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19 緊急事態

世界に存在する加護者は、年に一回だけ女神教の総本山に集まることになっている。

これは絶対的な規則であり、例え生まれたての赤子であっても例外はない。

もちろん赤子に魔法車の運転をさせる訳にはいかないので、最寄りの特別神官が赤子の世話をしながら総本山へと連れて行くことになっている。

そして総本山に集まった加護者達は、そこで別々の場所へと移動する。


特別神官として働く加護者は巨大な会議室へと向かい、そこで一年を通じて感じた世界に対する所見を述べて今後の女神教の方針を決めるという大事な仕事を行う。

まだ特別神官として働いていない加護者は年齢別に分けられ、女神教に関する教育を受けたり、特別神官になったら行う業務を特別な施設で疑似体験することになっている。

流石に赤子や幼子に何かをさせるわけにはいかないので、そういった加護者は子守を専門とする神官たちが面倒を見る事になっているのだ。


もちろん、俺もこの集まりには毎年参加している。

そして小さい頃は他の加護者達と普通に遊んでいたが、物心がつくようになると周囲の加護者が徐々に異常に見えてくるようになった。


なんというか、


(俺以外の加護者は頭がおかしいのではないだろうか?)


という想いが生まれ始めたのだ。


例えば、可愛らしい下級神官が歩いていたので、


「おい! あそこに可愛い子がいるぞ!」


と同期の加護者に言ったことがある。

すると、そいつは不思議そうな顔をしながら、


「そうだな? ……だから??」


と言ってきやがった。


「い、いや。だから可愛い子がいるんだぞ? 俺たちが誘えば、必ず着いてくるんだぞ?」

「誘う? 女神教の教義を教えるつもりか? 志は素晴らしいが、私たちはまだまだ未熟者だ。他人に教義を教えることなど出来んぞ?」


等と、毎回こんな感じの返答を真顔で言ってくるのだ。

その瞬間から、俺は目の前に立っている人間が同じ人間ではないように思えるようになった。


いや、こいつだけではない。

周囲にいる特別神官も、下級神官も、女神教を信じる信者たちも、全員が全員、同じ人間ではないように思えた……。

そして俺は思い至る、


(ひょっとして、世界は狂っているのではないだろうか?)


と。

以降の日々は、俺にとって茶番にしか感じなくなった。


日々教えられる女神教の教義も、大切な祈りの時間も、人々の信仰も、巨大な神殿も、立派な特別神官の礼服も、周囲の人々も、女神を賛美する父も母も。

全部全部全部、なんの価値も見いだせなくなった。


結果、俺は偽りの加護者として狂人に囲まれながら価値のない世界を生き抜く決意を固めるしかなかった。

それしか、俺の身を守る方法が見つからなかったからだ。


そんな俺を、周囲の狂人たちはもてはやす。

最早、滑稽でしかなかった。



……そして、ある意味で恐怖でしかなかった……。



そんな事を考えながら、俺は小さく鼻で笑う。

そして俺は下級神官によって会議室へと案内され、指定された席に座ると会議が始まるのを待った。


その後、全ての特別神官が着席した事を確認すると司会役の特別神官が大神官様を呼びに行く。

するとヨボヨボになった大神官様が現れ、杖をつきながら会議室で一番大きな席に座った。

この瞬間から今年の会議が始まる。


会議の進行は単純で、一人一人が世界に対する己の所見を述べていくだけだ。

ベテランの特別神官達は流石としか言いようが無い所見を述べ、そのうちのいくつかが会議の議題になった。

一方で俺みたいな新人特別神官に会議のテーマになりそうな重要な所見などある筈が無い。

まあ精々、


「最近は他人を思いやる気持ちを持たない者が増えてきたように感じます」


という程度だろう。

こんな毒にも薬にもならない発言で会議が動くはずもなく、少数の特別神官が頷いただけだった。


これで俺の仕事はおしまい。

あとは着席して会議が終わるのを待つだけだ。

夕方になれば会議は一度解散して、翌朝から続きをやる。

こんな会議が1週間程度続くのだ。


正直暇で暇でしょうがないが、ここは女神教の総本山がある大国だ。

という事は、この国には大勢の美人な女どもがワンサカいるわけだ。


いや、それだけではない。

神殿では大勢の下級神官どもが働いている。

その中には可愛い神官も大勢居る。

より取り見取りだ。


俺が声をかければ、女どもは嬉々として部屋についてくるだろう。

どうせ子供が出来ても世話をする必要なんか無いんだ、女とは気楽に遊べる。

実際、俺の子供を孕んだ女の一族代表が俺に会いに来た事があった。


「ありがとうございます! ありがとうございます! 加護者様の子供を授かる事が出来るなんて!! これほどの幸せはありません!! 産まれる子供は我が一族の宝として大切に! 何不自由なく育てます!」


