表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
せめて幸せであれ  作者: マセ
4/13

004

 樋口はいなかった。声をかけてきたのは佐々木だった。彼我戦力差は4:1。抵抗を示すならこのタイミングしか無いはずだ。

 『最近集金出来てなかったから、財布も膨れてるんじゃねぇの?』

 佐々木はわかり易い笑いを浮かべて僕を見ている。漫画の中で、エロ本を見ている学生が浮かべているような笑いだ。樋口がいないせいか、他の連中の表情が、若干引きつっているように見える。どうすべきだろう?僕の鼻は潰れているはずだ。じゃあこいつらの鼻はどうだ?潰れているのか?おい、分かっていないなら教えてやろう。お前達は今、僕の拳の射程圏内に、ポケットに両手を突っ込みながら、棒立ちで突っ立っている。やろうと思えば、お前達の一人を、鼻血ブーにする事が出来るぞ。マニー・パッキャオも真っ青になるような右ストレートを、今この瞬間にお見舞いしてやろうか。

 そう思いながら、僕は金を差し出した。

 金額は2000円だったが、佐々木達は文句を言いつつも、意気揚々と帰っていった。恐らく金額よりも、自分達だけで、金をせしめたという事に満足感を得ていたのではなかろうか。その帰り道の虚無感は尋常では無かった。でもいずれ、こうなるような気はしていた。こちらから行動に出なければ、向こうから来るぞ、と思っていた。でもどうやって?どうすれば良かった?『先生、僕は虐められています。犯人は樋口です。僕はもう5万円くらい、奴等に金を取られています』そう言えばいいじゃないか、と、奴等は言うだろう。何故それだけの事を言う事が出来ない?何故…?何故…?!


 カタカタカタ 【何故イジメられてるのに学校に行くのか?】


 グーグル先生は何でも教えてくれる。

 グーグル先生曰く『本当の友達が一人でもいれば、イジメは乗り越えられる』のだそうだ。グーグル先生は国語辞典のような存在だ。何でも教えてくれるが、価値ある意見は何処にも無い。いや、ごめんグーグル先生。先生の意見が役に立つ場合もあるのだと思う。ただ僕の考えは、グーグルの検索結果とは少し違った。


 【何故イジメられてるのに学校に行くのか?】少し考えてみよう。


 僕の場合は正直、イジメを告白した後で何が起こるか分からないからっていうのが一番デカい。例えば僕の周りで犯罪が起きて、警察を呼ぶ。その後の事はなんとなく想像出来る。何が起こり、どんな事になり、どういう結末を迎えるのか。なんとなく想像がつく。僕達人間は大体の事は、なんとなく想像がつくように出来ている。そうだろ?でも僕の場合、イジメを告白した時の事はなんとなく想像がつかないのだ。誰に言うべきか?何をすべきか?何を聞かれた時、どう答えるべきか?誰に対してどう答えると、どういう反応が帰ってくるのか?その後で、その他の人々の対応はどうなっていくのか?ちょっと想像しただけで嫌になってくる。イジメの告白はバタフライ・エフェクトだ。バタフライ・エフェクト?いや、多分間違ってはいないはずだ。


 カタカタカタ 【バタフライ・エフェクト】


 【状態にわずかな変化を与えると、そのわずかな変化が無かった場合とは、その後の系の状態が大きく異なってしまうという現象。カオス理論で扱うカオス運動の予測困難性、初期値鋭敏性を意味する標語的、寓意的な表現。】ありがとうグーグル先生。グーグル先生はいつでも僕の味方だ。

 【予測困難性】まさしくそれだ。それが僕の言いたかった事だ。さぁ僕は何をすべきだろう?


