22 謝罪
私は、目の前にある扉をノックする。
すると、中から小さく返事があったので、扉を開いて家の中に入った。
そこには、一人の女性が待っていたのだ。
「ようこそ。待っていたわ」
女性は感情を必死に押し殺した声を出しながら、私を迎え入れた。
私はお辞儀をして答える。
「……どうぞ、こちらへ」
女性はそう言うと、私を客間へと案内する。
そして私が椅子に座った事を確認すると、彼女は口を開いた。
「時間ぴったりね。ひょっとして、私の家が一番最初の訪問先なのかしら?」
「いいえ。既に何件か回っています」
「……流石、地球人はやることは凄まじいわね……」
女性はそう言うと、寂しそうに微笑んだ。
さて、何故私は彼女の家を訪問しているのだろうか?
それは「謝罪」をするためだ。
私は惑星連盟に対して技術データを提供して賠償は済ませたが、それは賠償に過ぎない。
一番重要な「過去の行いに対する謝罪」は行われていないのだ。
そこで私は、惑星連盟に対して一つの提案をした。
それは、
「惑星連盟に属する全ての人々、一人一人に謝罪をさせて頂きたい」
というものだった。
それを聞いた惑星連盟の代表者達は、早速メディアに連絡を取り、謝罪会見の準備を始める。
しかし、私が望んだ事はそうでは無かったのだ。
私は言った。
「私は、一人一人に謝罪をしたいと考えています」
そんな私の言葉に、惑星連盟の議員達は不思議そうな顔をする。
「? ええ、ですから謝罪会見の準備を進めているのですが?」
「そうではなく、一人一人に謝罪をしたいのです」
「?? 申し訳ありません。貴方が何を言っているのか、私には理解が出来ません。まさかとは思いますが、本当に一人一人に会って謝罪をするつもりでは無いのですよね?」
「いえ、私はそのつもりです。そうでなければ、謝罪の意味がありません」
私の言葉に、議員達の動きが止まる。
「??? え? え? あの、惑星連盟の総人口をご存知ですか?」
「はい。もちろん存じ上げております」
すると、一人の議員が計算機で計算を始める。
「……これは簡単な計算なのですが……。もし一人当たり一秒の謝罪を休まず行ったとしても、謝罪が終わるまでに地球時間で億年単位もの時間がかかる事になりますよ?」
「ご安心下さい。私が謝罪をしている間、宇宙全体の時間を止めます。そして私と謝罪相手の時間のみを動かします。そうすれば現実世界では謝罪は実質0秒で終了します。更に、私が謝罪をしている間はお相手の老化も停止いたします。お相手が私の謝罪を受け入れてくださるまで、私は謝罪を続けようと思います」
「……貴方が何を言っているのか、私には理解が出来ません……」
こうして、私の謝罪は始ったのである。
目の前の女性は、窓の外を見ながら呟く。
「本当に、時間が止まっているのね」
「はい。この家以外の時間は止めてあります」
「じゃあ今、宇宙で動いているのは私達二人だけなのね?」
「はい。その通りです」
「……本当に、地球人というのは恐ろしいわ……」
すると彼女は私の目の前に、コップを差し出してきた。
私は勧められるがままにコップの中身を飲み干し、液体は私の喉をゆっくりと通り過ぎた。
そしてコップの中身が空になった事を確認した彼女は嬉しそうに微笑み、壁にかかっている一枚の写真を指差す。
「あの人は、私の夫なの」
そこには、一人の男性の姿があった。
「夫はね、とても優秀なパイロットだったのよ。惑星連盟で一番優秀なパイロットだったの」
「はい。私もそう思います」
「……私達に子供は居なかったけど、幸せな夫婦生活だったのよ」
飲み干した液体が、私の体内を巡り始める。
「今回の戦いを最後に、夫は軍を引退するはずだったの。そしたら田舎の畑を買って、二人でのんびり暮らそうって話をしていたの」
「そうでしたか」
「でも、もう出来ないわね。だって、夫は貴方に殺されたのだから」
すると彼女は、私の隣に移る。
「ねえ? 夫の最期を教えてくれるかしら?」
「はい。彼は、とても立派な最期でした。映像でお見せします」
私は、分厚い弾幕を潜り抜け、私が乗る旗艦を見つけ出し、一矢を報いた一人の男の姿を彼女に見せた。
