表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
せめて幸せであれ  作者: マセ
6/13

006

 何やらネットが荒れていた。何が起こったのかを確認するために検索してみると、『コマンタレブー』とかいうお笑い芸人が、過去に自分をイジメていた相手と会うという企画をテレビでやったらしく、その事についての発言やら何やらが、僕の周辺のネット住民の逆鱗に触れてしまったようであった。僕はそのお笑い芸人は良く知らなかったが、この件に関する掲示板に書き込まれた内容はかなり激烈なものがあり、この見知らぬ芸人の将来が心配になってきてしまうレベルのものであった。一応動画を確認してみた。その動画は番組の1コーナーに過ぎず、10分足らずの動画でしか無かった。つまるところ完全にバラエティであり【イジメ問題を考える】といったっようなシリアスな内容では無かった。まぁ考えようによっては、それがまた、かえってネット住民の反感を買ってしまったのかもしれない。イジメっ子とイジメられっ子の歴史的対面は、終始にこやかに行われた。イジメっ子であったという人は、まぁある種『柔和なヤクザ』といった面持ちで、身体つきも熊のようにデカく、頭は角刈りで、僕に佐々木の将来の姿を思い起こさせた。『テレビで初めてお前見た時は、たまげたで~。あいつやんか~!ってなぁ』適当な挨拶を交わした後に、その二人はあんな事もあった、こんな事もあったと過去を振り返り、その時どう思っていたのかとか、イジメの経験を笑いのネタに盛り込んで、小さな劇場で賞を取ったのが人生の転機であるとかいう話をした後で、笑顔のまま動画は終わった。その動画を見た後の僕の感想はといえば、正直言って『特に無い』と言ったようなものだった。確かに何も思わないという事は無かったが、激怒している人達が感じていたであろう憤怒の念のようなものは殆ど全くといっていいほど沸いてこなかった。『今思えば、あいつがいたから、今の僕があると言えなくも無いです』番組最後のこの発言は確かに、過去のイジメを肯定するような発言と取る事も出来たが、見ようによっては【凄惨な過去との決別】といった印象もあったし、恐らく番組スタッフが意図した通り、前向きなメッセージとして機能しているように僕には感じられたが、ネットの反応を見るとコレが決定的な一言となってしまったようで、徹底的に糾弾されていた。『これは間違いなくヤラセ』『イジメをネタにした売名』『Twitterとかでの過去の発言と言っている事が違う』などという書き込みが怒涛の如く溢れかえり、極めつけに『こいつは本当のイジメを知らない』という書き込みを見て、僕はそれ以上読むのを止めた。本当のイジメを知らない…?勘弁してくれ。イジメに本当もクソもあるのか?この動画を見て、それほど怒っていない僕に対しても、あんたらは『本当のイジメを知らない』と言うつもりなのか?じゃあ樋口のやっている事は、本当のイジメでは無いって訳か?そして仮に、この世に【本当のイジメ】なるものが存在するとして、僕はそれを味わうべきなのか?何だか世界は決定的に狂っているような気がしてきた。

 むかし、官台とかいう社会学者がこんな事を言っていたのを良く覚えている。『日本の文化は海外で受け入れられていると言いますが、それは少し違います。海外に行くと、日本の文化を消費している子供達を馬鹿にするような発言を多く目にします。彼等曰く、日本の文化を消費しているのは、その殆どがイジメられっ子なのだと言います』この発言を聞いて以来、僕はこの社会学者を実は目の敵にしている。

 僕は思う。『日本の文化は海外のいじめられっ子に消費されている』というのが仮に本当なのだとして、いったいそれの何処が悪いと言うのだろう?じゃあ日本の文化が、海外のいじめっ子に消費されるようなものだったのならばこの人はこう言うのだろうか?『日本の文化は間違いなく海外で受け入れられています。そして日本の文化を消費している人達は、海外におけるトップヒエラルキーに属する人達なのです!誇らしいですね!』

 別に日本の文化がいじめられっ子に消費されていてもいいじゃないか。何だったら、その方が社会の役に立っていたりはしないだろうか?社会の片隅で、何処にも居場所が無く、友達もいない人間が、ほんの少しの間、辛い日常を忘れるために、日本人が作ったアニメやら漫画やらゲームやらに傾倒する。それの何がいけないと言うのだろう?逆に海外からきた、僕の大嫌いなラップだとか、ヒップホップだとかいう文化。あぁいったものは、日本の、それこそいじめっ子みたいな連中に消費されているように思える。もちろんラップとかいうものが、黒人の文化であるという事は知っているし、黒人が海外で、奴隷だったりとか、今なお差別にあっているのだとかいうニュースは、僕だって目にした事はある。黒人文化は、彼等の過酷な境遇に根ざしており、持たざる者達の血と涙の結晶なのだ、とかなんとかいう話だ。詳しい事は良くわからないけれども、そのくらいの事は僕も知っている。しかし、何がどうなったんだか知らないが、それが日本に輸入される段階で、何だか僕にとっては酷く居心地の悪いモノへと変貌してしまい、僕の中においては、それこそラップだのヒップホップだのというものは、言わば嫌悪の対象みたいになってしまっている訳なのだが、つまり日本のアニメがこういう類のものであったら、あの社会学者は喜んで日本の文化を褒めちぎるのだろうか?


