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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

天使に至る病

作者: やまおか

『いい子にしてればサンタさんが来てくれるよ』

  

 姉から教わったとおりにいい子にしていたら、クリスマスの朝には枕元にプレゼントが置かれていた。うれしくなって姉に見せに行くと頭をなでてくれた。

 

 そんな姉について記憶に残るのは病院のベッドで寝る姿だった。


 その背中には二枚一対の純白の翼が生えていた。

 まるで天使のようだった。

 そのきれいな羽にさわってみたくて手をのばすと、とても怒られた。理由は教えてもらえなかったが、とても悪いことなのだと思った。

 

 そのまま、姉が家に帰ってくることはなかった。

 姉は天国に昇っていったのだと両親から説明された。

 

 

 そんな小さい頃のことを思い出したのは、公園のジャングルジムのてっぺんに立つ彼女を見たせいかもしれない。

 

 両腕を使って一生懸命にバランスをとりながら、姿勢をまっすぐにしようとする姿はいかにも危うい。

 背中の翼が揺れ動いている。

 

「またやってるの。あぶないからやめなって」

 

 声に反応して振り向こうとしたせいで、彼女はバランスを崩しそうになる。慌てて駆け寄ると、ふーふーと荒い息を吐き出しながらジャングルジムにしがみついていた。

 

「急に声かけないでよ。集中してたんだから。せっかく飛べそうだったのに」

 

「翼なんて全然うごいてなかったよ。それには神経もつながってないから動かせないってテレビでいってたよ」

 

「でも、もしかしたら飛べるかもしれないじゃない」

 

 むくれる彼女はゆっくりと、ジャングルジムから降りてくる。地面に足をつけるとほっと安堵のため息をはきだした。

 彼女の姿は入院着だった。翼の生える奇病『天使病』のために専用につくられたもので、背中に翼を通す穴の開いている。

 

「安静にしてろっていわれてたよね。病室から抜け出したこと、また看護師のひとが怒ってたよ」

 

「げっ、まじで? 高村さん怒るとこわいからなー。こっそり戻るから、タクちゃん口裏あわせてよ」

 

「やだよ、ボクも一緒に怒られるじゃないか」

 

「そんなこといわないで、一生のお願いっ!」

 

 そういって、ミヤは拝むように手を合わせてくる。幼馴染として過ごしてきて何度も見た光景だった。

 

 病室に戻ると、まちかまえていた看護師に怒られる。ちゃんと見ててほしいとこちらまで怒られた。

 

「宝生さんはステージ2まで発症しているのですから、いつ発作が起きるかわからないのですよ」

 

 六人一部屋の病室には、ミヤと同じように背中から翼を生やした人間ばかりがいる。

 彼らもミヤと同じ『天使病』の患者だった。

 現在、世界中でこの病気が増えているらしい。

 

 治療方法はいまだに見つかっていない。

 

 鳥から感染したものだなどと噂がながれた。

 一番最初に狩られたのは白いハトだった。平和の象徴にされたり、病魔にされたりと人間の都合にふりまわされている。

 あれだけいたカラスやすずめの姿も町から消えた。

 

「あはは、怒られちゃったねぇ」

 

 看護師がいなくなると、まるで反省してない様子で照れ笑いを浮かべている。

 

「まったくのん気なもんだね。迷惑かけるもんじゃないよ」

 

 トゲを含んだ声が隣のベッドから聞こえてきた。

 うちの母と同じぐらいのおばさん。ミヤより先に入院していて、だいたいテレビをみているか横になっている姿を見かけていた。

 

「うるさくして、すいません」

 

「……ふんっ」

 

 二人で頭を下げると、機嫌が悪そうに鼻息を出す。しゃっと音を立ててカーテンで視界をさえぎった。

 気まずい雰囲気の中、二人で顔を見合わせる。

 

「それじゃ、ミヤ」

 

「うん、またねタクちゃん」

 

 夕陽が差しはじめた窓を見ながら、病室を後にした。

 

 

 次の日、隣のベッドが空になっていた。畳まれたシーツだけが残っている。

 

「昨日すごく苦しみだして、看護師さんや先生がたくさんきて、それっきり……」

 

「……そっか」

 

 『天使病』には段階があった。

 最初に背中に痛みを感じるようになり片翼が生える。さらにニ枚一対両翼がそろうとステージ2となる。さらに全身に翼が生え始めるステージ3。最後に、人間の原形がなくなっていく末期状態となっていく。

 

 ステージ3になれば重症患者用の部屋に移される。そこでは面会謝絶となり家族も会うことができない。

 翼が生える苦しみにもだえる患者を救うことができず、周囲が絶望する様から『悪魔病』だなんて呼ぶ人もいた。そのための病院側の配慮なのだろう。

 

「ところで、タクちゃん。お願いしてたものは買ってきてくれた?」

 

 重い雰囲気を消すような明るい声。彼女の視線はボクのバッグに向けられている。

 

「うん、もってきたよ」

 

