3 魔法の誕生
そんな時代、とある森の中で、その後の新人類の歴史を変える出来事が起こる。
ある日の事、耳長族の縄張りにブタ族の戦士達が進入したのだ。
この二つの種族はお互い森に住む種族だった為、過去に何度も戦争をしている。
まあ、実際は戦争というよりもブタ族による一方的な虐殺と言うべきかもしれない。
高度な知性があり、手先も器用な耳長族は様々な武器や作戦を用いて必死に戦うのだが、数も体格も勝るブタ族の前には無力だった。
いつもなら、この戦いはブタ族の圧勝で終わっていただろう。
しかし、この日は違った。
この時、ブタ族の戦士達には「恐ろしい力」が迫っていたのだ。
しかし、その事に気が付いていないブタ族の戦士達は暢気に雑談をしながら森を進んでいく。
「今日はチビ共から何を貰おうか?」
「やつらは色々持っているからな。持てるだけ持って帰ろう」
「嫁が新しい鍋を欲しがってたから、良い感じの鍋が無いか探さないと」
「な~~に。丁度良い鍋が無いなら何匹か捕まえて、その場で作らせればいいさ」
「あいつらは本当に便利だよな。いっそ何匹か飼っておこうかな?」
「やめとけやめとけ。あいつら手間はかかるが、すぐに死ぬぞ」
「まあ、何か必要になった時に奪いに行けばいいか」
「それが一番良いさ」
等と、既に勝った後の事を考える余裕が彼らにはあった。
一方その頃。森の奥にある耳長族の集落では、呪術的なデザインが施された広場に人々が集まり始めていた。
集まった人々は事前に決めてあった場所に立つと、「呪文」とでも言うべき「音」を唱え始める。
しかし、耳長族の奇行を知らないブタ族の戦士達は、段々と強くなる耳長族の匂いを感じ取って武器を握り直す。
すると隊長格の戦士が、
「そろそろ矢が飛んで来るぞ! 警戒を厳にしろ!」
と大声で指示を出した。
確かに、隊長の言った通り耳長族の攻撃は始まろうとしている。
しかし、それは今までのような攻撃ではなく、もっと恐ろしい、圧倒的な力が迫っていたのだ。
「……っ!!!」
その時、何かを感じ取った隊長が歩みを止め、他の戦士たちを手で制する。
すると他の戦士たちは不思議そうな顔をして隊長に尋ねた。
「隊長? どうかしたんですか?」
「チビ野郎でも見つけましたか?」
しかし隊長は答える事無く、静かに武器を構える。
その時だった。
地面からブタ族の体よりも大きい「土の手」が現れたのだ。
更には周りの木々も意志を持つかのように動き始める。
戦士達は何が起こったのか理解出来ず、キョロキョロと周辺を見回し身を強張らせる。
そんな中、何かを感じ取った隊長は土の手にこん棒で殴りかかった。
「ブヒィィィィィ!」
という雄叫びと共に隊長は巨大なこん棒を土の手に叩きつけ、土の小指を粉砕する。
その瞬間、彼は飛び散った小指を見るとニヤリと笑った。
しかし、戦いは終わっていなかった。
土の手は残った4本の指を器用に使いこなし、己の小指を粉砕したブタ族の隊長を捕まえたのだ。
巨大な土の手に捕らえられ、凄まじい力で締め付けられた隊長が絶叫する。
「ブギャァアアアアア!!」
隊長の絶叫を聞いた瞬間、戦士たちは正気に戻り、彼を助け出そうと必死に土の手に殴りかかる。
しかし戦士たちの攻撃も空しく、そのまま隊長は握り潰され、周囲に血肉を撒き散らしてしまう。
