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2 新人類の誕生

観察を開始して、それなりに長い時間が経過したある日。

私は森の奥で一筋の煙が天目指して登って行く事に気が付いた。


最初は山火事かと思ったが、そうではなかった。

煙の元には焚き火と呼べるレベルの火が燃え盛り、その回りには人間大の猫のような動物が集まっていた。

そして猫のような動物達は持っていた魚を火に放り込み、魚が焼けると美味しそうに食事を始めたのだ。


その光景を、私は死ぬまで忘れる事は無いだろう。

いや、死んだ後もデータを遺し、この宇宙が終わるまで保存し続けよう。

それほど衝撃的な光景だった。


この動物達には知性があり、彼らは火を使って料理をしていたのだ。

あまりの感動に、私は驚きとも喜びとも取れるようなダンスを100年間踊り続けた程だ。


それからは毎日が感動の連続だった。

各地で一斉に火を使い始める動物が現れたのだ。


まるで動物達が事前に相談でもしていたかのように、殆ど同時に、そして一斉に知性を持った。

そして動物達は道具を使った狩猟を始め、所々で簡単な農耕も始まる。


私はその全てを観察し、記録し続けた。

それからというもの、私の生活は一変する。

毎日毎日、歌い踊り、絵を描き、彫刻を彫り、祝いの料理を作るという感動の日々が始まったのだ。


動物たちは日々進歩し続け、終には小さな村が出来た。

村は次第に数を増やし、動物達の数も増えていき、最初の「戦争」が起こる。


動物達……いや、「新人類達」は既に文字まで持っており、解析した言葉と文字を組み合わせる事で戦争の原因を理解する事が出来た。

それは食料を奪い合う極めて原始的な戦いだった。


兵士とも言えない人々が、武器とも言えない道具を持って、作戦も立てずに殺し合う。

飢えた側が勝てば略奪が始まり、豊かな側が勝てば殲滅戦が始まった。


その光景に、私は涙を流しながら感動していた。

まるで、小鳥が大空に羽ばたく姿を見たかのような気分だった。


それから時代は進み、段々と大きな街が出来ていく。

そして街は小さな国に、小さな国は大国に成長していった。


その間、私は彼らに干渉する事なく、世界の全てを見続ける。

そんな私を、彼らは見つけ出したのだ。


人工島は陸地から遠く離れた場所にある。

そんな場所に新人類の船がやってきたのだ。


だが、故意にここまで来た訳ではなく、彼らは遭難をしているだけだった。

既に水も食料も尽きている遭難者達は人工島を見つけて喜び始める。


「島だ! 島があるぞ!」

「助かった!」


そして彼らは人工島に上陸しようと船を動かすが、彼らの船は人工島に張り巡らされているバリヤーに阻まれてしまった。


「クソ!! 何で前に進まないんだ!」

「あああ……、あんなに美味そうな果実が実っているのに……」


 そんな時、一人の男が声を張り上げる。


「おい見ろ!! あそこに女の子がいるぞ!!」


 その言葉に、他の男たちは目を輝かせた。


「本当だ!! おおおぉいぃ!! 助けてくれぇぇぇぇぇ!!」

「こっちだぁぁぁ!! こっちを向いてくれぇぇぇぇ!!」


小さな船の上で、彼らは必死に助けを求め続ける。

そんな彼らの姿を、私はベンチに腰かけながら見つめ続ける。


ボロボロになった服を振り回し、痩せ細った体で必死に叫びながら助けを求める彼らの姿を見ながら、私は小さく吐息を漏らした。


(ああ……。「生への執着」とは、何と魅力的なのだろう……。

少しでも長く生きたいと願う彼らの姿は、本当に美しい……。


国に帰っても奴隷として働かされる人生しか待っていないというのに……。

大切な人に裏切られ、常に酷使されてきた人生だったというのに……。

耐えがたい困難と苦痛に満ち溢れる人生だったというのに……。


……それでも、彼らは生き残ろうとバリヤーを必死に叩き続けている……)


流れぬ涙を流し、必死に声を絞り出す彼らの美しい姿に、私はただただ魅了され続けた。


(……いや、だからこそ、彼らは未来に希望を抱いているのだろう。

まだ見ぬ未来に希望を抱き、それだけを心の支えにして生きているのだろう。


だからこそ、ここで死ぬのが怖いのだ。

ここで死んだら、今までの人生が自分の全てになってしまうのだから。


苦汁をなめ続けた人生が、裏切られ続けた人生が、踏みつけられ、虐げられてきた人生が、自分の全てになってしまう。

だからこそ彼らは未来に希望を抱き、いつか素晴らしい日々が来ることを信じるしか出来なかったのだ)


