三ターン目
国際テロリスト『斑の蠍』のホバークラフトは、海に到着した後、全長50メートルの輸送船に収納された。
この船自体が『斑の蠍』の移動拠点として利用されているらしい。
本拠地はイタリアにあるという話だが、バブル期に突入してからは日本にも進出していると聞く。
昼夜を問わず賑わっている規模の港を避け、あえて河口付近の小規模な場所を選んでいるのは、この船が『斑の蠍』だという事を秘匿する意味もある。
陸路と海路を同時に利用出来る利点は、こういう時にも役だってくれている。
ホバークラフトから降りた黒士達は、テロリスト達と別れ、外へと出た。
照明が、おぼろげながら船のシルエットを形作る深夜。
港の駐車場にたむろする黒士達に近付く殺気があった。
「じいさんか?」
瞬の声に、鬼が止まる。
「こうするしか、無かったのかよ」
首肯する鬼。
「呪殺夢の事は調べた。 不完全な儀式のせいで、戸渡は滅びる事になるだろうって、そんな馬鹿共の心中に付き合う義理はもう無いだろ? なあ、もういいだろ!?」
懇願に近い瞬の叫びに対し、一歩ずつ近付く鬼。
(それが答えだってのかよ!)
覚悟を決め、ゆっくりと構える瞬の前に立ちはだかる黒士。
「お前、何やってんだ。 どけ」
瞬の声を無視し、右手を上げる黒士。
それを合図に、サーチライトが一直線に伸びる道路を照らし出す。
唖然とする中、響く爆音。
輸送船から一台のスポーツカーが現れた。
「こ、これは」
「ランボルギーニ・カウンタックLP500S」
カウンタックは、サーチライトをなぞるように道路を走り去る。
いや、一台だけではない。
輸送船からスポーツカーが次々と現れては走り去っていった。
「エスパーダ、ウラッコ、シルエット……」
車が通過する度、詠唱を諳んじるように車名を言う黒士。
車は、道路の道半ばに停車し、証明に照らされ、まるでモーターショーのよう。
「世界は、いや、日本は、これ程豊かになったんだ。 みんな、あなたたちのおかげだ。 ありがとう」
会釈をする黒士達を前に、ポカンとする鬼。
「この車は、日本人が作ったのか?」
「いや、これはイタリアのランボルギーニ社が作ったスポーツカーだ。 日本は」
そう言って再び右手を上げる黒士。
それと同時に、一台のスポーツカーが船から出る。
「日産フェアレディZ」
流線型をした独特のフォルムに息を飲む鬼。
「日産は、愛知機械工業が自動車の部品メーカーとして再出発した会社だ。 『愛知航空機』と言えば分かるな?」
黒士に振り向く鬼。
「そうだ、お前の愛機『零式三座水上偵察機』の生まれ変わりだ」
「焦土と化した日本が、これ程の物を作れるまでになったのか」
懐かしむような視線でフェアレディZを見る鬼は……
「気を付け!」
不動の姿勢を取る。
信じられないといった視線を向けたその先には、男がいた。
「久しいな、貴様」
「隊長!なぜここに?」
「俺もいるっスよ」
それは奇跡だった。 大戦中に戦死した筈の搭乗員達が、ここにいるなどと。
黒士の方を振り向く鬼。
「靖国神社から借りて来たんだ」
懐から位牌を取り出す黒士。
「しかし、俺は……」
戸惑うように視線をそらす鬼に向かって、跳津が右手を差し出す。
その手に握られている位牌に、目を見開く鬼。
「それは俺の位牌! 底なし沼に捨てられた筈なのに、なぜ?」
「潜って取った」
さすがの鬼も唖然としている。
「潜って、って何だ?」
「『目的の為なら常識を選ばない』、それが俺達ネットゲーマーです」
鬼は、考えるのを辞めた。
位牌を瞬に手渡す跳津。
そのままフェアレディZに乗る瞬と黒士。
「センパイは、運転が上手いんだ。 任せてもいい」
「そういう事だ」
隊長達は、黒士の持つ位牌に消える。
「『三羽鴉』復活だ。 早くしろ」
感極まった雄叫びを上げつつ瞬の持つ位牌に消える鬼。
フェアレディZの加速に叶う者は、あまりいない。
ほぼ独走状態になり、そのまま富士山へと続く道を突き進むZ。
追従するスポーツカーなど目もくれず、一直線に坂道を駆け上がる。
そのまま上へと天高く……
高く…
高く