それからは、まさに地獄と言っていいだろう。
木々は巨大な幹を振り回し、戦士達を殴り飛ばした。
巨大な土の手が次々に現れ、戦士達を捕まえては握り潰していく。
恐れをなして逃げようとした戦士も、意思を持ったように動く草が足に絡みつき、もはや歩く事も出来ない。
既に戦士たちに戦う気力などなく、彼らは逃げるだけで精一杯だ。
「ギャァァァアア!! 助けてくれぇぇえ!!」
「おい! 俺の足を離せ! クソ! 草の分際で俺様の足を掴みやギャア!!」
「ヒイィイイィイ!! 来るな! こっちに来るなぁぁあ!!」
そんな虐殺が始まり、戦士達が全滅するまで大した時間はかからなかった。
そして敵が全滅した事を知ると、巨大な手は地面に戻り、木々は動くのをやめ、騒がしかった森は静まり返ったのだ。
ザワザワと騒がしい耳長族の集落を除いてではあるが……。
戦闘が終了した直後、耳長族の集落は興奮に包まれていた。
初めてブタ族に勝利した彼らはお互いに抱き合い、涙を流しながら勝利を祝っている。
そんな様子を、私は人工島で感じていた。
(涙を流しながら喜ぶ耳長族も、涙を流しながら死んだブタ族の戦士も、……ああ……、なんと素晴らしいのだろう……。
彼らには旧人類が太古に無くした「必死さ」がある。
辛く、苦しく、悲しく、どうしようもない程に生存を欲している。
彼らは「人生」を謳歌している。
……ああ……、地面に広がる戦士の血や内臓、幹にこびり付いた頭皮や眼球、祝宴の歌や踊り、人々の満面の笑み……。
どれもこれもが私を惹きつける……。
私の小さな胸が、トクントクンと温かい気持ちで満たされていく……)
……ところで、ブタ族の戦士たちには何が起こったのだろうか?
簡単に言うなら、耳長族は「魔法」を使ってブタ族に攻撃をしたのである。
では、ここで魔法が起こる仕組みを説明しよう。
しかし全てを説明するのは困難な為、ここでは簡単な説明に留めておく。
ドローンから得た情報を整理すると、どうやら耳長族の体内には「魔法」の源である「魔力」を生み出す「魔力臓器」とでも言うべき臓器が備わっているようだ。
その魔力臓器が作り出す魔力を回路とでも言うべき魔法陣を通して外部に出力する事で、耳長族は魔法を発現していた。
更に耳長族が口にしていた呪文なのだが、これは一種の「現象」に近い物だ。
「この世界に直接語りかけ、世界そのものを操作する声。言葉というよりも一種の操作音」
といえば分かりやすいだろうか?例えるなら、キーボードの「0」と「1」だけ使ってプログラミングする感覚が一番近いかもしれない。
しかし、私には一つだけ疑問が残っている。魔力を生み出す魔力臓器の大きさが、随分と小さいのだ。
どうやって小さな魔力臓器が膨大な魔力を生み出すのか、詳細がわからない。ドローンから得られる情報にも限界はあり、詳しく調べるためには新人類の体を解剖する必要がある。
しかし、これには大きな問題が存在していた。
(……果たして私は新人類の体に触れてもいいのだろうか?
あれ程に美しく、気高く、生き生きとした彼ら彼女らの体に、私ごときが触れてもいいのだろうか?
自ら生きようとする気概もなく、ただただ君達の輝きに魅せられ続けるだけの無価値な私が、君たちに近づいていいのだろうか?
