21 終戦
また、連盟戦艦が沈んでいく。
艦内には炎が広がり、火達磨になった軍人達が感情を爆発させて死んでいく。
そんな彼らの想いや感情を一人で味わっていた時、私の後頭部に殴られたかのような衝撃が走った。
私はあまりの衝撃に驚き、勢い良く振り返る。
しかし、私の背後には薄暗い無人の司令室が広がっているだけだ。
もちろん、衝撃の原因はそこには無い事は分かっている。
もっと先、遥か彼方の地球から、その衝撃は伝わってきたのだ。
(……なんという事だ。
なんという事だ!
あああああ!!! なんという事だ!!
大神官たる男が!! 劇物の入ったグラスを掲げている!!
強大な敵に対しても一切怯まない男の決意が! 人々を突き動かしている!!
どんな剣よりも切れ味の鋭い男の意思が! 人々を導いている!!
あああ!! 男は一切の躊躇いも無く!! 劇物を飲み干してしまった!!
分子レベルで細胞に劇物が広がっていく様が私には分かる!!
どんどん鼓動が小さくなる!! 呼吸が止まった!!
男と言う至高の宝石が!! 今!! 輝いている!!
これまで以上に強い輝きを放っている!!
人々が続く!!
それぞれの想いを胸に男に続く!!
皆が皆! 純粋だ!! そして愚かだ!!
なぜ! なぜ! 私以外の人々は!! こんなにも人生を謳歌しているのだ!!
頼む!! 頼む!! その毒杯を!! 私にも分けてくれ!!
そして味わいたい!! 君達の信念を!!
あああ!! また連盟戦艦が沈む!!
あああ!! また神官が死んでいく!!
あああ! また! 毒で死んだ!
あああ! また! 爆散した!
あああ! 首を切り落とされて死んだ!
あああ! 艦首が吹き飛んだ!!
誰にも見つからない様に!下級神官達が神殿の影で自決していく!!
連盟の戦艦が!! 巨大な爆発と共に沈んでいく!!
なんて!! なんて素晴らしい人生を君達は謳歌しているんだ!!
なんで!? 私は!! 私は!!!)
「私はあああああああ!!!!」
私は一人、艦橋で身悶えた。
これは私が乗っている旗艦に連盟艦隊の総攻撃が命中する、少し前の出来事だった。
目の前に展開していた連盟補給艦隊は、既に全滅している。
全ての戦闘が終わった事を確認した私は、惑星連盟の本部がある星に、
「連盟艦隊は全滅し、生存者は居ない」
という情報を送った。
この情報に連盟は驚愕し、急遽星々の代表者が集まり会議が開かれる。
「ありえん!! 艦隊が全滅しただと!? あの大艦隊が全滅なぞするはずが無い!!」
「左様! これは地球の謀略だ!!」
「しかし!! では何故、艦隊から返信が無いのだ!! もう何度通信を送ったと思っている!」
「それは地球軍が通信妨害をしているだけだ!! 未だ艦隊は健在なはずだ!!」
「そうだそうだ!! よし!! 我が星の防衛艦隊を出撃させ!! 事実を確認させよう!!」
「おお! それは良い!! ならば我が星の防衛艦隊も共に行かせよう!!」
「では我が星も!!」
「それならば防衛艦隊を集めて大艦隊を作り! 地球に送ろう!!」
「ふん! 地球の姑息な作戦なぞ!! 実際に艦隊を送りつければ簡単に見破れるわ!!」
会議の結論はほぼ決まり、あと少しで各惑星を守る防衛艦隊の総出撃が決定しようとしていた時だった。
会議室の扉が勢い良く開けられ、会議室に軍人が駆け込んできたのだ。
その軍人は顔面が蒼白となっており、何か喋ろうとしているが口がパクパク動くだけで音にならない。
「おい! 貴様!! 今は大事な会議の最中だ!!」
「邪魔をするだけならさっさと出て行け!!」
会議参加者から飛ぶ罵声を聞き、フラフラと歩き出した軍人は、会議室に据えられた巨大なディスプレイの電源を付ける。
すると、そこには奇妙な物が表示されていた。
軍と直接回線を繋げてあるディスプレイには、惑星連盟の星々が表示されているのだが、そこには惑星連盟に属する全ての星々を完全に覆い尽くす「赤いバリヤー」が表示されていたのだ。
それを見た会議参加者達は首をかしげる。
「? この赤いバリヤーは一体なんだ?」
「辺境に存在している我が星も完全に覆いつくしているではないか」
