前夜
「俺がやる」
闇の中に、男の声が響いた。
「ほぅ、お前が『鬼』になると?」
老婆の言葉と共に、蝋燭の火が灯る。
本堂の広さに比べてあまりにも頼りない光が、人魂のように揺れ動くたびに彼女の輪郭を浮かび上がらせていた。
先程の声の主だろうか、老婆の前にわだかまる影が頷く。
「恥の上塗りにならねば良いがのぅ」
老婆の言葉をかき消すような失笑が、あちこちから聞こえた。
たしなめるように老婆が手を動かすと、再び沈黙が訪れる。
「三日で終わらせるが良い」
「いくらなんでも短すぎる。 せめて一週間は」
有無を言わせぬ眼光が男を黙らせる。
「五日目で『呪殺夢』を執り行う。 良いな?」
唖然と立ち尽くす影が、ゆっくりと平伏する。
話は済んだと言いたげに入り口を振り向いた老婆を合図に、蝋燭の明かりが消えた。
一つ、また一つと、本堂から人の気配が消えていく。
一人残された男が、ゆっくりと頭を上げた。
ゆっくりと、手を上げる。
そのまま、床に拳を打ちつけた。
コーン
木こりが大木に斧を入れたような軽快な音と共に、床に菱形の穴が穿たれた。
二度、三度、四度と、打ち付けるたびに拳が早く重くなっていく。
そして……
カッ
床が、断ち切られた。
憤怒の形相で、虚空を睨む男。
「ネットゲーマーがぁぁぁ!」
PBM (プレイ・バイ・メール)というゲームがある。
ネットゲーム/メールゲームとも呼ばれるが、簡単に言うと郵便を使ったTRPG (テーブルトーク・ロール・プレイング・ゲーム)だ。
1960年代にイギリスで手紙を介してチェスをしたのが始まりとされる。
1980年代に始まったTRPGブームの時、「自宅にいながらTRPGが出来る」という斬新なプレイスタイルをコンセプトにしたゲームが生まれた。
それが、有限会社『幽演体』の『ネットゲーム888』である。
1988年8月に始まった、このゲームからPBMが始まり、そして消えていったのだ。
今でこそネットゲームと言えばパソコンやスマホを使ったソーシャルゲームだが、当時は「ネットゲーム」とは有限会社『幽演体』が運営するPBMの事だった。
幽演体だけにネットゲームを名乗る事が許され、そしてその参加者達は、こう呼ばれた。
「ネットゲーマー」と……