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9 コロシアムでの処刑

男が国を追放されてから数ヶ月後の深夜。

彼はとある国の城壁を登っていた。


追放直後とは違って鍛え抜かれた体を男は動かし、自作した縄を握りしめながら彼は城壁を登り続ける。


「はぁぁぁあああーー!! はあぁぁあああああ!!」


男は肩で息をしながら、必死に縄を握りしめていた。

いくら鍛えた体であっても、縄一本で城壁を登るというのは至難の業だ。


すると、城壁の上で人の影が動く。

それは巡回する兵士の影だった。


「……!!」


即座に男は動きを止め、息を殺す。

そして兵士の気配が通り過ぎたと同時に、彼は壁を登り始めた。


その晩は大雨であった。


冷たい雨が男の体から体力を奪い去る。

強い風が吹き、男の足が滑る。

凄まじい稲妻が鳴り響き、男の耳にこだまする。


しかし、雨も風も稲妻さえも、彼の気配を消し去る事に役立っていた。


そして、男の瞳には闘志がみなぎっている。

体は震えていたが、これは武者震いだった。


(この壁を乗り越えて民衆に教えを説き、そして信仰を広めるのだ!)


今、この男の中にはそれしかなかった。


もしかしたら、壁から落ちるかもしれない。

もしかしたら、兵士に見つかるかもしれない。

もしかしたら、逮捕され、今度こそ処刑されるかもしれない。


そんな考えは男の中には一切無い。


女神を信仰する者としての責務。

加護を与えられた者としての使命。


それらが男の体を突き動かしている。


そして、男の手が城壁に設置された手すりを掴んだ。

終に、彼は城壁を越えたのだ。


すると男は縄を回収し、壁の反対側に縄を引っ掛けてスルスルと降りていく。

彼が使った縄に兵士が気づいたのは翌日の事だったが、その時には全てが終わっていた。





翌朝。

雨が上がり、大きな広場に作られた市場に人々が集まり始める。


既に貿易路は魔物に塞がれ、まともな交易は出来ていない。

決死の覚悟で商品を運ぶ商人も居るが、その殆どは魔物に殺されてしまう。

奇跡的に商品を運べた商人も僅かに居るが、それは庶民が手を出せるような値段ではなかった。


既に様々な商品が市場から姿を消している。

そして反比例するように国内には失業者が溢れ、大勢のホームレスが市場の近くで座り込んでいる。


そんな寂れつつある市場で人々が買い物をしている時、大声が響き渡った。


「皆の者! 心して聞け! 今こそ! 悔い改める時が来たのだ!」


何事かと人々が視線を向けた先に、ボロボロの服を着た男が立っていた。


「魔物は女神様が作り出したという妄言が広がっているが! それは違う! 女神様は常に我々の生活を守護して下さっているのだ!」


そんな男の発言を聞き、人々はざわめき始める。


「誰だあいつ?」

「知らない顔だな」


「っていうか、あれって悪魔信仰者じゃないのか?」

「なんか女神がどうたら言ってるし、通報した方がいいんじゃないのか?」


騒めく民衆を無視して男は続けた。


「愚かな王達は真の魔王に操られ! 女神様が聖域に攻め込んだ! しかし! 慈悲深き女神様は我々を見捨てたりはしておられない! まだ間に合う! まだ間に合うのだ! 今こそ信仰を取り戻し! 真の魔王から開放される時が来たのだ!」


