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せめて幸せであれ  作者: マセ
9/13

009

 休日、僕は映画館の前にいる。僕の隣には当然カツヒコ。

 昨夜突然、カツヒコからラインが届いた。【映画見にいかねぇ?】その文面を見て一瞬、意味不明な逡巡が頭をよぎった。『映画代、電車代、飯代、恐らく3000円くらいは掛かるだろう。この金は樋口の…』そこでふと我に返った。なんで僕はカツアゲされる金の心配をしているのだろう?まぁもちろんそれには理由がある。この金が無くなり、一度樋口に声をかけられれば、僕は再び母親や父親の財布に手を忍ばせなければならなくなる。それは極力やりたくなかった。しかし、冷静になって考えれば考えるほど、自分がなんとも情けなく思えてくるでは無いか。取らぬ狸の皮算用…その反対のことわざが存在するのかどうかは分からないが、つまりはそういう事だ。来るか来ないか分からない収奪に怯えていても仕方が無いではないか。そもそもお前は、最近いつまとまった金を使った?僕の記憶が正しければ、先週SUICAの定期を更新したのが最後だ。小遣いとして提供された金の全てを、右から左へと樋口に渡す日々にうんざりしていたはずでは無いのか?そしてどうやら、当の樋口に関しては、美術の賞なんかを貰いやがって少々浮かれているらしく、僕なんかの相手なんざ、する暇が無いといった様子なのである。ここらで一発、大天使ルシファーが神に対して行ったような叛逆を、僕も開始すべきではないのか?

 『気合だ!』

 そう自分に言い聞かせ、僕はカツヒコのラインに『いいよ』と返信した。恐れ入ったか樋口!僕とていつまでもやられっぱなしという訳では無いぞ!見よ我が業を、かくて絶望せよ!


 カツヒコのお目当ては当然の如く、『オムニアム・ギャザラム』とかいう新作のアニメ映画だったが、僕が上映ラインナップを見ていると、何やら映画館の別館では【スカーフェイス】の極上爆音上映とかいうのがやっているらしく、僕はすっかりそっちに興味がいってしまった。僕はこの映画が好きだったのだ。子供の頃、僕は映画に対するある法則に気付いてしまったのだ。それは『映画の中の悪役は不自然なほど瞬きをしない』というものだ。後にそれは役者の演技のイロハのイだという事を知って少し落ち込むのだが、幼い頃の僕にとって、長い間それは『自分だけが気付いている世界の謎の法則の一つ』として機能しており、映画を見る時、役者(特に悪役)が瞬きをどれくらいしないのか、という、話の筋と全く関係の無い部分に注目するようになっていたのだ。曰く『瞬きをすると、普通の人間に見えてしまう』という事らしい。映画の中の人間は、視聴者にとってある種の神的存在でなければならないのだ、と、役者を目指す若人は演技論の授業では教わるのだそうだ。しかし、ある日見たこのスカーフェイスという映画の中に出てくるトニー・モンタナというキャラクターは、キャラクターとしても常識はずれなのだが、『映画に出てくる悪役は瞬きをしない』という僕の見つけた宇宙第五百二十二くらい法則から見ても常識はずれなのであった。登場した時からトニー・モンタナはその狂気の宿った血走った目をパチパチパチパチと瞬きしまくっていた。『こいつはどういうつもりだ?悪役は瞬きをしちゃいけないんだぞ?』そう思いながら画面を見ていた僕は、いつしかこのトニー・モンタナというキャラクターに完全に引き込まれていた。強烈にカッコよかった。以来僕にとって一番好きな役者は『アル・パチーノ』であり、一番好きなキャラクターは『トニー・モンタナ』だった。トニー・モンタナは画面の中で、凄まじい神々しさを放っている。『瞬きなんて言い訳に過ぎないぜ!』と言っているようで、その生き様もキャラクターも、見ていてとても爽快なのだ。世間の評価ではパチーノと言えばゴッドファーザーなのだろうが、僕にとっては断然、トニー・モンタナだった。何故ならゴッドファーザーのマイケル・コルレオーネは。あんまり瞬きをしないからだ!