そしておっさんは「お礼の気持ち」として大量の高級品を貢物として持ってきた。


(いやぁ、好きなだけ女が抱けて、後腐れが無いというのは最高だ。

孕ませれば孕ませるほど感謝される。


特別神官というのは一度やったらやめられないな!!

時々偉そうに聖書の一文を読み上げるだけで、周りの無能どもは泣いて感謝する。

よく分からんトラブルに巻き込まれたら、黙り込めばいいのだ。

そうすれば周りが勝手に誤解して、勝手に解決する。


それもこれも女神様と大神官様のお陰だ!!

あなた方には、毎晩毎晩感謝しているんですよ?

女どもを布団代わりにしながらですがね!!)


俺は心の中でゲラゲラ笑いながら、外形は平静を保った。

この程度の事はお手の物だ。



そして夕方、今日の会議は終わった。

これで翌朝まで自由時間だ。


(さて、何をしようか?

街に出て好みの女でも探そうか?

ここは大国だから、寄進される品にも期待が持てるな)


俺はそんな事を考えながら、会議室を出ようとした。

その瞬間、何の前触れもなく、夜空に巨大な「光の玉」が現れ、外はまるで昼間のようになったのだ。


俺は輝く光の玉を見上げながら、呆然とするしかなかった。


緊急事態発生により、会議は延長された。


時計は既に夜9時を示している。

しかし、夜空に次々と光の玉が現れる為、外は夏の昼間のように明るい。


光の玉は音もなく唐突に現れると、数秒間太陽の様にギラギラと輝き、また音もなく消えていく。

夜空にはそんな光の玉がいくつも現れては消えていくのだ。


これを異常事態と呼ばずに何と呼べばいいのだろうか?

会議室は騒然としている。


「あの光は一体何だ!! 何が起こっているんだ!!」

「これはただ事ではない!! 世界の危機かも知れんぞ!!」

「もしや巨大な魔物が暴れているのか!?」

「夜空に輝く魔物が居るとでも言うのか!? 馬鹿馬鹿しい!! 夜空に輝いて一体何をしようというのか!!」


普段は平静を保っている特別神官達がうろたえ、お互いに怒鳴りあうように討論している。

そんな様子を、俺は興味も無さそうに見ていた。


(俺にとっては、何が起ころうとも事はどうでもいい。

こっちは今夜の予定を考えなくちゃいけないというのに……、迷惑な話だ。


……そういえば、さっきチラリと見えた2級神官は中々可愛かったな。

よし、今夜はあいつで遊ぶとしよう!)


俺がそんな事を考えながらニヤニヤしていると、椅子に座っていた大神官様が立ち上がり、言い放った。


「静粛に」


大神官様の言葉で騒然としていた会議室は静まり返る。

すると大神官様は、力強く宣言したのだ。


「今こそ! 我ら加護者の力を見せる時ぞ!」


この一言で、俺の運命は決まった。



大神官様は続けた。


「皆!! 心の耳を澄ましてみよ!! 聞こえるだろう!! 女神様のお声が!! 今! 女神様は戦っておられるのだ!! 世界の敵!! 真の魔王と!! あの光の玉は女神様と魔王の戦闘光なのだ!!」


大神官様の発言を聞き、特別神官達は祈りの姿勢をとる。

もちろん俺も周りが祈りの姿勢を取ると同時に、その場に跪き、周りと同じ祈りの姿勢になった。

すると所々から特別神官達が声を上げる。


「大神官様!! 私にも聞こえました!! 女神様のお声が!!」

「ああ!! 感じます!! 今! 女神様は戦っておられる!!」

「これは!? 女神様の近くに感じる邪悪な気配は!? こやつが魔王か!!!」


(……はっきり言おう。

俺は何も聞こえんし、何も感じない。

こいつら本当に頭は大丈夫だろうか?)


