表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
せめて幸せであれ  作者: マセ
2/13

002

 『よう、第三次世界大戦は始まったか?』

 こんな僕にも友達がいる。カツヒコはアニメとユダヤ陰謀論が大好きで僕の友達に相応しいボンクラだ。お互い違う中学からこの高校にやってきたのだが、一年の時に『最近のガンダムはどうなってんだ?』という話で盛り上がったのが仲良くなったキッカケだった。最近のガンダムの話では意見が一致したが、僕が調子に乗ってZZの批判を始めたらカツヒコは突然反論してきた。『お前にはハマーンの悲しみが分からないのか?』分からねぇよ馬鹿。

 カツヒコの話は基本的には面白い。カツヒコは何事も物事の裏を読みたがる。そしてネットの流行にも敏感だ。『自分の子供がある大変な病気にかかったとする。でも治療法が無いんだ。急いで治療しなければならない。そうなったらどうする?世界中に子供と同じ病原菌をバラ撒くんだよ。そして世界中の国や、医療機関で治療法を研究させる。自分の子供のために世界中を犠牲にする。これが今回のコロナ騒動の真相なんだよ』ンな訳ねぇだろ、と僕は反論したが『俺もそう思うけど、人類の歴史の中で、似たような事が無かったと思うか?』とカツヒコはドヤ顔で僕に言い返してきた。『いや、流石に無いんじゃないのか?』と僕が答えると『じゃあ今後も無いとお前は言い切れるか?』とかなんとか。確かにそう言われるとなんとも言えなかった。カツヒコは僕の反応を見ると得意満面といった顔になり、最後にお得意のあの言葉を付け足した。『そしてその裏にいるのはユダヤ人なんだよ』なるほど分かった、好きにしてくれ。

 そんなような感じで、今日もカツヒコと学校での無駄な時間を過ごす。カツヒコがいる時は、基本的に樋口達は近寄ってこない。カツヒコは僕の友達かつ安全弁だ。いや、安全弁かつ友達なのか?いやいや、友達かつ安全弁、という事にしておこう。そっちの方が倫理的、というものだ。それにしても、金をふんだくろうと思う相手を、連中はどうやって見定めるのだろう?僕の身体から、何か出ているのか?金を奪いやすいサインみたいなものが?あるいは過去に、カツヒコにもそういう事をけしかけた事があったのだろうか。そしてカツヒコは拒否した?僕のZZ批判を拒否したように。だとしたら、僕とカツヒコの違いはそこなのだろうか?『人間には2種類いる。ハマーンの悲しみを理解出来る奴と、そうでない奴』そうだったのか…知らなかった。全ての問題はハマーンにいきつくのだ。ハマーンだけ。ハマーンの悲しみだけ。それを理解出来ていなくて、僕はこうなったのだ。くそったれ。

 カツヒコがユニークなのはアニメを僕よりも数倍は見ていて、尚且つ、アニメを全然褒めない、という部分だ。あのアニメのここが駄目だ、あそこが駄目だ。延々と文句ばかり言っている。でも、今日家に帰れば、カツヒコは録画されているアニメを一通り全部見るのだ。ここ最近、カツヒコがアニメを褒めているのを聞いた記憶が無い。それくらい、延々と文句ばかり言っている。そしてその文句は、まぁ僕にもそこそこ理解出来る類のものだ。見なきゃいいのに…と思うが、カツヒコは誰よりもアニメに詳しい。どう考えればいいんだろう?道理に合わない。でも、こういう奴が、何か新しいモノを作るのかもしれない。まるっきり無い話では無いだろう。アニメ好きでアニメに詳しい奴はいるが、アニメ好きじゃないのにアニメに詳しい奴はそんなにいないだろうし。というより、アニメ好きが拗れて拗れてこうなっているのだろうか?『俺だったらあそこはこうするね』『あの展開の後にアレじゃおかしいでしょ』『あそこだけは良かった。あそこだけだけどね』文句だけじゃなく、実際に行動を起こし出せば、もしかしたらカツヒコは何か特別なモノを作れるのかもしれない。カツヒコと話しているとそんな気がちょっとだけしてくる。こいつには何か目指しているものとか、目標とかがあったりするのだろうか?それに比べて僕はどうだ?目下、樋口から身を隠す事を優先順位の一番にしている僕は…何になりたいかは分からない。何になりたくないかは良く分かっている。そして出来る事なら、僕は僕にはなりたくなかった。