 という事でスカーフェイスを見ないか?とカツヒコに打診してはみたが、カツヒコはやはり折れなかった。

 「分かったよ、映画代半分出すから…」

 そこまで言うならまぁ仕方が無い。まぁスカーフェイスはDVDを持っている。僕はさしたる抵抗も示さずに折れる事にした。

 「スカーフェイスよりも面白いかもしれないじゃんか」

 流石にそれは無かった。アニメのキャラクターも、瞬きをあまりしなかったけれども。


 久しぶりに金を使った。僕が(樋口様のために)金をまるっきり使わずにいた間に、駅ビルの中には、僕が欲しいCDやら漫画やらがそこそこの数貯蔵されていた。僕がいなくても世界は回る!カツヒコにうながされたり、こっちがうながしたりしながら、適当にショッピングを楽しんだ。金を使うというのは、やはり人間にとって快感なのだろう。それが良く分かった。他人のモノだったものを、金を使う事で、自分のモノとする事が出来るのだ。考えれば考えるほど、このシステムは謎だった。何故金なんてモノにこんな力があるのだろう?そして見ようによっては、僕は樋口に金を払う事で『殴られない権利』を買っていると言えなくもない。金が無ければ右ストレートだ。右ストレートと引き換えに、僕は金を払っている。右ストレートと今日買ったCD、どちらにより高い価値があるだろう?そう考えると、今すぐCDを返品したい気持ちになったがやめておいた。

 マクドナルドに入った。ボックス席に座るなり、カツヒコはさっき見た映画『オムニアム・ギャザラム』のパンフレットをパラパラとめくりながら、映画の不満や問題点を喋り始めた。オムニアム・ギャザラムという言葉はカツヒコ(が買ったパンフレット)が言うには『寄せ集め』という意味らしく、内容は人間の勝手で捨てられたアンドロイドの少女達が、再び集まってご主人さま(人間)のために敵性宇宙人と戦うといったような話で、死んでしまった仲間のアンドロイドのパーツをあれやこれやと『寄せ集め』て、ツギハギだらけになりながら戦うロボット少女達の姿は、まぁそれなりに感動出来るものではあり、実際、僕の隣に座っていた女の人は映画の序盤から結構な大号泣をかましていた。とはいえ僕としては確実に楽しめるだろうスカーフェイスの極上爆音上映をスルーして見た映画に対して、スルーさせた本人があれやこれやと文句を言っているというのは、正直若干のイラつきも覚えたが、そんな事より、さっき一回見ただけの映画を、最初から最後までこんなにも(と、僕には思えるほど)明瞭に覚えているカツヒコに僕はある種の凄みを感じてしまった。『もしかしてカツヒコは、既にこの映画を何回か見ているのでは無いのか?』とも思ったが、話を聞いているとどうやらそんな事も無いようだった。いつもの事ながら、カツヒコは『道理に合わない展開』をとても嫌う。この『オムニアム・ギャザラム』は、動けなくなった仲間の身体パーツを、まだ動ける仲間が付け替えるという部分が最大の見せ場であり、基本的に『新しいパーツによって得た力』によって窮地を打開していく訳なのだが、最後の最後、宇宙人のラスボスと戦うシーンでは、主人公の女の子の身体が強烈に光りだし、敵性宇宙人と相打ちになる形で物語は終わった。見ようによってはそれなりに感動的なシーンだったのだが『突然光りだして勝っちゃった』という部分に、カツヒコはえらく憤慨していた。

 曰く「評判が良かったから期待して見てみたけど、最後にあんな投げっぱなしジャーマンが待ってるとは思わなかったわ。あぁいう事する作品がここまで持ち上げられてるってのが、マジで理解出来ねぇわ。アニメ業界ってのは、光れば何でも許されると思ってんのかな?」

