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7 勇者パーティーの奮闘

世界最大の国家が崩壊し、世界の均衡は狂った。

世界中の国々は魔王討伐を再開する事にしたが、前回のような連合軍を派遣する力はどこの国にも残されていない。


しかし人々は魔王討伐に全てを賭け、魔王を討伐する為に特殊部隊を編成する。

人員は僅か数名ではあったが、全員が名の知られた実力者達だった。


大きな魔法剣を持つ屈強な騎士は「常勝無敗」として知られる世界最強の騎士である。

魔法使いの老人は、たった一人で数万の魔物を葬った実力者だ。

癒しの力を持つ若い巫女は、死者すらも蘇生出来るという。

魔物達が蔓延る土地で遺跡荒らし行為を繰り返していた女盗賊も、その知識や経験を生かす為に特殊部隊に参加した。

そして、人々を魔物から開放し、真の平和を取り戻すという誰よりも高貴な魂を持つ青年が隊長となったのだった。


彼らは各国が最期の切り札として大切にしていた人員である。

そんな人物すらも各国は出し合い、新人類最強の特殊部隊を作り出した。


そんな特殊部隊を乗せた小型の魔法船は、満月が照らし出す大海原を高速で移動している。


まるで矢のように進む魔法船の甲板には、隊長たる青年が立っていた。

小さな甲板で仁王立ちしている青年は、ジッと海の先を見つめて微動だにしない。


そんな青年に、神秘的な衣装を身にまとった巫女が近寄る。


「……もう寝ませんと……、魔王島はまだまだ先ですよ」


まるで鈴の音ように可愛らしい声の巫女は、微笑みながら青年に語りかける。


「すまない。しかし、人々を苦しめる悪しき魔王がこの先に居ると思うと……、どうしても眠れないんだ」


青年は強い意志を感じさせる声で巫女に答えた。


「今、この瞬間も人々は魔物に苦しめられている。……この船がもっと早く移動出来ればと、出港してからずっと思っているんだ」

「この辺りに魔物は居ません。例え魔物が居たとしても、この船には追いつけません。今は体を休めてください」

「ははは。癒しの巫女に体を休めろと言われては否定出来ないな。よし、もう寝るとするよ」


そして青年は船室に戻り、巫女は甲板に残った。

その時、巫女は青年に何か言おうと口を開きかけたが、何も言えずに青年の背中を見送り、頬を染めながら俯くのだった……。


そして、そんな巫女を物陰からこっそり見つめる3人組みが居た。


「チッ! なんでこのタイミングを逃すかね! アタイには信じられないよ!」

「まあまあ、巫女殿は奥手ですから。もう少し時間がかかるのでしょう」

「時間がかかる!? あと少しで魔王島に着いちまうよ! 一体いつ告白するのさ!」

「ホッホッホッ。やはりこの賭けはワシの勝ちのようじゃの。では約束どおり、お主の胸を好きなだけ揉ませて貰うとするかの?」

「黙れエロジジイ! ああ! もう! 同じ女として信じられないよ! あの男が好きなら寝室に忍び込んで! さっさと押し倒しちまえばいいじゃないか!」

「いえ……、巫女殿にそれは難しいのではないでしょうか?」

「奥手も大概にしな! なんならいっそ! アタイが直々に手ほどきを……!」



「誰に、何を手ほどきするんですか?」



そんな可愛らしい声を聞き、騒いでいた3人組みはビクリと動きを止める。

そしてゆっくり振り返ると、そこには静かに微笑む巫女が立っていた。


しかし、その微笑みは青年に見せた優しい微笑みではなく、背後に阿修羅が見え隠れする微笑みだった。


「いや……、巫女殿……これは……違うのです」

「アタイは止めたんだよ!? でもこのエロジジイが……って!? あれ?! あのエロジジイどこ行きやがった!?」


小さな高速船の甲板は今宵も騒がしい。

そんな高速船に追従するかのように一匹の真珠虫が船の上を飛んでいたが、その事に誰も気が付かなかった。



甲板で騒ぐ彼らを感じ、私は頬を染めていた。


(彼らはいつ見ても愉快であり、そして何と高貴なのだろうか。

戦いの前でも、幸せな人生を1秒も無駄にする事無く生きている)


私はモゾモゾと身悶え、熱い吐息を漏らす。


(彼らの1秒は、私の1万年よりも価値があるに違いない。

その1秒1秒が過ぎ去ることが、こんなにも辛く、そして愛おしい……。


いっそ時間を止めて彼らを永久に保存したくなるが、それでは彼らの輝きが消えてしまう。

人工島がもっともっと遠い場所にあれば、彼らの1秒1秒を味わう事が出来たのに……。


彼らの幸せそうな顔、殺されるかもしれない不安、魔物を生み出す魔王への怒り……。

それら全てが彼らの人生を彩っている……)