例え死体であったとしても、輝かしい生を全うした体を解剖するなんて、私には出来ない。
もし新人類の遺体を前にしたら、私は遺体が発する輝きに平伏すだろう……。
……ああ……、一度で構わない。たった一度で構わないから、私も君達と対等な立場になりたい……。
それさえ叶えば、私は堂々と君達の体を解剖できるだろう……。
……しかし……今は無理だ……、……今の私に新人類の体を解剖する価値はない……。
……やはり、可能な限りドローンを使った調査を継続するしかないだろう……)
私はそんなことを思いながら深く深くため息を吐き出すと、世界の観察を再開するしかなかった。
それ以外に、私にできることなど何もなかったのだ。
そんな事を私が苦悩している間にも、新人類の歴史は続いている。
初めてブタ族に勝利した耳長族は、翌日には森に点在するブタ族の集落に対する侵攻を開始した。
土の手は前回の戦いより性能が向上している。
木々は根を地面から引き抜いて歩き出し、ブタ族の人々を踏み潰す。
更には巨大な岩が集まって人型となり、洞窟に逃げ込んだブタ族を洞窟ごと踏み潰すのだ。
「な! 何なんだこの化け物は!?」
「逃げろ! 早く逃げるんだ!」
いきなり襲い掛かってきた敵に驚愕したブタ族は必死になって逃げ出したが、そんな人々に耳長族の魔法が容赦なく襲い掛かる。
もちろん、ブタ族の戦士達も必死に戦った。しかし、最早それは戦いでは無かった。
「クソ! 木の棒じゃあ歯が立たねぇ!!」
「お、俺の足が!! 腕がぁぁあああ!!」
「やめてくれ! 待って!! 待っt!! ぎゃぁあぁあ!!!」
ブタ族の戦士たちは体を引き千切られ、叩き潰されていく。
集落はブタ族の血で赤く染まり、血の臭いが周囲に広がっていく。
正しく「虐殺」と言うべきそれは、耳長族の「復讐」であったのだ。
ブタ族の集落を潰したところで耳長族が得る物は少ない。
そもそも、耳長族は広い土地を持たずとも生きていける種族なのだ。
更に言えば、ブタ族は体力はあるのだが「何かを作る」というのが極めて不得手な種族だ。
その為、ブタ族は基本的に腰ミノしか身に付けておらず、族長クラスでも精々毛皮を羽織っている程度だ。
その後も耳長族は森に点在するブタ族の集落を一つ残らず襲撃していく。
その結果、たった一年で広い森の大半が耳長族の物となった。
大きく数を減らしたブタ族は、森の端で耳長族の襲撃に怯えながら暮らすしかなかった。
そしてブタ族は徐々に数を減らし、静かに滅亡してしまうのだった。
それから暫くの間、魔法は耳長族の専売特許として扱われた。
魔法を使えない人々は耳長族の力を恐れ、彼らを「森の賢人」と呼び始める。
元々、外部と交流の少ない耳長族だったが、外の世界で自分達が賢人と呼ばれている事は理解していた。
そうなると、選民思想が生まれるのも仕方ないだろう。
最終的に耳長族は、
「全ての他種族は劣った人種であり、耳長族こそ最も優れた人種である」
という考えを持つようになり、他の種族を見下し始める。
これは他の種族にとっても面白い話ではない。
そこで、他種族は何とかして耳長族の持つ魔法を手に入れようと画策した。
ある国は耳長族の男に美しい女を与えて知識を盗もうとした。
ある国は耳長族の女に高価な宝石をプレゼントして魔法を教わろうとした。
中には軍隊を使って集落の占領を試みる国まで現れた。
しかし、それらの計画は全てが失敗したのだ。
その結果、耳長族は森の外との交流を完全に停止してしまう。
耳長族から魔法を教わる事が不可能となった他種族は、自分たちで魔法の研究するしかなかった。人々は今までに手に入れた耳長族の情報や、耳長族と戦った国から得た情報を元に試行錯誤を繰り返す。
そしてある程度の時間が経過した後、大勢の知識人の努力によって森の外でも魔法が完成した。
当初は戦闘関連の魔法が開発がされたが、次第に日常生活に密着した魔法も開発されるようになり、新たに生み出された魔法は世界に広まり始める。
しかし、残念ながら全ての人々が魔法を使えるわけではない。
ブタ族を含めた殆ど全ての新人類に耳長族と同じような魔力臓器が備わっているのだが、耳長族に比べて臓器そのものが小さい者が多いのだ。
小さい魔力臓器から産み出される魔力は、量も濃度も魔法を発動する為の必要量を満たしていない。その為、
「魔力臓器はあるのに魔法が使えない」
という人々も大勢いる。
何の補助も無く、己の魔力臓器のみを使って魔法を使える人数は極端に少ない。
そんな人々の為に、魔力の発動を補助する「魔法の杖」が販売され世界的なヒット商品となる。この魔法の杖を使い、人々は日常生活で魔法を使いこなす事が出来るようになった。
その結果、
「魔法が無いと生活に支障が出る」
というのがこの世界の常識となった