 帰りは何処によろう?カツヒコは何やら用事があるとかで帰ってしまった。家にはあまり帰りたくなかった。学校にもいたくなかった。人生の大半をその2つで過ごしているのに、そこにだけはいたくなかった。だからって、行きたい場所がある訳でもない。駅前で時間を潰す?隣街まで行って、中古のCDでも漁る?或いはこのまま旅に出ようか?ちょっと想像してみよう。携帯をこの場で叩き壊し、この見知った道を延々と歩き続ける。そして気付けば僕は、知らない場所に出る。僕はその場所を知らず、その場所も僕を知らない。それでも進み続け、いずれは海に出たりするんだ。樋口にくれてやるはずだった金があらかた尽きた頃に、その場所で仕事でも探す。『兄ちゃん東京から来たんか?今どきそんな奴いるんだな』そんなこんなで地元の優しい大工の叔父さんの家に厄介になって、全く新しい人生を始める。そしてゆくゆくはその叔父さんの一人娘と結婚なんかしたりする。考えていてこのプランに何の魅力も感じていない自分に気付き、僕は妄想をやめた。

 気がつけば駅前にいた。気の弱そうな中学生が二人、リュックを背負いながらムフムフと気味の悪い笑顔を顔に浮かべ、誰にも聞こえないような小さな声で話をしている。『おい、金よこせ』そう言ったらこの子達はこんな僕にも金を出すだろうか。そんな事を考えながらアーケード街を目的もなく練り歩く。アルバイト募集。アルバイト募集。アルバイトか…それもいいのかもしれない。どうせ部活もしていないし、時間だけはあると言ってもいい状況だ。ただ、稼いだ金も、結局のところ樋口に持っていかれるのだと思うと、その意欲も一瞬にして失せた。抵抗を試みる。旅に出る。アルバイト。僕の考える現状打破のプランはカップラーメンの待ち時間よりも寿命が短い。こんな話はやめよう。気が滅入るだけだ。


 『味変えたんだけど、分かる?』

 夕食はカレーだった。むしろ今まで母親が作ったカレーにココイチやゴーゴーカレーのような『秘伝の味』みたいなものがあったのだとしたら、その事に驚きだ。

 『今日の味の方が好きかな』

 一瞬考えてから、僕は無意味にそう返した。母親が言うにはちょっとだけいいルーを使ったのだという。どうせなら凄まじくいいルーを使ってみたらどうだろう。そうすればこちらとしてももうちょっと気の利いた事が言えたかもしれない。でもちょっとだけでは…ちょっとだけ…何だかミジメな気持ちになってきた。僕の人生には巨大な変化が必要だ。それは分かっている。次こそは…次こそは…何でなんだ?どうすればいい?僕の何をどうすれば、アイツラに面と向かって言う事が出来る?『もう金は渡せない。殴りたければ殴りやがれ』ちょっとだけじゃ無理だ。正直に言うとちょっとだけなら変えた事がある。『今日は2000円しか無いんです』そう言うと樋口は喜怒哀楽のどの感情か分からない、ほんの小さな微笑を浮かべて、その2000円を取っていった。

 『じゃあな』

 じゃあね2000円。本当は鞄の中の教科書の間に、もう2000円入っていた。4000円取られるところを、僕は2000円で抑えたのだ。小さな勝利だった。ちょっとだけいいルーを使ったカレーのような勝利だった。


 掲示板は荒らしのせいで、毎日顔を見せていた常連の姿が昨日から見えなくなった。ユダヤの陰謀だ。世界の混乱の裏にはいつもユダヤ人がいるんだ。樋口には病気の妹がいて、そのために、金が必要なんだ。僕の2000円が必要だったんだ。樋口の悲しみが分からないのか?じゃあ俺のは?俺の悲しみはどうなる?僕の悲しみを誰も理解しようとはしない。ハマーンの悲しみよりも、誰も理解しようとしない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