「ああ、君達が来る事が嬉しくて堪らない。

ああ、君達が来る事が悲しくて堪らない


早くここまで来て欲しい。

まだここまで来ないで欲しい。


肉眼で君達を見たい、感じたい。

肉眼で君達を見たくない、感じたくない」


私の中で、様々な感情が泡のように浮かんでは消えていった。

しかし、時間は残酷なまでに進んでいく。


私の胸は、張り裂けそうだった。



数日後。

船は人工島に迫った。


すると人工島の周りに居た巨大な魔物達は自分達に迫る「敵」に反応し、凄まじい勢いで船を目指して泳ぎ出す。

そんな魔物の群れに、特殊部隊員達は驚愕していた。


「この巨大な魔物達は一体なんですか!?」

「チッ! 魔王の親衛隊だね! こんなに歓迎してもらえるなんて! 最高の気分だよ! クソったれ!」

「ワシが活路を切り開く! 皆! 覚悟を決めよ!」

「どんなに傷ついても! 必ず私が治します! 皆さん安心してください!」

「いくぞおおおおお! 平和な世界を取り戻すんだ! 覚悟しろ魔王!」



押し寄せる魔物の集団に対して、彼らは必死に戦っている。

そんな彼らの戦いを肉眼で見ようと、私は岬に移動した。


巨大な魔物を騎士が切り捨て、女盗賊が魔物の弱点を突き、魔法使いが強力な魔法で活路を切り開く。


すると、巫女たる少女が大声をあげた。


「あそこに! 魔王が!」


巫女は私を指差し、隊長たる青年に私の位置を教えた。


「ついに魔王が出てきたか! 爺! 俺をあそこまで飛ばしてくれ!」


すると老人は青年に飛行魔法をかける。

そして青年は大きくジャンプして私に迫った。


そんな彼の手には、王様に与えられた国宝クラスの剣が握られている。


この剣には伝承がある。

伝承によると、太古に「私」が人間界に攻め込んだ時に持っていた剣だそうだ。


しかし「私」は人間の軍隊に敗北し、戦いを放棄して逃げ出したらしい。

その時「私」は身軽になる為に剣を捨て、この人工島に逃げ込んだそうだ。


彼が持っているのは、その時に「私」が捨てた剣だというのだ。


しかし、この伝承は少し前までとは大分違う。

少し前……つまり「私」が女神として扱われていた時の伝承はこうだ。



『暗闇を恐れ暮す人々に女神様はやさしく微笑み、


「もし、お前達を傷つける者あらば、この剣を使いなさい」


と仰り、人々に剣を与えたもうた』



となっていた。

そんな「由緒正しい剣」を青年は持っているのだ。


煌びやかな装飾を施された剣であり、神秘的な雰囲気をまとっているが、実際は昔の王様が趣味で鍛冶屋に作らせた物だ。

城が建つ程の大金を注ぎ込んでしまった為、国民に対して言い訳のつもりで「伝承」を教会に作らせただけだった。


この秘密は世代を越えるたびに忘れ去られ、今では本当に「私が人々に与えた剣」という事になってしまっている。


しかし、この時代では私は魔王となったため、教会の作った伝承は使えなくなった。

そこで知識人が集まって無理矢理作り直した伝承が、先程の伝承だ。


(まあ、外の世界は情報技術が大分遅れているし、その程度の嘘も見破る事は困難なのだろう。

実際、特殊部隊は王侯貴族、もしくは元王族で編成されているが、そんな彼ら彼女らであっても「剣の伝説」を見破る事は出来なかった)