 「俺はそんなに悪いとは思わなかったけどな…最後は確かに良く分からなかったけど、あそこ以外はちゃんと戦いの中で説明があったじゃん?」

 揚げたてのポテトを食いながら僕がそういうと、カツヒコの目がギラリと光った。

 「そうだよ。今まで散々あれやこれやと工夫してきたじゃんか。光で敵の目を眩ませるとか、音を反響させて敵を混乱させるとか、そんで最後の最後の集大成がラストバトルだろ?あそこで何を見せてくれるのかってのが見どころじゃんか。何やっても利かねぇ、どうやっても倒せねぇ。でも負ける訳にはいかないって、最後の最後で何が出るかと思ったら、ビカーーーーっ!って光って終わりって、そんなのありかよ、無茶苦茶だよ」

 「何か説明されていない武器があったんじゃないの?」

 「だからそれを説明しないといけないだろ?って話じゃん。別に何だっていいじゃん。『小型核爆弾が…』とか、なんか『自分の動力炉を暴走させて』うんたらとか…」

 「敵の武器を取り込んだりとか…」

 「あ、それいいじゃん。そうだよ。ここまできたら敵も味方も無くさ、もう原型が無くなるくらメチャクチャの寄せ集め状態にするとかさ。それはそれで泣けるじゃん。こんなになってまで…みたいなさ。少なくとも、光って終わりよりはいくらかマシだよ」

 「でもそういう作品って結構あったりしない?何で勝ったのか分からない、みたいなのって」

 「あるよ。っつーか有りすぎてもはやそれが普通になってるんだよ。それに対する批判も出ねーし。このままじゃ本当に、日本の作品って駄目になっちまうぜ。宮崎駿もそんなような事言ってたけどさ。日本人の作る作品の質は、どんどん下がってる」

 カツヒコの口から宮崎駿の名前が肯定的に出てくるのはちょっと以外だった。

 「でもジブリも何だか良く分からないの多くない?」

 カツヒコは突然外国語で話しかけられたかのように目をまんまるにした後でこう言った。

 「まぁ、確かにそうだな…」

 

 その後も僕等のボンクラ話は続いた。

 「いやいや、スーパーサイヤ人とかいうけど、アレもアレで一応ベジータとかフリーザが作中で言及はしてるからね。もちろんあれも唐突っちゃ唐突だったけど、それを説得力あるものにしちゃったのは鳥山明の画力だよね。それやろうとしてスベったのがハンターハンターのゴンさんかと思うけど、あれに関しても『代償を払う事によって凄まじい力を得る事が出来る』という説明はある訳で、この映画みたいに突然光って問題解決ってのとは訳が違うよ。見てくれよこれ、この映画今週公開されたばっかだぜ?絶賛に継ぐ絶賛だよ。『君の名は』以来のヒットの予感、だってよ。君の名はもキツかったけど、今回もまたやってくれたなって感じだよ。7000件の評価で★4,8ってのはもはや驚異的だよ。空前絶後なんじゃないの?まったく嫌になってくるよな。別に全ての作品を俺の好みに合わせろっていうつもりは無いけど、なんかここまで来ると未来の作品に影響を及ぼしかねないもんな。ジャンプの漫画が煮詰まりだすと最終的にドラゴンボール化するのと一緒だよ。ドラゴンボールは偉大な作品だと思うけど、鳥山明という天才が産んだ負の遺産ってのは、もうちょっと言及されるべきだと俺は思うね」

 カツヒコの言っている事がどれほど的を射た意見なのかは僕には判断しかねるが、カツヒコにはカツヒコなりの確固たる意見があるというのは確かだし、他の人がどう言うのかは分からないが、僕はその意見を聞くのが別に嫌では無かった。

 「お前ってさ、将来こういう道に進もう、みたいな事思ってたりするの?」

 会話の切れ目で、僕はカツヒコに対して切り出した。

 「こういう道って?」

 「アニメ監督とか、ライターとかさ。自分の作りたいもの作るみたいな事だよ」

 僕の言葉を聞くと、カツヒコの表情は何処か呆けたような表情に変化してしまったように見えた。具体的に何がどうなったかは分からなかったが、僕は何故だか、この後好ましくない事が起きるような気がし始めた。

 「無いよ、ある訳無いじゃん」

 カツヒコはさっきまでアニメについて明瞭に喋っていたとは思えない、吐き捨てるような口調でそう答えた。今思えばここで止めておけば良かったのかもしれない。でも僕は、何故だかこの話題を続ける事にしたのだった。

