17 復活した女神教と加護者の生活
何台もの貨物車を連結した巨大な魔法車が、ゴトゴトと音を立てながら魔物の襲来から国を守る防壁へと近づいてくる。
すると分厚い防壁の上で人々が慌ただしく動き始めた。
ある者は車両を防壁に上げるための吊り通路を下ろす準備を始める。
軍人達は吊り通路を登るであろう魔物に対処する為に杖を構える。
また、教会関係者は服装を正し、商人たちは貨物車に乗っているであろう商品のリストを再確認する。
人々が準備を進める中、魔法車は防壁に辿り着いた。
そして下ろされた吊り通路を器用な運転で魔法車は登り始める。
そんな魔法車を追いかけるように何匹もの魔物が通路を登るが、防壁上部から軍人達が魔物を狙撃していく。
何台もの貨物車が連結された魔法車は攻撃魔法が降り注ぐ中で通路を登り続け、手慣れた様子で防壁上部に存在する駐車場に車両を固定する。
すると何人かの軍人が魔法車に近寄り、
「加護者様! 少々お待ちください!」
と大声を発し、車両の影に隠れていた魔物の駆除を開始する。
それらの作業の全てが終わった後、ついに運転手である加護者が姿を現した。
すると人々が加護者に駆け寄り、首を垂れる。
「加護者様! 長旅! お疲れさまでした!!」
そんな人々に対して、加護者は笑顔で答えた。
「皆、元気そうだな。良かった良かった」
「はい! 女神様の守護の元! 我が国は普段と変わらぬ生活が営めております!」
「いやさ、この国だけではない。世界に住まう全ての人々を魔王の魔の手からお守りしてくださる我らが唯一の守護神様なのだ。慈悲深き女神様に対する信仰と感謝の心は決して忘れてはならんぞ?」
「はい! もちろんでございます!!」
その言葉を聞いた加護者は嬉しそうに微笑む。
そんな加護者を応接室に招いた人々は、旅の疲れを癒していただこうと一杯の酒を用意していた。
しかし、それを見た加護者は人々を手で制する。
「ふむ、我が体に酒を入れるわけにはいかぬ。我が体は女神さまの物であり、女神さまの意思によってのみ動かされるのだ。そんな大切な体が僅かでも酩酊するなどあってはならないからな」
「!! こ、これは!! 大変失礼いたしました!!!」
「良い良い、お主らも悪意があってやったことではあるまいしな。……しかし、そうだな……、喉は乾いておるでな。車の中では生ぬるい茶しか飲めなんだ。良ければ冷えた茶を一杯頂けるかな?」
「承知いたしました!! すぐにご用意致します!!!」
そして人々は大慌てで酒を引っ込めると、代わりに良く冷えた一杯の茶を用意した。
加護者はグラスすらも冷やされた茶をグイっと飲み、
「うむ! この茶は美味いな! もう一杯頂けるかな?」
と微笑んだ。
この瞬間。
用意されていた茶を取り扱っている商人は小さくガッツポーズをしていたが、加護者はそれに気が付くことはなかった。
女神教が復活し、世界は教会によって運営される事になってから数十年が経過した。
既に各国の悪魔信仰者達の大半は処刑されたのだが、どうやら魔王は世界征服を諦めていないらしく、未だに世界には多くの凶悪な魔物が存在している。
その為、世界は物流網を失い、国家間の貿易は途絶えて久しい。
更には遠くの相手と通信出来る魔法等存在しない為、人類は情報網すらも失ってしまった。
そんな世界を建て直すべく、教会は加護者を用いて物流網と情報網の管理を始めた。
基本的に加護者は魔物に襲われる事が無い。
そんな加護者が貨物車が何両も連結された魔法車を運転し、大量の物資と情報を世界にもたらしているのだ。
その結果、教会は絶大な権力を持ち、加護者はまさしく「女神様の使い」として扱われる事になった。
そんな聖なる加護者として、俺は生を受けた。
俺が産まれた時の事を、両親は今でも誇りに思っているらしい。
俺の両親は二人とも女神教の1級神官だ。
二人とも幼い頃から神童と呼ばれる程に賢く、若くして1級神官になった実力者だ。
もちろん様々な能力が高かったという事もあるのだろうが、それ以上に両親は女神様に対する絶対的な信仰心を持っているのだ。
そんな両親の間に、俺は生を受けた。
基本的に、全ての赤ん坊は産まれた時に加護者かどうかを判定する事になっている。
大半の赤ん坊は加護者ではないのだが、数十万人から数百万人に一人の割合で加護の力を持つ赤ん坊が産まれてくる。
そんな貴重な加護者として俺は産まれた。
俺が加護者だという事が分かった時、父はその場に跪いて数日間も寝ずに祈り続け、産後間もない母は倒れるまで賛美歌を歌い続けたという。
俺の誕生を親族全員が祝福し、町ではパレードが行われたそうだ。
俺は生まれながらにして女神様の加護を持ち、そして将来は特別神官になる事が決まっていたのだ。
この特別神官というのは、簡単に言うと「人生のプレミアムチケット」みたいな物だ。
生まれながらにして特別扱いされるだけではなく、どんな事をしても肯定され、そして賞賛される。
女神教の神学校に入った時もそうだ。
神学校で長年に渡り教師をしている2級神官や1級神官達は全員が俺に敬語を使うし、俺が廊下を歩いていると脇に移動して首を垂れる。
その辺の小さい神殿に居るような3級神官なんて、土下座に近い挨拶をしてくる位だ。
更に、俺がどんな事をしても関係ない。
俺は昔から少々短気な所があった為、学生時代には気に入らない奴を殴りつけるなんて日常茶飯事だった。
しかし、誰も反撃してこない。
一度だけ、俺を睨みつけてきた奴は居た。
その瞬間、俺は感じたことのない憎悪を感じて動きが止まり、心臓がバクバクと激しく動いた。
一方でそいつは周りに居た生徒や教師達に取り押さえられ、1時間もすると退学処分になってしまう。
しかし、俺の一生においてあの時の奴の目は忘れる事の出来ない記憶として刻まれることになった。
そんな事もあったが、基本的に俺は自由だった。
気に入った女子が居たら空いた教室に連れ込み放題だったのだ。
傑作なのが、散々俺が楽しんだ後、ボロボロになった学生服を身にまとった女子が、
「加護者様……、愚かな私如きにお情けを頂けるなんて……、身に余る光栄……、深く……、深く感謝いたします」
等とアホな事を言いながら、嬉しそうに頭を下げる。
そして周囲に、
「私は加護者様からお情けを頂けた!」
と嬉々とした表情で話して回るのだ。
そんな話を聞いた他の女子たちは、
「次は是非とも私にお情けを頂くことはできませんでしょうか? もちろん、謝礼は用意いたします」
と懇願してくる。
仕方がないので俺は学校に命じ、俺専用のお情け部屋を作らせた。
そして毎日毎日、女子たちに「お情け」を与え続ける、所謂「奉仕の学生時代」を過ごしてやったほどだ。
加護者である限り、俺は何をしても賞賛される。
多分、殺人程度では罰せられる事も無いんじゃないだろうか?