その言葉を聞き、人々は確信する。


「やっぱり!あいつ悪魔信仰者だ!」

「とんでもない奴だ! とっ捕まえろ!」


「出入り口をふさげ! 絶対逃がすな!」

「女子供は家に避難しろ! 男達は武器を持って来い!」


直後に男は民衆に捕まり、散々に殴られ蹴られてから城の兵士に引き渡される。

そしてボロボロになった男は地下牢に放り込まれ、その日のうちに処刑が決定するのだった。




男が地下牢に放り込まれた頃、城の中では王様が頭を悩ませていた。


年々、国を取り巻く状況は悪くなる一方だ。

貿易は殆ど停止状態であり、最近では隣国の情報すら手に入れにくくなってきた。


それでも何とか民の生活を守る為に、王は知識人を集めて国家を運営している。


本来ならば王としての威厳を保つ為に立派な服を着るべきなのだろうが、その為に税金を上げる事を良しとせず、彼は少し古い服を着ていた。

毎日毎日、報告される頭の痛くなるような情報にも屈する事なく、彼は責務を全うしているのだ。


増え続ける貧困者の為に王族の所有地を開放し、そこに私費で集合住宅を建てて人々を救っている。

商品の値段を上げ続ける商人達を説得し、経済を回そうと努力している。

圧倒的な力を持つ魔王に恐怖する国民を安心させるため、国費が圧迫されるのを承知で軍事パレードを行いもした。


それでも国内外の状況は悪化の一途を辿っていた。


そんな王の元に、大臣が報告書を持って来る。

その報告書には悪魔信仰者を一人捕らえたという情報が記載されていたのだ。


普段は難しい顔をしている大臣であるが、彼は久しぶりに笑みを浮かべた。


「いやはや、悪魔信仰者が捕まるとは運が良かったですな」

「全くだ。最近はあまり良いニュースが無いからな。これで民衆のガス抜きになるだろう」


王たちが安堵するのも無理はない。


この国では悪魔信仰者に対する処刑方法は国外追放では無い。

都の中心にある巨大コロシアムで魔物と戦わせ、最後には魔物に殺される姿を民衆に見せるのだ。


この処刑法は一種の娯楽として民衆に人気がある。

更には悪魔信仰者に対して断固たる姿勢を見せることで、王族の支持獲得にも役立っていた。


「……数年前が懐かしいですな……。裸にした教会の騎士達と魔物達の戦いは盛り上がりました……」

「民衆は血生臭い娯楽が好きだからな。しかし、騎士を少しでも残しておけば、定期的なガス抜きに使えただろうに……。惜しい事をした」


そして王はため息を吐いた。

一国の王が大臣の目の前でため息を吐き出すほど、この国の現状は危機的なのだ。


「まあまあ、王様。今回捕まった悪魔信仰者はなかなか生きが良いようです。少しは楽しめるでしょう」

「そうだな。さて、久しぶりにワシもコロシアムに行くとしよう。民衆の支持は大切だからな」


そう言うと、王様は民衆に対して威厳を保つ為に唯一残した一張羅に着替え始める。

そして大臣と数名の護衛を連れて、豪華な魔法車でコロシアムに向かうのだった。



昼頃。

コロシアムは最高の盛り上がりを見せていた。


今回の目玉イベントは魔物を生み出す魔王を信仰する大悪人の処刑である。

ここ最近は魔物のせいで貿易も出来ず、人々は苦しい生活を強いられるばかりだ。


これも全て魔物のせいであり、そんな魔物を生み出す魔王を信仰する輩は同じ人間ではないと民衆は考えている。

人々は男が魔物に八つ裂きにされ、彼の血と内臓によってコロシアムが彩られるのを望んでいた。


一方で、捕らえられた男は闘技場の中心部に立たされている。

その足には頑丈な鎖が繋がれ、鎖の先端は闘技場中央にある柱の固定されていた。


そんな男の周りには、多くの骸が転がっている。

それら骸は魔物に食いちぎられ、踏み潰され、引き裂かれた女神教徒達の成れの果てであった。


すると、男は周囲に転がる骸に対して静かに手を合わせる。

そんな彼に、観客席を埋め尽くした人々は罵声を浴びせた。


「くたばれ! この悪魔が!」

「お前らのせいでどれだけの人が苦しんでいると思っているんだ!」

「これでもくらえ!」


人々は鎖で繋がれた男に石や棒切れを投げつける。