 まぁあの不愉快な社会学者の話はいい。問題はイジメだ。


 兎にも角にも僕がショックだったのは、アニメとかそういったものが、どうやら一部の人間にはいじめられっ子と完全に結びついているらしいという事だった。『こんなモノ見ているからイジメられるんだよ』と言われているようで、僕はそれがとても嫌だった。じゃあ仮に、僕がコレから、一切のアニメ断ちといったような事をしたとして、それが日常に反映されるとでも言うのだろうか?明日から樋口が僕に対して近寄ってこなくなったとして、それは僕がアニメ断ちを敢行した事による成果なのか?アニメってのは、ある種の人間に取り憑く、性質の悪い悪霊みたいなもんだってのか?

 しかし、どうだろう?このネットの喧騒は。『こいつは本当のイジメを知らない』僕は心底げんなりした。まるで全身の間接が外れてしまったかのような虚無感だ。僕はそんな事気にしていなかったけれども、やっぱりここにいる皆はいじめられっ子なのか?あの社会学者が主張していたように、この社会に居場所が無いような存在が集まって、日々アニメの事を語っていたという事になるのだろうか?あの社会学者は、このネット喧騒を見てほくそ笑んでいるのだろうか?『ほらな?俺の言った通りだろ?』と。

 改めて思うのは、イジメっていうものは、こんなにも悲惨なものなのか、という事だ。どうやら人類は、未だにイジメというものに対して対処する事が出来ておらず、そして僕には、それは永遠に不可能な事のように思えた。もちろん、社会がそれなりに対応しようとしている事は知っている。『いじめ』やら『死にたい』とかいう単語を検索サイトに入力すれば、【こころの健康相談窓口】なる電話番号が頼んでもいないのに表示されて、僕の気分をすっかり滅入らせてくれる。当然僕はそこに対して電話をかけたりした事は無いのだが、恐らくマニュアルに従って、何処かで誰かが言っていたような、通り一遍の内容を語ってくれるのだと思う。僕は常々疑問に思っているのだが、彼等の第一目標は、どうやら僕等みたいな連中が『自殺する』事を阻止する、という事のように思える。まぁ逆に言えば『それくらいならば可能なはず』というのがそういう大人達の判断なのかもしれない。不幸な子供が出る事は仕方が無いが、自殺くらいは阻止出来るはずだ、と。その辺がどうやら人類の限界って事なのだろう。イジメにも色んな段階があるように、被害者にも色んな段階が存在するようだ。自殺する人もいれば、引きこもる人もいる。僕のように明確な対処をまるっきりする事が出来ずにいる奴もいれば、芸人になって、ある程度の成功を収める人もどうやらいるらしい。 そしてどうやら、イジメの魔の手に触れてしまうと、その全てが肯定不能になってしまうように思える。自殺問題、引きこもり問題。これらはれっきとした社会問題となっており、つまりイジメに直面した人間が、こういった反応を取る事を自治体や国家は『推奨していません』という訳だ。一方でこのコマンタレブー(調べたらフランス語で『お元気ですか?』という意味らしい。元気じゃねぇよ)のように、過去のイジメを克服したかのような人は『本当のイジメを知らない』などと言われて叩かれてしまう。ならば逆に、この芸人が過去のイジメっ子に対して、刺し殺すだとかバットで後ろから殴りかかるといったような何らかの復讐を敢行したとして、それがもし公になれば、この芸人は確実に社会的抹殺という憂き目にあってしまうだろう。となるとどうなる?どうすれば世間に僕達は受け入れられる?泣き寝入りか?問わず語らず、自らの過去に目を瞑り、自分の過去にイジメなどまるで存在しなかったかのようにしている事こそが、イジメに対して、最も健全かつ建設的な選択という事になるのだろうか?だとすれば、僕はこのイジメという巨大な迷宮の渦中において、もっとも懸命な男という事になるのだろうか。仮にそうだったとしても、僕は決して自分を肯定する事は出来ないが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