徐々に彼らの声は小さくなり、体を動かす者も少なくなり、一人、また一人と船上で息を引き取り始めた。


そして一人の男が最後に残った。

最後の男は残された力を振り絞り、小さな手帳を取り出すと何やら描き始める。

それは「真っ白な島」「見えない壁」そして、「こちらを眺める一人の少女」の絵であった。


絵を描き上げた男は、手帳を大切そうに胸にしまい込む。そして彼は小さく口を動かし、


「……俺は……生きていたんだ……。

……誰か……この絵を……俺を……見てくれ……。

……俺は……ここで……生きていたんだ……」


そんな言葉を遺して、彼は死んだ。

普段から仲間の姿を手帳に描き、


「今は苦しくても、いつか笑い話にできる日がやってくるさ! その時が来たら、この絵を見て皆で笑おうや!」


と周囲の奴隷達を励まし続けていた中年の奴隷は、干からびた目蓋を永遠に閉じた。

その後、死者を乗せた船は海流に乗って人工島を離れ始める。

私は離れ行く船を見送り、小さく手を振り続けた。


それから暫くして、ボロボロになった船は陸地に流れ着いた。

船を見つけた人々は奴隷達の亡骸を弔い、持ち物を調べる。そして彼らは男が遺した手帳を見つけた。


「なんだこりゃ? 白い島? 見えない壁?? 白い少女??? なんかの暗号かな?」

「ふん、狂った奴隷が妄想でも描いたんだろう。どうせ意味なんてない。邪魔だから燃やしちまえ」


そして嫌々ながらに遺品の整理をしていた初老の男は、小汚い手帳を火に放り込む。

こうして手帳は彼の遺体もろとも燃やされてしまった。

もはや灰になった手帳を見る事は、誰にも叶わない。


(虐げられながらも必死に生き続けた彼らの事を、人々は直ぐに忘れてしまうだろう……。

生きた証を遺そうとした男のことなど、人々は知る由もない……)


「しかし! 私は記憶しよう! そして記録しよう!

君達が生きた証を! 宇宙が終わる瞬間まで後世に遺し続けよう! 

あああ!! 美しい君達の生き様を! 魅力的な輝きを! 永遠に遺し続けると私は誓おう!


何も心配することはない! 何も臆することはない! 

君達は生きた! 立派に生きたのだ! 


それを私が証明しよう! 