 「何でだよ?お前アニメ誰よりも見てるし、誰よりも詳しいじゃん。どうせなら、好きな事を職業にした方が良くないか?俺がお前だったらそうするけどなぁ」

 「いや、なんつーかな…まず俺がアニメに誰よりも詳しいって言うけど、まずそんな事は全然無いし、俺よりアニメに詳しい奴とかいくらでもいるよ。それこそ声優がどうとか、作画監督がどうとか、脚本家がどうとかさ。どのアニメのどの話に、誰それが関わっているとかなんとか、そんな事俺は知らないし、興味も無い。ただテレビから垂れ流されてるものを見て、あれこれ自分の感想を言ってるだけなんだよ」

 「別にそんなところまで詳しくなる必要は無くないか?正直俺だってそんな事まで話されても興味無いし、お前が思っている事とか、お前がこうした方がいいって事を文章にしたり作品にしたりとかさ」

 「じゃあお前がやれよ」

 カツヒコが冷たくそう言ったのを聞いて、僕はようやく、自分の過ちに気付いた。僕もうっすら気が付いていたが、カツヒコはこの話題が不愉快だったのだ。

 「こんな話はどうでもいいけどさ、ぶっちゃけた話、お前が言ってる事をやってた時期があったよ。ブログって奴だな。中学3年の頃かな?当時は俺も粋がってて、まぁお前とこうやって話すような事をダラダラと書き連ねたって訳。基本的に作品の悪口だよな。それがウケると思ったんだよ。5ちゃんとかで書いてあるような事を自分なりに纏めてさ、それぞれの作品の一話ごとに、延々とここが悪い、ここが駄目だって書いてたんだよ。そんでまぁそういう事を書く以上は、こっちとしても、言いっぱなしって訳にはいかない。この作品はここをこうすべきだった。俺だったらこうする。こっちの方が良かったんじゃないのか?そんなような事も書いたよ。良かれと思って、褒められると思ってな。今思えばまさしく愚かだったよな。まぁそれがどっかの誰かの目に止まって、拡散でもされたのかな?まぁなかなか凄かったよ。死ねだのなんだのって、一夜にして200件くらいコメント欄に書き込みがついたんだから。最初のうちはあんまり気にしないようにしていたけど、記事を投稿する度に罵声を浴びせられるんだ。まぁキツいよな。何が一番キツいって、自分が考えた展開だとか、こうした方がもっといいとかいった記事に『クソつまんねぇ』とか『才能無さ過ぎ』とか書いてある時だよ。ダサい話だけど、まぁ堪えたね。自分ではそこがウリだと思っていたもんだからさ。俺の方が才能がある。俺に話を作らせろって。そんで当時はそんな風に思わなかったけど、今思うに、連中のブログに対する書き込みってのは俺がアニメに対してやっていた事とそんなに大差の無い事でもあったんだよな。まぁ俺はアニメの制作会社に直接メールを送ったりとかはしなかったけど、まぁ構造的には似たようなものだったんだ」