「わぁ、ありがとう。タクちゃんのおかげで新巻がよめるよ」

 

 病院に向かう途中、駅前によった。ミヤが読みたいといっていた本を差し出す。

 紙袋のテープを丁寧にはがして中身を取り出すと、ぱっと明るい笑みをうかべる。

 ずっと続いているシリーズ物でミヤの部屋には全巻揃っている。

 

「おお、今回はクリスマス回か。季節に合わせてきたね~」

 

 うれしそうにページをめくるミヤを見ながら、今日が何の日か思い出す。

 本を購入した店内もいつもだったら静かなクラッシックが流れているけれど、今日はジングルベルのBGMだった。

 

「タクちゃん、なんか今日こそできる気がするんだ」

 

 本を閉じると、言うが早いが彼女はベッドから降りて部屋を出る。

 彼女が何をするつもりなのかわかったので止めに入る。

 

「やめなって、また怒られるよ」

 

「クリスマスぐらいおおめに見てくれるわよ。それに今日なら警備も手薄なはず」

 

 細い指先は掲示板に向いていた。そこには院内学芸会のポスターが貼られている。日付はクリスマスの今日。

 

 小児病棟のほうでは賑やかな音がしている。ナースステーションの中の人数も少なく、廊下で看護師とすれちがうこともなかった。

 

 裏口から抜け出した先はいつもの公園のジャングルジム。

 

「タクちゃんものぼってみなよ。いい景色だよ~」

 

 青い入院着に真っ白な翼を広げて彼女はこちらに手を振る。

 仕方ないと手を伸ばす。錆のういた鉄が手の平から熱を奪っていく。手足を交互に動かして、ミヤと同じ高さにたどり着く。

 

 彼女の隣に腰掛けるが特に会話はない。

 少しだけ高くなった視界にうつる街並みはどこも賑やかだった。

 

「寒いし、そろそろ戻らない?」

 

 師走の風に体がぶるりと震えた。

 入院着だけのミヤはもっと寒いはずだった。体を縮こまらせて震えていると、ふわりと柔らかいものが覆った。

 

「これ、けっこう温かいんだよ」

 

 柔らかさの正体はミヤの背中の羽だった。片方をボクに、残った側で自分の体を包んでいる。

 その温かさがボクを複雑な気分にさせる。

 

「今日は飛ぶ練習はしないの?」

 

「あー、うん。今日はタクちゃんとこのままでいいかなって」

 

 足をぶらぶらさせる彼女の横顔を見る。その視線はどこか遠くに向いていた。

 

「クリスマスっていったらデートだよね。高校生になったら制服デートとかしてみたかったなぁ」

 

「退院したらできるよ。でも、まずは相手を探さないとね」

 

「じゃあ、サンタさんにお願いしようかな。イケメンの彼氏くださーい」

 

 青くはれた空に彼女の声が吸い込まれる。

 

「お願いするならもっと別なことがあるでしょ」

 

「そうかな、例えば?」

 

「それは……」

 

 彼女が首を傾けてこちらを見る。その目をまっすぐに見返すことができなかった。

 

「いいよ言ってみただけだから。サンタなんていないんだし」

 

「い、いるよ」

 

「いないよ。みんな嘘ばっかりだから、サンタがいるっていう大人も、病気が治るっていってるパパもママも、いっしょにがんばりましょうって励ます先生も」

 

 ちがうと言うことができなかった。

 

「タクちゃんだけは……タクちゃんだけは、嘘ついたり、隠し事したりしないでよ?」

 

「……うん」

 

 真面目な顔で彼女にうなずいて見せた。

 よかったといって、安心した顔でジャングルジムを降りる。

 

「正月は病院でもちつきするらしいから、ちゃんとおなか減らしてきなさいよ」

 

「それは楽しみだ」

 

 家に帰ると隣のミヤの家は真っ暗なままだった。

 両親にただいまと言うとおかえりと温かい笑顔で出迎えてくれる。テーブルにはチキンが並び、食後にみんなでケーキを食べた。

 

 姉がいなくなってから、痛いほどにボクを大切にしてくれているのが伝わってくる。

 

 

 夜になるけれどなかなか寝付くことができない。

 ベッドの上でうとうととしはじめたころ、唐突にたたき起こされる。

 背中をつきやぶる激痛に歯を食いしばり、シーツをにぎりしめる。それでも耐え切れずに声が漏れそうになる。

 腕に噛み付きその痛みで相殺しようともがいているうちに、ようやく痛みが治まっていく。

 

 上着を脱いで鏡越しに背中をみると、そこからは翼の原形となる羽が芽をだしていた。

 

 むしる。むしる。むしる。

 

 血に染まった羽が足元にひらりひらりとたまっていく。

 散らかった羽をゴミ袋にまとめ、作業が終わる頃には茜色の光が部屋を照らしていた。

 

 

 きっとボクのところにはサンタはこないだろう。

 

 嘘つきで悪い子だから。

 

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