しかし、それらは広い闘技場の中心に繋がれた彼まで届くことは無かった。


そのうち、太鼓を叩く音が聞こえ始める。

音を聞いた民衆は狂ったように歓声を上げる。


この太鼓は、処刑の始まりを知らせる合図だ。


「さあ! 久しぶりのお楽しみタイムです!」


声を大きくする魔法を使い、司会者が言い放つ。


「皆さん見えてますか!? 闘技場の中央に居る恐ろしい男の姿が!? あの男こそ! 魔王を信仰する人類の敵であり! 世界の敵なのです!」


司会者は観客席に耳を向ける。


「早く殺せー!」

「八つ裂きにしろー!」


観客から聞こえる怒気を孕んだ声に司会者は頷いた。


「ばっちり見えているようですねー! では! これより! 悪魔信仰者の処刑を始めます!」


司会者の宣言と共に太鼓の音が鳴り響き、闘技場に続くゲートが開かれた。

すると、ゲートから子供位の大きさの魔物達が飛び出して来る。


この魔物は「最弱の魔物」として知られており、怪我をした男でも闘技場に落ちている棒を拾って戦えば倒すことが出来る程度の魔物だ。

そして、それを人々は望んでいた。


魔王を信仰する者が、魔物に殺されるという最高の余興。

それも直ぐには殺さない。


最初は弱い魔物を放ち、徐々に強い魔物を放つ。

必死に戦う悪魔信仰者は腕をかまれ、足を折られ、段々と動けなくなる。


最終的にボロボロになった悪魔信仰者は、絶望の表情を浮かべながら魔物に殺されるのだ。

正に、最高の娯楽だった。


人々は男が足元に転がる棒を拾い、魔物と戦う事を望んだ。

しかし、彼はそんな事はしなかった。


男は天を見上げると、


「む。そろそろ祈りの時間ではないか」


と小さく呟き、闘技場のど真ん中で祈り始めたのだ。


それを見た人々はつまらなそうな表情を浮かべる。


(あの男は生きることを諦めてしまった)

(なんてつまらない奴なんだ)

(これじゃあ盛り上がらないじゃないか)


次第にコロシアムに白けた雰囲気が漂い始める。

そんな雰囲気を敏感に感じ取った王様は、脇に控える近衛兵に指示を出した。


すると近衛兵は己の腰に下がっていた剣を、祈りをささげる男に目掛けて投げつける。

剣は放物線を描きながら飛翔し、男の目の前に音を立てて突き刺さった。


それを見た観衆の興奮は一転して最高潮に達する。


「おい! そこの剣を取って戦え!!」

「ひょっとしたら生き残れるかもしれないぞ!!」

「最後の魔物を倒したらお前は無罪放免だ! 早く剣を取って戦え!!」


人々は男に戦えと罵声を浴びせかけたが、それでも彼は動かない。

彼は長い長い祈りの時に入ったばかりだったのだ。


……すると、人々は不思議な光景を目の当たりにする。


闘技場に放たれた魔物達が男に攻撃を仕掛ける事無く、ウロウロと闘技場内を歩き回り始めたのだ。

魔物は何度か彼に近寄りはしたが、クンクンと匂いを嗅ぐと興味を無くしたように去って行く。


それどころか、魔物達は観客席に向けて威嚇を始めてしまった。


「おい、どうなっているんだ? 魔物が襲わないじゃないか!!」

「きっとあの野郎は魔法を使って魔物から姿を消しているんだ!!」

「なるほど! そういう事か!! もっと強い! 魔法耐性のある魔物を解き放てー!!!」


人々の想いは一つになり、大きな波となってコロシアムを覆う。


「そ、それでは! 少し早いですが! 次の魔物を開放します!!」


司会者は焦りながらも進行を続け、次の魔物が解き放たれ続けた。



……しかし……。




「どうなっているんだ!! 何が起こっているんだ!!」

「なんで!! なんで!! あいつは無事なんだ!?」



闘技場には様々な魔物がうごめいている。

だが、どの魔物も男に興味を示さず、ウロウロと闘技場内を歩いているだけだ。


そんな中、男は祈りの姿勢を崩さず、ただひたすらに女神へ祈りを捧げている。



「あの野郎!! 何か仕込んでやがるな!!」

「ふざけやがって!!」


そして、人々は叫んだ。



「「「キングを出せーーー!!」」」

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