5 神と呼ばれ、魔王と呼ばれても
(……なんという事だ……。私は女神から魔王になってしまった……。
私は長い間、新人類を観察してきただけだ……。
私は新人類に危害を加えるわけでもなく、ただ見続けてきた……。
そんな私を君達は女神と呼んでいたのに……、何の証拠も無いのに私を魔王と呼ぶのか……)
あまりの興奮に私は椅子から立ち上がり、叫んだ。
「あああああああ!! なんて素晴らしいんだ!!
新人類は神に対して反抗を始めた! 信じられない!! 信じられない!!
まさか! ここまで短期間で成長するなんて! 新人類はなんと魅力的なのだろうか!!」
私は感動に震え、嬉し涙が止まらなかった。
この会議の結論が発表された直後、宗教関係者は激怒する。
「女神様がそんな事をするはずが無い!」
「女神様のお陰で我々の平和は保たれているのだ!」
「魔物は別の要因で発生しているに違いない! 女神様に楯突く貴様らこそ魔王なのだ!」
「聖書には女神様が人類を導き! この世界に連れて来て下さったと書かれている! 会議の決定は天に唾を吐く行為だ!」
そして、教会側の軍隊と各国の連合軍の間で戦争が勃発する。女神教は信者と教会の騎士が力を合わせ、連合軍と戦ったのだ。
「女神さまの敵を討つのだ!! 連合軍がなんというものか!! 我らは女神さまの忠実なる僕である! 死を恐れずに進め!!」
「世界に仇なす悪魔信仰者を根絶やしにしろ!! 敵は雑兵だが侮るな! 敵兵は狂信的な死兵だ! 奴らは死を恐れん! 徹底的に攻撃しろ!!」
この戦いは世界中に広がり、戦場では積極的に巨大な魔法が使われた。その結果、魔物は世界中で増え、更に凶暴化していく。
最終的に戦争は連合軍が勝利し神島、
(……いや、この頃には魔王島と呼ばれていたな……)
魔王島へ向けて進撃が始まったのだ。
それは巨大な艦隊だった。
各国の軍が手を取り合い、強敵に立ち向かう……。
もし映画だったら良くあるストーリーで感動も薄いだろうが、その強敵とは私なのだ。
もはや、文字に表現できない激情が私の体を駆け巡った。
私の細い指先の細胞まで感情を持っているようだ。無機質な人工島が輝いて見える。
一歩一歩、歩くだけで私という存在が実感出来る。
これほど私という存在を感じた事は、今まで無かった。
今、私と「私」は存在している。
しかも新人類に敵対する魔王として存在している。
そして新人類は私を倒そうと必死に船を進めている。
軍人達は暗い船内で巨大な魔導大砲の整備をしている。
魔石の数を数え、魔導砲弾の数を数え、装備の整理をしている軍人もいる。
魔法を動力とする巨大な戦艦を何人もの魔法使いが操り、魔王島へ向けて全力で進んでいく。
皆、まだ見えない魔王島に殺意と敵意を向けている。その感情が私を貫く。
「あああ! なんて素晴らしいんだ! 君達はどんどん進歩していく!
魔王たる私を全力で殺そうとしている!
君達の憎しみが! 悲しみが! 怒りが! 私を貫いていく!」
そんな失神する程の喜びが私の体を駆け巡った。
数日後、艦隊は人工島にたどり着いた。
すると艦隊は人工島を取り囲み、強力な攻撃魔法で攻撃を開始したのだ。
その攻撃の全てを、人工島を守るバリヤーがはじき返す。
まるで花火のように美しい攻撃を、私は人工島の広場から眺めていた。
朝も昼も夜も関係なく、彼らは全力で攻撃を継続している。
「これは全て! 私を殺す為! 私を殺す為に! 新人類は協力している!
全ての国々が同じ旗の下で戦っている! 人種を越えた友情が生まれている!
もはや彼らに年齢も性別も国家も種族も関係ない!
新人類は一つになった! 私という魔王を殺す為に!」
私の興奮は収まる様子が無かった。
「あああああ! これほど愉快な事があるだろうか!? 私は生まれて何万年も生きてきた!
ここまで時間が愛おしいと思えた事があっただろうか!?
ここまで他者が愛おしいと思えた事があっただろうか!?
ここまで私が私を認識できた事があっただろうか!?
魔物に親を殺された子の憎しみが!!
恋人を殺された怒りが!!
全てを失った悲しみが!!
私の足を! 手を! 胸を! 頭を! 心臓を!! 全身を貫いていく!!
素晴らしい!! なんと素晴らしい!!
もっと! もっと! 美しい姿を見せてくれ!!
もっと! もっと! 感情を私にぶつけてくれ!!
もっと! もっと! 狂おしい程に愛おしい姿を見せてくれ!!」
私は広場で踊り続けた。
バリヤーの出力を落とし、彼らの感情を五感全てで感じ、攻撃の閃光をライトに、爆音をBGMに、振動をパートナーに、彼らの殺意敵意を観客に、私は歌い踊り続けた。
攻撃は2週間も続いたが、バリヤーには傷一つ付いていない。
その事実を前に連合軍は魔王討伐を諦め、撤退を開始した。
汗を流し、息を切らし、喉をからして広場で歌い踊り続けていた私は、艦隊の撤退を知ると岬に向けて駆け出す。
そして岬から撤退する艦隊に向けて、微笑みながら小さくお辞儀をした。
そんな私の姿を軍人達は見ていた。
「……」
「……」
「……」
彼らの顔に表情はなく、ただただ私をジッと見ていた。
静かに撤退する艦隊に、私は小さく手を振り続けた。
水平線の彼方に艦隊が姿を消し、艦隊が港に着き、軍人達が家に帰り、全員が家族に己の無事を伝え終えるまで、私は手を振り続けた。
手を振る最中、私は青虫を思い出していた
一番最初に観察した青虫、彼は必死に生きた。
必死に葉っぱを食べ、必死にさなぎになり、必死に羽化し、必死に空を飛び、必死に番になり、必死に次の世代を遺し、そして死んだ。
美しかった。
どんな絵画よりも、どんな彫刻よりも、どんな音楽よりも、どんな映画よりも、ずっとずっと美しかった。
今、私は青虫と同じく、とても美しい新人類を見つめている。必死に生きあがく新人類は、とてもとても美しい。
泥の中を這いずり回り、顔が汚れる姿が美しい。
己を殺そうとする存在に対して、必死に命乞いをする姿が美しい。
泣き喚き、己の最期を知る姿が美しい。
新人類が魅せるどのシーンも全てが美しく、輝いている。
(ああ、彼らはこれからどうしたいのだろうか?
ああ、彼らはこれからどうなるのだろうか?
私は全てを見届けよう。
どんな事を言われても、どんな事をされても。
どんなに愛され、どんなに憎まれても。
……そう……、……例え……)
「神と呼ばれ、魔王と呼ばれても」