「軍の開発した新兵器か何かか??」
その質問に、軍人はただ一言だけ答えた。
「これは……地球軍艦隊です」
惑星連盟の会議は荒れている。
私がもたらした情報は全て事実なのだが、それが理解できないようだ。
彼らにとって「敗北」というのは有り得ないのだろう。
そして会議は徐々に「地球に対して再度艦隊を送る」という結論に近づいている。
(……これでは君達と再度戦わなくてはならないじゃないか。
私としてはこれ以上観察対象が減るのは本意ではない。
なんとかして彼らと和平を結びたいのだが……。
……そうだ。
敗北が信じられないのならば、信じさせれば良い。
今も太陽系には使い道の無い改良型戦艦が大量に浮かんでいるし、人工島の生産システムも維持されている。
この戦力を使って、惑星連盟に属する全ての星を一つ一つ丁寧に包囲して、
「君達の艦隊は全滅したんだよ」
と教えてやればいい。
そうすれば流血沙汰になる事も無く、和平を結べるかもしれない。
……まあ、正直に言うと、連盟との和平に興味は無いのだが。
しかし、これ以上地球にちょっかいを出されるのも迷惑だ。
地球に来ないなら、それでいい。
では、艦隊の転送を開始しよう)
「ん? なんだこれ?」
惑星連盟の辺境に存在しているレーダーサイトでディスプレイを眺めていた軍人はつぶやいた。
先程まで何も表示されていなかったディスプレイが、いきなり真っ赤になったのだ。
「おかしいな~。昨日整備したばっかりだぞ? ひょっとして故障したのか?」
原因の分からなかった軍人は、休憩室でタバコを吸っている同僚を呼びに行く。
そして軍人は同僚を連れて戻り、赤くなったディスプレイを見せた。
「なんだこりゃ? お前なんかしたのか?」
「いや? コンソールには触れてもいないぞ。いきなり真っ赤になったんだ」
「訳が分からん。まあこれでは管制も出来ないな。仕方ないから隣のサイトに連絡を入れよう」
「では俺は整備小隊を呼んでこよう。全く、整備も何をやってんだが」
軍人達がそれぞれの持ち場につき、レーダーを修理しようと動き始める。
そんな中で、レーダーディスプレイ脇に表示された膨大な数字に一人の軍人が気がついた。
……それに気がついた軍人は、動けなかった。
惑星を覆い尽くす「赤いバリヤーが何であるか」を知り、会議室は静まり返る。
誰も、何も発言出来ない時間が過ぎると、議長が軍人に尋ねた。
「今……何と言ったのか……もう一度……教えてくれないか?」
すると軍人は大きく息を吸い込み、言い放った。
「現在!! 惑星連盟に属する全ての星々は!! 地球艦隊に!! 完全に!! 包囲されております!!」
その怒鳴り声に近い大声が、広い会議室に響く。
しかし、その言葉を聞いても、誰も、指一本すらも、動かせなかった。
意識を取り戻した代表者達は、地球に対して降伏をするべきだと騒ぎ出す。
先程まで再度艦隊を派遣すればいいと騒いでいた代表者ですらも、顔を青くし、議長に詰め寄った。
「これほどの敵を相手に戦うなど!! 正気ではない!!」
「どこかに穴は無いのか!!?」
「そんなものどこにも無いわ!! 既に包囲は完成しておる!!」
「早く降伏を!! あんな艦隊に攻撃されたら!! 砂すらも残らん!!」
「今回の侵略を計画した責任者を連れて来い!! 地球に人身御供として差し出すんだ!!」
「なんだと!! 侵略計画は誰も反対していなかったではないか!! お主も同罪だ!!」
「そんな事はない!! ワシは反対だったんだ!! そもそも復讐的侵略なんぞ!! そんな野蛮な行為!! ワシは反対だったんだ!!」
「見苦しいぞ!! 貴様の星からどれだけ大量の燃料が艦隊に提供されたと思っているんだ!! 言い逃れはさせんぞ!!」
「何を言うか!! 貴様こそ!!」
会議室の中では代表者達がお互いに責任を擦り付け、泣きながら降伏するべきと主張を繰り返す。
既に、
「護衛艦隊を再編成して地球に攻め込もう」
等と発言する者は居なかった。
この日、惑星連盟は地球に対して無条件降伏をしたのだった。
一隻の宇宙戦艦が惑星連盟の本部がある星から出発した。