 カツヒコは僕に決して視線を合わせないようにして喋り続けた。

 「で、じゃあ逆に人気のあるブログってどんなもんかと覗きにいくと、もうひたすら褒めちぎってるんだよ。批判なんて一切書かない。とにかく褒める。キャラが可愛いとか作画が凄いとか声優の演技が完璧だとか、俺が最悪の欠点だと思ったところも『あそこは逆に笑えた』とか書いてあんのさ。それが賢いやり方ってもんなんだろうよ。あぁいう連中ってのは、多分肯定して貰いたいんだよ。例えばユダヤ陰謀論なんかにしてもそうでさ、お前は俺が完全にあぁいうのを信じ切ってると思っているかもしれないけど、全然そんな訳無いんだぜ?あくまでネタとして面白いじゃんって話だ。で、ユダヤ陰謀論みたいなのの公聴会とか、そういうのってのは、俺でも『嘘だろ?』って思っちゃう感じだけど、どうやら開けば結構な数の人間が集まってくるらしいんだよ。ユーチューブとかで検索すれば、なんかどっかの学校の体育館みたいなところで、胡散臭いおっさんが話してる動画とかが出てくるよ。まぁ話し聞いてる分にはそこそこ面白いけどな。でもそれに対して逆に『そんな馬鹿な話があるか、ユダヤ陰謀論なんてインチキだ!』みたいな公聴会を開こうと思ったって、多分誰も集まんないんだよ。何だか妙な話だと思うけど、どうやらコレが、俺のやっていた事なんだよ。死後の世界でも、神の導きでも、気功でも、引き寄せの法則でも、ノストラダムスの予言でも、大地震でも何でもいいけど、『これは存在する』『実在する』って断言する連中、自分の願望を肯定してくれる人間に対して、どうやら人は金を出すんだ。何故かは知らないけど、そういう事になってんのさ。予言の類なんかも、当然外れる事があるだろ?そして外れたら『やっぱインチキだったのか』って俺達の感覚では思うもんだけどさ、そういうのを信じている連中ってのはそこは違って、むしろ逆に強硬になったりするらしいんだよな。昔オウム真理教ってのがあったじゃん。地下鉄でサリン撒いたってやつだよ。すげぇ話だよな。でもあれだけの事件を巻き起こして、信者がいなくなったかっていうと、未だに信じている奴ってのがいるらしいじゃん。凄い話だよな。そしてそれって『洗脳されている』とか言われているけど、俺はちょっと違うんじゃないのかと思ってる。多分そういう人達って信じたいんだよ。で、信じさせてくれる人がいる限り、信じるんだよ。ま、それを洗脳って呼ぶのかもしれなけどさ。肯定、肯定、肯定が秘訣なんだよ。肯定ビジネスってなもんさ。否定ビジネスは流行らないんだよ。そして俺がやろうとしていたのは、否定ビジネスだったって訳だな。で、そこまで分かってるならお前も肯定ビジネスをすればいいじゃないか?って話になる訳だけどさ、それは冗談じゃねぇって思うんだよ。悪いモノに対して悪いって言って何が悪いんだって話じゃんか。悪い部分を指摘するってのは、ようは良くしようって思っているって話だろ。あいつらがやってる事で良くなる事なんて一つも無いよ。肯定されちゃったら進歩なんて無い。ハムスターの回し車みたいに、体力が無くなるまで同じ場所で延々と回転し続けるだけさ。コレからアニメがどうなっていくのかは分からないけど、恐らく奴等ですら擁護不能になるまで突き進み続けるんじゃないのかな?そしてその後に残るモノってのは、ただただ見るに堪えない、悲惨なものになってるはずだ。一度壊れたところから新しいモノが出てくる、なんて話もあるけど、アニメに関しては、そんな事すら起きないんじゃないのかな。結局俺は熱中するべきモノを間違えたんだろうよ。全然興味も無いけど、野球とかサッカーに熱中しておけば、もしかしたら何か将来に繋がるモノもあったかもしれなかったかもな。スポーツは明確に成績が出るから、応援している人達は『駄目でもいい』とか、『負けたけど逆に笑えたからOK』なんて意見はまず出てこないからな。俺はスポーツなんてまるっきり興味も無いけど、その部分だけは羨ましいと思うね」

 そう言うとカツヒコはすっかり冷えてシナシナになったポテトを一つ口に放り込んだ。

 「でもお前はアニメは好きなんだろ?」

 「いいや」カツヒコは無表情に否定した。「全然そんな事無い。むしろ嫌いなのかもな。馬鹿げた話だけど、アニメって俺の中で、あのブログをやっていた時の経験と強烈に結びついているんだよ。もちろんアニメの視聴者がこぞって俺のブログに書き込んでた訳じゃないだろうし、もしかしたら、200件の悪口の中に、1個か2個は俺を肯定する書き込みがあったかもしれない。でもそんなの探すような気力は、俺には無かったよ。一瞬にして、200人とかいう人間から嫌われちまった訳だしな。小学校の時、授業中にウンコ漏らした奴がいたけど、そんな感じだよ。思いがけず、何かの瞬間に、人生が決定的に決まってしまうのさ。あいつだって…確か青木とかいう名前だったかな、あいつだって別に、ウンコ漏らしたかった訳じゃないに決まってるのにな。青木に関しては、俺もちょっとイジメみたいな事しちゃったっけな…結局青木は引っ越したんだかなんだかでいつの間にか学校に来なくなっちまったっけな。まぁ青木の事はいいや。つまり俺はあいつらに関わりたく無いんだ。俺のブログに書き込んでたような連中に、叩かれるのも嫌だし、おもねるのも嫌だ。もう思い出したくも無いんだ」