「ふふふ。夫らしいわ」
「この傷跡は、彼の戦果です」
「その右腕の醜い傷跡ね? 地球人にはお似合いよ?」
徐々に、私の口から血が流れ始める。
「あらあら、やっと効いてきたのね。どうかしら? 犯罪組織から買ったのだけど、この星で一番強力な毒なのよ?」
「はい。とても、苦しい、ですね」
「そう、良かったわ。その毒ね? とても高かったのよ? 貴方が会いに来ると政府から発表があった直後から需要が高まって、価格が跳ね上がったの。苦労して手に入れたわ。じっくりと味わって頂戴ね?」
そう言いながら、彼女は私の腹部に大型ナイフを突き刺す。
「このナイフも高かったの。……いいえ、違うわ。貴方を傷つけられるであろう全ての品物の値段が、跳ね上がったのよ。小さな縫い針だって、手に入れるのに苦労したんだから」
私の腹部から、血が流れ始める。
……冷たいナイフを通して、熱い彼女の感情が私に流れ込んでくる。
ナノマシーンが内臓を修復をすると同時に、彼女は私の内臓を嬉しそうに切り刻んでいく……。
「ああ、失念していたわ。飲み物がもう無いわね。まだまだあるから、全部飲み干していって頂戴ね? 残っても迷惑だし」
「はい。頂きます」
「ふふふ、嬉しいわ。さあ、次は貴方の爪の間に針を指すから、手を出して頂戴? 少しでも、私の苦痛を味わっていってね?」
「はい」
「それが終わったら貴方の目玉を抉って、耳を切り落として、肉を細切れにして……、私が出来る全ての事をするわ」
「分かりました」
喋るたび、私の口から血が滴り落ち、白い服を赤く染めていく。
「……勘違いしないで欲しいのだけど、私は貴方を許したいの……。私達に子供が居れば、貴方くらいの年だと思うわ。そんな子を苦しめるような事、本当はしたくないの。……でもね? どうしても、私は私を止めることが出来ないのよ」
彼女は一筋の涙を流すと、言葉を絞り出す。
「貴方達地球人さえ居なければ……、そうすれば、私もこんな思いをせずに済んだのよ? ううん。私だけじゃないわ。今を生きる人はもちろん、貴方達に苦しめられた人々の事を考えると、どうしても、私は貴方を許せないの。……だから、全てを受け入れて頂戴ね?」
「はい。申し訳、ありませんでした」
「……これから暫く、よろしくね」
すると彼女は、太い針を取り出し、私の爪の間に突き刺していった……。
それから地球時間で数日間、私と彼女は一緒に過ごす。
そして、最後に彼女は私を抱きしめた。
彼女は涙をポロポロと流しながら、
「ありがとう……ありがとうね……」
と感謝の言葉を口にした。
「本当なら……、艦隊が負けた時点で私たちの命運は尽きていたはずなのに……。貴方は私たちを攻撃することもなく、こうして謝罪まで……。ありがとう……、ありがとう……」
そして彼女は少し恥ずかしそうに微笑む。
「あのね……。私が言うのもなんだけど、どうか元気でね。体に気を付けて。夫の分も長生きして頂戴?」
「はい。長生きします」
「ふふふ。地球人がそういうと、この世の終わりまで生きていそうね。……ああ、そういえば、次に行くのはお隣さんの家なのよね?」
「はい。お隣の赤い屋根のお宅ですね」
「なら気を付けて。あそこの家に住んでいるのは近所でも有名な武器マニアなの。噂じゃあ、家の中は軍隊の武器庫みたいになっているんだそうよ。それに住んでいる人も短気で有名で……」
心配そうな顔をする彼女に、私は答える。
「ご安心ください。私は約束通り、長生きしますので」
そんな私の答えを聞き、彼女の顔から心配する表情は消え去り、嬉しそうに微笑んだ。
そして小さく手を振る彼女に一礼してから、私は彼女の家を後にする。
私が玄関を閉じた瞬間、家の中の彼女の動きが止まった。
嬉しそうに微笑みながら、完全に停止する彼女の姿を窓越しに見た私は、
「お世話になりました」
と再度一礼してから隣の家を目指す。
そして私は隣の家のドアを小さくノックし、扉を開き、玄関を通り、扉を閉めた。
直後、家の中では乾いた銃声が連続して続き、私の体から赤い血が流れるのだった……。