青年を飛ばした魔法使いは魔力を使い果たした。

騎士も自慢の剣が折れた。

盗賊も片腕を食いちぎられ、巫女が必死に治している。


そんな小船は海底から突撃した魔物の集団によって粉砕され、乗っていた4人は海に投げ出される。


「……ッ!! プハッ!! 皆さん! ご無事ですか!?」


海面に顔を出せたのは、巫女ただ一人だった。

他の三人は海中でバラバラに食い千切られてしまっていた。


その事実を理解し、巫女は絶望の表情を浮かべる。


「そんな!! 皆さん! 皆さん!! あああ!! そんな! そんな!」


巫女は必死に叫び続けた。

そんな彼女に、海中から何匹もの魔物が迫る。


そして彼女の目の前で、海面がいくつも盛り上がる。

盛り上がった海面には、彼女を睨む巨大な瞳があった。


「……ヒッ……」


その瞬間、巫女は空を見上げた。

そして剣を握りながら飛ぶ青年を視界にとらえると、青ざめた顔で嬉しそうに微笑み、何かを言おうと口を開きかける。


しかし、巫女が何かを言う前に、海面は彼女の血で赤く染まるのだった。


空を飛ぶ最中、仲間達の最期を視界の端に捕らえた青年は、決意を新たに剣の柄を握りしめる。

そして終に、青年は私に迫った。


「魔王!! 覚悟!!」


青年が剣を構えて突撃する。


そして私の心臓に彼の剣が突き刺さる……筈だった。

しかし、残念ながら彼はバリヤーに己の体を叩きつけただけだった。


だが、バリヤーに阻まれてもなお、青年は殺気のこもった視線を送り続ける。

そんな青年に、私は近づいた。


薄く頑丈なバリヤーの内と外で、私達は出会った。

ここまで私に接近した新人類は彼が初めてだ。


青年は左手でバリヤーを掴み、右手に握った剣をバリヤーに何度も叩き付ける。

私は彼の左手に触れるように、ソッと己の右手を重ねた。


私達の手の平は、素粒子一つ分にも満たない距離を挟んで重なる。


私は微笑みながら青年に話しかけた。


「やあ、ようこそ。そして……、初めましてかな? 

私は君が生まれた時からずっと見ていたよ? 


初めて歩いた瞬間も、初めて剣を握った瞬間も、癒しの巫女に恋をして、世界が平和になったら告白しようと決意した瞬間も……」


バリヤーの出力を落としたので私の声は聞こえているはずなのだが、どうやら興奮状態の彼の耳には届いていないようだ。

彼は怒鳴りながら剣をバリヤーに叩きつけている。


「くたばれ! この悪魔め!」


彼の熱い視線を感じると、私の胸は高鳴り、心臓がドキドキと音を立てる。


「……ああぁぁ……、その殺意に燃える瞳……。

とても魅力的だ……。

素晴らしい……美しい……。


……私は君を愛している……心の底から愛しているよ……」


青年は私の言葉に反応する事無く、必死にバリヤーに剣を叩きつけている。


「……あああ……、そんなに叩いたら剣が折れてしまう……」

「お前のせいで! お前のせいで! どれだけ多くの人が苦しんでいると思うんだ!!」


「いっそ、君だけでも時間を止めて島内に引きこんでしまいたい……。

そして毎朝、君の頬にキスをしたい……。

そして毎晩、君を抱きしめたい……」


私の胸の高鳴りは、増して行く。


(いっそ、彼の時間を止めてしまおうか……?

そして、永遠に私と共に……)


その時、彼の剣は折れてしまった。

しかし、彼は折れた剣を捨てると、今度はバリヤーを殴り始める。


「よくも! クソが! なんで彼女を殺したんだ! 人類にどんな恨みがあるんだ!」

「ああぁ……、しかし……、やはり駄目だ……。

時を止めてしまっては、君の輝きも失われてしまう……。

その燃えるような君の魂が凍ってしまう……。

……駄目だ。駄目だ。駄目だ……」


彼の拳から血が流れ始める。

それと同時に、彼にかけられた飛行魔法の効力が徐々に失われ始める。


「くっ!! 魔王! 正々堂々と勝負しろ! 俺をお前の手で殺して見せろ! 結界から出て来い!」

「……そうか……。……もう……時間なのか……。


悲しい。

私はとても悲しいよ。」


青年はゆっくりと海面に落ちていく。

私は殺意の視線を送る青年に語りかける。


「……何故、時間とは過ぎ去ってしまうのだろう……。

ずっと君と見つめあっていたかったのに……」


私は一瞬だけ瞳を閉じると、決意を固めて見開いた。


「ああぁぁ!

私は君の全てを見てきた!

だからこそ!私は君の最期も見届けよう!


君の最期を邪魔するなんて!私には出来ない!

君の輝きを邪魔するなんて!

私には出来ない!」


青年は後少しで海面に達する。

魔物達は大きな口を開けて、青年の到着を待っている。


そんな海面目指して、青年はバリヤーを殴りながら落ちていく。


「……さようなら……愛しい人……」


そして彼は何匹もの魔物に食いちぎられ、この世から去った。



(……君は最期の瞬間まで高貴な存在だった。

他の人々と同じように、君は人生を謳歌した。


正義に生き、悪を憎み、人々の幸せを望む。

底抜けに愚かで、宝石のように美しい君の人生を私は誇ろう。


君と同じ時を過ごせた事を、私は決して忘れはしない。


もし、本当に神が居るのだとするならば……)



「……どうか……、……彼に祝福を……」


そして私は生まれて初めて、存在するかも分からない相手に祈りを捧げた。

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