 「…じゃあ何でお前は未だにそんなにたくさんアニメ見てるんだ?」

 「さぁ…何でだろうな…他にやる事も無いし、それに…」カツヒコは一拍置いて独り言のように呟いた。「お前が話を聞いてくれるからかな…」


 帰り道はなんとなく無言だった。アレは喧嘩だったのだろうか?いや、喧嘩では無かったと思う。一種の告白だった。僕が悪かったのだろうか?多分そうなのだろう。僕は知らず知らずのうちに、カツヒコの古傷に塩を塗ってしまったのだ。でもじゃあどうすべきだったのだろうか?まさかあんな話が始まるだなんて、よもや想像もつかなくないか?例えばカレーを毎日食べてる奴がいたとして、カレー屋を目指せば?と言ったら、カレーに関するトラウマがあっただとか、そんな事、想像が付くだろうか?いや、もちろんカツヒコは僕を責めてはいないのだろう。不愉快な話を打ち切るために、僕に対して、話を打ち切らざるを得ないような話をしたというだけの話だ。しかし…それにしても…

 

 僕は中央線、カツヒコは南武線だった。空はまだ明るい。遊ぼうと思えばまだまだ遊ぶ事も出来たが、二人の間に流れている空気は、そんな事はあり得ないと言っていた。コレから先、カツヒコとの関係はどうなっていくのだろう?無言で駅に向かいながら、僕はそんな事を考えていた。出来る事ならば、カツヒコにあの話を切り出す前に、時間を戻したかった。映画を見に行くのを拒否すれば良かった。スカーフェイスを無理やりカツヒコに見せて、僕のトニー・モンタナに対する愛情を、カツヒコがオムニアム・ギャザラムとかいうアニメ映画を見た後の感想のように、マクドナルドで延々と語っておけばよかった。しかし、時間を元に戻す事は出来ない。でもどうだろう?僕はカツヒコに対して、ある種の尊敬の念を抱いていたのだ。カツヒコの頭の中にある知識を、僕は決して無駄にすべきじゃないと思ったんだ。そしてそれは、今でも思っている事なんだ!そんな奴等の馬鹿な書き込みなんか放っておけ!そいつ等はカツヒコが言うように、アニメの未来の事なんて何も考えていないカス共だ!口を大きく開いて、親鳥が餌を拾ってくるのを待っている雛鳥だ!お前はお前の道を進めばいいじゃないか!何だったら、僕はお前が向かおうとしている先に対して、協力は惜しまないぞ!僕がお前を肯定する!そう言いたかった。しかし、やはり二人の間に流れている空気はそんな空気じゃなかった。しかし、多分だけれども、いずれ僕はカツヒコに対して、このような話題を切り出し、そしてこういう雰囲気を味わう事になっていたのだろう。何故ならば、この件に関して、僕に悪気は一切無かったからだ。むしろ僕はカツヒコを褒めていた、称賛していたはずだ!それなのに…それなのに…何でこういう事になるのだろう?


 そして僕にとって最低最悪な瞬間はこの後、駅でカツヒコと別れる瞬間に待っていた。


 「お前さっき『前から言おうと思っていた』って言ってたけど、俺も前から言おうと思っていた事があるんだ」

 カツヒコは改札を通る直前、僕に視線を合わせずそう切り出した。

 「お前の事イジメてる樋口って奴、あぁいうのって、ちゃんと反撃しないと延々と絡んでくるから、痛い思いするのを覚悟で、一度ちゃんと抵抗した方が良いぞ」

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