 『言うべきだ』

 彼等は言う。

 『言うべきだ』


 じゃあ逆に教えてくれよ。言った後、何が起こるんだ?何がどうなって、どれがどうなって、どんなエンディングが待っているんだ?グーグル先生に聞いても、こればっかりは答えが返ってこない。価値ある意見は、何一つ返ってこない。『先生助けて下さい。僕は虐められています』蝶の羽ばたきのような、ささやかな告白だ。しかし、それが時に竜巻を巻き起こしたりするという話だ。僕はこの羽ばたきに何を期待しているのだろう?何が起きて欲しい?どうなって欲しい?正直言って、それが分からない。どうなって欲しいかなんて分からない。どちらかというと、何も起こって欲しくない。優しさはいらない。同情もいらない。単位もいらない。慰謝料として金をくれると言われても別にいらない。樋口や佐々木を拷問してくれとも思わない。ただただ、放っておいて欲しい。僕の人生から、ひっそりとイジメというものだけが、まるで夢か幻だったかのように消え去って欲しい。それが僕の心からの願いだ。


 人生-イジメ=ハッピー(・∀・)

 

 いや、ごめん、ハッピーって事は無い。ハッピーって事はありえない。しかしまぁ、概ねそういう事だ。しかし、確実にそんな事にはならないだろう。僕の口から発せられる、たった数秒で終わるであろう告白は、きっと僕の望まない方向に影響を及ぼし、下手したら巨大な竜巻を発生させる。その中心点で恐らく僕は、想像を絶する居心地の悪さを感じながら佇み続ける事になるだろう。何故こんな事になるのか…あぁ神様、別にハッピーエンドはいりません。トゥルーエンドやハーレムエンドなんて望みません。ノーマルエンドでいいんです。いや、もう少し妥協しましょう。今年最後の大盤振る舞い。もってけドロボーです。ノーマルバッドエンドで構いません。僕の状況は目下、バッドエンドのルートからは逃れられないようにも感じますしね。まぁともかく、現状がこれ以上悪くなるという事に、僕はどうにも耐えられそうに無いのだ。僕はゲームでは攻略本を見ない派だ。一回クリアするまでは、攻略情報を入れない。ただ、この超絶クソゲー【イジメクエスト】に関してはその禁を犯そうと思う。このクソゲーの攻略法が何処かに載っていれば、僕は喜んでそれを参考にさせてもらおう。なんなら課金だって厭わない。でもそんな情報は何処にもない。先生にはどう言えばいいか。親にはどう言えばいいか。樋口や佐々木に対して、どのような対応を取ればいいか。その後の周囲の変化にどう対応すればいいのか。カツヒコとの関係はどうなっていくのか。そしてその後、卒業までの高校生活は、どのように展開していくのか。その全てが記載されている攻略本があるなら、その中から自分の好きなルート、満足とは言えないまでも、まずまずであると思えるルートを探し出し、そこに向けて行動を開始するだろう。しかし、そんな攻略本はアマゾンを検索しても売られていない。カツヒコが時々話題に出す【アカシックレコード】の中にはそれが記載されているのだろうか?アカシックレコードにはこの世の全てが記載されているという。過去も未来も全てが…

 馬鹿馬鹿しい。

 つまりそういう事なのだ。恐らくその通りなのだろう。あんたらが言うように『言えばいい』のだろう。ただ言った後の不確定性、予測困難性に僕は強烈に縛られてしまっている。言った事で出現する未来と、言わないでいる事で出現する未来とを比べた時、言わないでいる未来は僕の中で殆ど確定している。樋口や佐々木の目を盗んで。コソコソと学園生活を送り続け、そして時々見つかってしまい、金をちょっと持っていかれる。それがこれからもしばらく続くのだろう。それだけの事だ。それだけの事?お前それでいいのか?言いたい事は分かるよ。でも僕はもう、この痛みには慣れているんだ。もうあんまり痛くないんだよ。でも、僕が言う事によって受ける痛みは、それとはまた別の痛みで、想像も出来ないような痛みなのかもしれないんだ。だから僕は保留してしまう。知っている未来、予測可能な未来を選択してしまう。でもそういう事って、誰にでもあるんじゃないのか?転職だとか、スポーツ選手の海外挑戦だとか、離婚だとか、そういうデカい話でなくても、もしかしたら物凄く美味しいかもしれない新作のカップラーメンを買うよりも、新作のポテトチップスを買うよりも、新発売の菓子パンを買うよりも、自分の見知っている、お気に入りのものを選んでしまう。僕は特にそういう傾向が強い。新しい悩み、新しい苦痛、新しい恐怖…僕はそれを恐れている。恐れすぎている。恐れに恐れて恐れおののきまくっている間に、次の登校時間が来るのだ。

 【何故イジメられてるのに学校に行くのか?】

 あんたらの疑問に答えられたか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