君達と同じ時間を過ごした私が! 君達が生きていたという事を証明しよう!」


感極まった私は、彼らの人生を称える歌を歌い始める。

それから暫くの間、彼らが生まれてから死ぬまでの人生を歌詞にして、私は歌い続けた……。


その後も人工島に遭難船が辿り着くことが何度かあった。

そして最初の遭難船と同じく、彼らは人工島の情報を遺してから全員死んだ。


そんな事が続くと新人類の間に、


「海の向こうには不思議な島がある」

「その島を見たら生きて帰れない」


という噂が広まり始める。

結果、船乗りの間で人工島は「死の島」と恐れられ、私のことを「死神」と呼ぶようになったのだ。

この頃になると、屈強な船乗り達は港を出る時、死の島にたどり着かないように祈りを捧げる程になっていた。


たどたどしいながらも前進して行く彼らを見ていると、まるで我が子がヨチヨチ歩きを始めたかのような、そんな温かな気持ちが湧き上がって来る。

港で祈りを捧げる船乗り達を感じながら、私は微笑んだ。


「……ああぁ……、なんて可愛らしく、そして愛おしいのだろう……。

震えながらも必死に祈りをささげる君も、強がりながらも内心おびえている君も、噂を迷信だと否定している君も……。

……皆が皆、美しく輝いている……。


……あああ……。……出来る事なら、君達を抱きしめたい……。

……出来る事なら、君達に抱きしめられたい……。


……しかし、どうしても出来ない……。


輝ける君達に無価値な私が近寄るなど、到底許されることではない……。

美しい君達に汚らわしい私が触れるなど、到底許されることではない……。


……ああ……、しかし、いや、だからこそ、私は君達を見つめ続けるしかできないのだ……。

……愛しい君よ、可愛らしい君よ……。


……私は君達全員を愛している……。

……心の奥底から愛しているんだ……」


私は僅かに頬を赤く染めながら、新人類の生き生きとした生を感じ続けた。


そんなある日、またしても遭難船が人工島に辿り着く。

しかし、今回の遭難船は今までとは一味違った。

彼らの装備は今までの遭難船とは比べ物にならないほど素晴らしい物だったのだ。


そんな遭難船の船乗り達は人工島を視界にとらえると慌ただしく動き始めた。

そして船乗り達は人工島に向かって必死に叫ぶ。


「生まれたばかりの子供が居るんです! どうか見逃して下さい!」

「ああ! 太陽神さま! お助けください!!」

「早く! 早く帆を広げるんだ! 急いで逃げるんだ!」

「舵が! 舵が動かない! 誰か助けてくれぇぇぇ!!」


恐怖で体を震わせながら、私よりも大柄な男達が必死に頭を下げ続ける。

鼻水を流しながら必死に帆を広げる男も居る。

中には緊張の余り力が入らず、舵を動かせない男まで居るではないか。


そんな彼らを、私は人工島の岬に立ってジッと見つめ続けた。すると一人の男が悲鳴を上げる。


「み、み、み、みんな! 岬を見ろ! あああ! 助けて! 助けてぇぇ!」


彼の悲鳴は全員に伝播し、船上はパニックに包まれた。


「許してください!! 許してください!」

「やつが死神か! なんて恐ろしい目なんだ! 絶対逃がさないつもりなんだ! 全速で逃げろぉぉ!」


「こ、この金の置物を捧げます! どうか見逃してください!」

「俺も金の指輪を捧げます! お願いします! 勘弁してください!!」


すると彼らは船に積んであった金細工を全て海に投げ込み、全力で人工島を離れていった。

そんな彼らの後ろ姿を、私は岬から眺める。


「……ああ……。彼らの背中は、なんて力強いのだろう……。


必死に生を求め、必死に船を動かし、必死に私に対して背を向けて逃げる姿は、なんと勇ましいのだろう……。

涙を流し、嗚咽を漏らし、失いそうになる意識を繋ぎ止め、震える手足で操艦する君たちの姿は、なによりも美しい……。


 ……ああ……。

……愛しい人たちよ……、可愛らしい人たちよ……。

どうか、どうか、死ぬ瞬間まで必死に生き抜いて欲しい……。

どうか、どうか、死ぬ瞬間まで光り輝いて欲しい……」


そして私は、遠ざかる船に小さく手を振り続けた。


それから数日後、船は陸地に辿り着く。

彼らは人工島を見て初めて生還した新人類となったのだ。


そして彼らは人工島の様子や生き残る方法を人々に伝える。その結果、船乗り達は金の置物を欠かさず船に載せる事が常識となった。


しかし一方で、

「死の島を見ても生還出来た」


という情報は世界を駆け巡る。そして人々が死の島を神秘的な存在と見なすまで、大して時間はかからなかった。


曰く、あの島には大量の黄金がある。

曰く、あの島には選ばれた人間しか上陸出来ない。

曰く、あの少女に願いを言えば、どんな願いも叶う。

曰く、あの少女は実は神様である。

曰く、あの少女の正体は世界の平和を守護している女神様なのだ。


どれもこれもが何の根拠もない滅茶苦茶な情報ではあるが、なんと微笑ましいのだろうか。まるで、我が子が「私のお母さん」という作文を書き、授業参観で読み上げているような感覚に近いのでは無いだろうか?


そのうち人工島は「死の島」から「女神の住まう島」へと名前を変えた。

別段何をしたわけでもないのだが、私はどうやら船乗りを殺す「死神」から、新人類を守護する「女神」になったようだ。


やはり「未知の力を持つ存在」というのは神として扱いやすいのだろう。


「自分たちに無い力を持っている」


これだけで、畏怖や畏敬の念が生まれるのは自然なのかもしれない。


次第に私を祭り上げる宗教が生まれ、私を女神とする聖書も作られ始める。

きっちり挿絵まで描かれた聖書には、私が新人類をこの世界に導き、人々を常に見守っているという「妄想」が長い難解な文章で書かれている。


どうやら私は体の一部を切り離し、既に何体かの天使を生み出しているようだ。

時々、悪人や悪魔に苦しめられる善良な人々を救う事もしているらしい。


(随分とボランティア精神が旺盛のようだな、私は)


彼らの可愛らしい妄想を見るうちに、私は小さく微笑んだ。

この頃からだろう。バリヤーの内側と外側に私と「私」が居るようになったのは。

まさか、私が「私」を観察対象にする事になるとは、予想もしていなかった。


新人類は、いつも私を驚かせ、喜ばせ、温かな気持ちにしてくれる。


「……まったく、まったく……、君達は何て可愛らしいんだろうか。

……まったく、まったく……、君達は何て愛しいんだろうか」


私は頬を赤く染めながら身悶え、熱の籠った吐息を漏らし続けた。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんだが描写がふわふわしているような。地に足つかない感じがして、頭に入ってこない感じ。 全体的に説得力が不足しているのだろうか。 主人公の言動にも、心が感じられず、単に役者のように感じられた…
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