俺が、
「この者は悪魔信仰者であった。よって罰したのだ」
とでも言えば、周りの連中は勝手に納得し、俺を英雄扱いするだろう。
そして神学校を卒業して正式な特別神官ともなれば、俺専用の楽園を作る事すら出来る。
特別神官の基本的な仕事は「物流網と情報網の管理」そして「信仰の維持」だ。
正直言って、俺以外の特別神官たちは頭に「クソ」が付くほど真面目に仕事をしている。
特別神官は一人一人担当区域が決まっており、酷い時代にはたった一人で数ヶ国を管理していた時もあるらしい。
しかし最近はそれなりに特別神官も増えた為、そこまで過酷な事は無い。
その証拠に、俺が担当しているのはたった二カ国だ。
そして現在。
俺は担当している二カ国の間を行ったり来たりして、色々な物や情報を運んでいる。
もし、魔物が居なければ一般的な魔法車でも2日もあれば辿り着く位置にある隣国同士だ。
だが今そんな事をしたら、加護を持たない一般人は簡単にひき肉になってしまうだろう。
(……いや、なって貰わないと困る。
もし一般人にそんな事が出来てしまったとしたら、俺は廃業してしまうではないか)
そんな道を、俺は巨大な魔法車を操り進んでいく。
街道では時折魔物を見かける事もあるが、こちらから刺激しなければ何もして来ないのは熟知している。
……まあ、大半の魔物は大型の魔法車を見ると驚いて逃げ出していくのだがな。
(お。遠くに壁が見え始めたな。そろそろ到着か)
そんな事を考えながらハンドルを動かしていると、遠くに街を囲む壁が見え始めた。
あそこは俺が担当している国の一つで、大きさは一般的なサイズと言って良い。
恐らく、数時間で到着するだろう。
俺は国に着いたら何をしようか考え始め、ニヤニヤと笑った。
数時間後。
魔法車は大きな壁の下に到着すると、壁の上から通路が下ろされる。
この通路は加護者が操る魔法車が来た時のみ下ろされる物で、普段は壁の上部に格納されているのだ。
もちろん、魔物どもは下ろされた通路を登ろうとするが、壁の上に居る兵士達が攻撃魔法を放って魔物を殺していく。
そんな攻撃魔法を縫うようにして、何台もの貨物車が連結された魔法車が坂を登り始める。
俺はハンドルを握りながら、チラリと窓の外に視線を向けた。
魔法車の外では壮絶な戦いが繰り広げられているが、これは日常茶飯事だ。
この長い長い魔法車が通路を上りきるまで、戦闘は続くのだ。
そんな激戦を尻目に、俺は慣れた手つきで魔法車を操り壁の上に作られた駐車場まで誘導する。
そして魔法車に飛び乗っていた何体かの魔物を兵士達が処理し終わったことを確認すると、ようやく俺は魔法車から降りることが出来た。
すると、
「お待ちしておりました加護者様」
と言って、無能な馬鹿どもがペコペコ頭を下げながら挨拶をしてくる。
こいつらの大半は教会関係者だが、一部には商人も混ざっている。
(ふん、こいつらは俺が居ないと生きていけないクズどもだ。
頭を下げる程度では無く、いっそ毎回土下座でもしていろ。
……まあ、そんな事をされたら余計に時間がかかってしまうので、俺が困るか……)
俺が魔法車を後にすると、商人達が貨物車両に積まれた商品の確認を始める。
そんな下賤な連中がコバエのように動き回る中、俺は城壁近くの応接室に通された。
そこで国を統治する神官どもに他国の情報を与えるのも大事な仕事となっている。
(全く……。
毎回毎回、辛気臭い顔をしたクズ共と何で俺が会話なんぞせねばらんのか。
この時間が一番嫌だ)
そんな拷問のような時間が終わると、俺は晴れて自由の身だ。
といっても貨物車両に荷物を積んだり、魔法車の巨大な魔石に魔力を補給するまでの間という時間制限つきではあるのだが。
それでも3日程度はここに居られる。
その間、この国で俺に逆らえる奴は一人も居ない。
「さて、楽しませてもらおうか」