そんな俺を置いてきぼりにするように、特別神官達は涙を流しながら次々に女神の声が聞こえたと騒ぎ出す。

大神官様は続けた。


「お主らも聞こえたか!! 感じたか!! 今!! 女神様は魔王を倒さんと戦っておられるのだ!! 今こそ!! 我ら加護者はその使命を果たす時なのだ!!」


(使命を果たす?)


「女神様は我らに力を与え!! 加護を下さった!! そのお力をお返しする時が来たのだ!!」


大神官様の言葉を聞き、俺の直感が騒ぎ始める。


「女神様はあらん限りの力で魔王と戦っておられる!! しかし! 皆も感じるであろう!! 女神様が苦戦しておられるのを!!」


(俺は何も感じない! 何も感じないんだ!!)


「女神様が苦戦する理由! それは女神様が人類に力を与え過ぎた為だ!! だからこそ! 我らは女神様にお力をお返しせねばならない!! 無論!! ただ返すのではない!! 加護の力と共に!! 我らの信仰心を共に届けるのだ!! 加護の力が女神様に戻り!! 我らの信仰心が女神様の力となれば!! 魔王なんぞに女神様は負けはしない!!」


(何を言っているんだ? 加護の力と信仰心にどういった繋がりがあるんだ?

信仰心が力になる?! そんな事は聞いた事も無いぞ!!)


「皆の者!! いざ逝かん!! 女神様の元へ!!」


(な、何を言っていやがる狂人が!!!)


あまりに突拍子も無い事を言い続けるクソジジイに俺が絶句する一方で、他の異常者達は涙を流しながら感動していた。


「女神様!! ワシの燃えるような信仰心を火の玉として魔王に投げつけて下さい!! 必ずや魔王を燃やし尽くしてご覧に入れます!!」

「我が信仰心は鉄壁の如き硬さがございます!! どうか!! どうか!! 我が信仰心で壁を築き!! 弾除けとしてお使い下さい!!」


異常者達は女神様に己の信仰心を使って戦って欲しいと騒ぎ出す。


(こいつら!! 少しは自分の頭を使って考えろ!!

死ぬんだぞ!? クソジジイの妄言に付き合わされて死ぬんだぞ!??

この馬鹿どもは、自分たちが何をしようとしているのか理解しているのか!?)


すると会議室の扉が開き、下級神官達が透明な液体の入ったグラスを持ってくる。

そして全ての特別神官にグラスが行き渡ると、クソジジイが騒ぎ始めた。


「皆! これは毒杯である!! これを飲み!! 肉体を捨て! 加護の力と信仰心を女神様に届けるのだ!!」


クソジジイの言葉に、異常者達は大歓声を上げた。

そして、クソジジイがグラスを高々と掲げて何か言おうとする前に、俺は叫んだ。


「お待ち下さい大神官様!! 今! 女神様の元に馳せ参じても! 我らは大した力を出す事が出来ません!!」


俺の言葉に周囲は驚き、全員が俺を見る。

そんな視線を気にせず、俺は続けた。


「肉体と信仰心は繋がっております!! 我らは数時間前に昼食を食べたきり! それ以降! 何も口にしておりません!! 腹が減っては戦は出来ません!! せめて夕飯を食べ!! 腹を満たしてから女神様の元に逝きとうございます!」


俺の言葉に異常者達が反論する。


「貴様は何を言うのか!?」

「我が信仰心が空腹程度で弱まるとでも言うのか!?」

「今は1秒を争う時なのだぞ!! 何を悠長な事を言っておる!!」


そんな戯言に、俺は大声で答えた。


「この戦は世界の平和を守る大事な戦です!! 可能な限り勝率を上げるべきです!! 確かに1秒を争う事態ではあります!! しかし!! だからといって不完全な状態で女神様のお力になれるでしょうか!? 先ほどから戦闘光は続いております!! まだ時間に余裕がございます!!」


俺はビカビカと光り続ける夜空を指差して叫び続けた。

まさに、必死だった。


「今すぐに料理を作らせ! 我らの腹を満たしましょう!! ここ一番で女神様を失望させるのが! 加護を持つ者のすべき事なのでしょうか!?」


俺の言葉に異常者達は反論しようとしたが、それをクソジジイが止めた。


「お主の言う事ももっともだ。急ぎ、料理を作らせよ」


クソジジイの言葉に下級神官たちは動き出す。

そして調理場で料理人達が調理を始めたのだった。



俺は騒がしい会議室を抜け出し、調理場へ急いだ。

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