。
大ぶりの木槌を一振りすると、その姿はもう無かった。
その後、神主を見た者はいない。
ねぇ、知ってる?
大黒様の使いって、戸口を渡り歩く戸渡なんだって。
大黒様は、だから何でも知っているって話だよ?
(完)