その戦艦は主砲が封印されており、艦首には巨大な白旗が掲げられている。
この戦艦は、惑星連盟の代表者を乗せた船だ。
そんな戦艦は、私が乗っている旗艦の手前で停止する。
そして連盟の代表者達が乗り込んだ小型艇が戦艦から発進した。
小型艇は旗艦の格納庫に誘導され、艇から降り立った代表者達は体を強張らせる。
そんな彼らを、地球軍の軍服を身に着けた私は迎えた。
「ようこそ連盟の皆さん。私が地球の代表者です」
私の言葉に、彼らはビクッと体を震わせる。
「ご安心ください。私は皆様に危害を加えるつもりはありません」
と言って私が微笑むと、彼らの緊張も少しだけではあるが解れたようだ。
その後、私達は応接室へ移動する。
全員が椅子に座った事を確認すると、私は切り出した。
「単刀直入に申し上げます。私は惑星連盟に対して、何ら要求するつもりはありません」
そんな私の言葉に、彼らは動揺する。
すると代表者の一人が恐る恐る口を開いた。
「発言をお許し下さい。失礼ながら、私どもに何ら要求するつもりはない……、というのは何故でしょうか? 惑星連盟は大軍をもって地球へ攻め込みました。そして、敗れたのです。地球には、惑星連盟に賠償を要求する権利がある筈ですが……」
そんな疑問に、私は答える。
「……地球人は過去、皆さんに対して非人道的な行いをしました。それは強者の驕りであったと私は思います。そして、皆さんが地球に対して憎悪の気持ちを持っている事も、当然のことだと思います」
私の言葉に対して、代表者達は一言も発しない。
「皆さんが地球へ復讐しようと考えることは自然なことです。私は、今回の戦いを通して私は皆さんの憎悪を理解することが出来ました」
「……憎悪を理解ですか……」
「はい。皆さんが心の底から地球を憎んでいるという事を、この身を持って理解しました」
そして私は、軍服の右袖をめくる。
「この傷は、連盟艦隊の戦果です」
彼らは私の右腕に残る傷跡をジッと見つめる。
(……あああぁ……、そんなに見つめられると、あの時の痛みを思い出してしまう……)
「……失礼ながら……。戦果とは、どういった意味でしょうか?」
「……私は圧倒的な戦力を用意し、連盟艦隊に挑みました。本当ならば、私は無傷で勝てるはずだったのです。しかし、連盟艦隊は持てる全ての力を出し尽くし、こうして、私の右腕に傷を負わせました」
「そうですか……。……艦隊は、戦果を挙げたのですね……」
「はい。彼らはとても勇敢でした」
「……そう言って頂けると、彼らも浮かばれるでしょう」
そして代表者は、少しだけ寂しそうな顔で答えた。
……当然だろう。
ここにいる代表者達の息子や孫は、あの艦隊に居たのだから。
必ず勝てると思っていたからこそ、彼らは子供や孫を送り出したのだ。
そして、連盟艦隊が全滅した事を理解した瞬間、彼らは会議室で崩れ落ちた……。
唇をかみ締める彼らに、私は話しかける。
「……地球の代表者として、一つ提案があります」
そして私は、ポケットから小さな記憶媒体を取り出す。
「この記憶媒体には、皆さんでも利用可能であろう様々な技術データが入っています」
私はテーブルに記憶媒体を乗せた。
「この情報をもって、地球が過去に犯した罪に対する賠償とさせて頂く事は出来ませんか?」
「……え? 地球が惑星連盟に対して賠償をするのですか?」
「はい。私は地球人が行った非人道的行為に対して、謝罪と賠償をすべきだと考えています」
私の言葉に、彼らは戸惑う。
「しかしながら、私は皆さまが用いている共通通貨の持ち合わせがございません。そこで金銭の代わりに地球が持つ技術の一部を提供しようと考えております」
「……それは、有り難いことですが……」
「ご安心下さい。この記憶媒体の中には、戦争に利用出来るような技術は入っていません。むしろ、皆さんの発展を支えるであろう素晴らしい技術が詰まっています」
「そうですか。分かりました」
そう言うと、代表者達は記憶媒体を受け取った。
これによって賠償は終わり、地球と惑星連盟の相互不可侵条約を結ぶことも出来たのだ。
(……さて、次は謝罪だ)




