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11 女神教の復活

そして時は流れ、男達が決意を胸に旅立ってから数十年が経過した。


既に男は両目を失っていた。

目だけではない、両足の膝から下も失い、右腕は肘から先が動かない。

更に男の象徴たる部分はズタズタに切り裂かれ、肌には所々に痛々しい火傷や悲惨な怪我があった事を証明する跡が残っている。


これらは全て、男が受けた拷問や処刑の跡だ。

彼は加護者を率いて各国を巡り、信仰を広めた。

その結果、女神信仰は復活したのだが、それと同時に彼は己の体の自由や多くの仲間を失った。


そんな男が長い長い廊下をフラフラと歩いている。

杖を突き、失った足の代わりに義足をつけているが、自由に歩ける物ではない。

そもそも既に彼は老人と言っていい年齢であり、目の見えない彼が一人で自由に歩ける筈も無かった。


終に男はバランスを崩し、倒れそうになる。

すると彼の前後左右からいくつもの手が伸び、彼を支える。

そして人々は口々に彼を心配して声をかけた。


「大神官殿! お怪我は!? お怪我はございませんか!?」

「大神官殿! どうか私の背をお使いください! どの様な事があっても! 大神官殿をお守りいたします!」

「やはり今日は中止になさった方が良いのでは……」


男を心配する人々に、彼は優しい声で答えた。


「皆、気遣い感謝する。しかし、心配するな。私はまだまだ大丈夫だ」


そして男は杖を持ち直すと、己の力だけで立ち上がり歩き出した。


歩き出した男の周りには、彼が着ている物と同じ真っ白な神官服を身にまとった特別神官達が居る。

彼ら彼女らは全員が加護者である。

そして加護者達は目の見えない男を心配し、彼の歩調に合わせてゆっくりと長い廊下を進んているのだ。


ゆっくり進む一行が、長い長い廊下の先にある大きなバルコニーに近付くと、段々と外の声が聞こえ始める。

その声を聞いた男は一瞬立ち止まると、杖と義足に力を入れて力強く歩き始めた。


そしてバルコニーへ続く扉を両脇に控えた特別神官が開き、神官達はバルコニーに出た。

バルコニーに彼ら彼女らが現れると、大歓声が巻き起こる。


神官達が居る場所は女神教の総本山であり、世界に一人だけ存在する大神官が住む巨大な神殿であった。

そんな巨大な神殿のバルコニーに加護者達は現れたのだ。


眼下には、国中から駆けつけた信者達が居る。

その数は数万人という大観衆だった。


手に女神像を持ち、大神官の姿に涙を流して感動する若い女性。

集まった神学生達は新約聖書の第一章から暗唱を始めた。

ところどころに賛美歌を歌い始める集団も居る。


男はその光景を見ることは出来なかったが、感じる事は出来た。

そして、もう見えない目から涙を流したのだ。


「……女神様……、見ておられますか……?

……終に……、……終に……、世界を正常なる形に戻す事が出来ました……」


男は誰にも聞こえないくらいに小さな声を発すると、静かに祈りの姿勢を取る。

すると今まで騒いでいた大観衆も、そして男の周りに居る加護者達も、彼と同じく祈り始めたのだ。


ここに、女神教は完全なる復活を遂げた。



人工島に小さな拍手の音が響く。

私は椅子から立ち上がり、ポロポロと涙を流しながら男に向けて拍手した。


(もしも、この男が人ではなく宝石だったとしたら、どのような宝石になっただろうか?


その一点の曇りも無い魂は、透き通ったダイヤモンドとなっただろうか?

燃えるような熱意を宿した瞳は、サファイヤとなっただろうか?

人々に対する深い愛は、アメジストとなっただろうか?


あの男の人生はどの瞬間も、まるで宝石のようだ!

カッティング等という無粋な真似は必要ない!


そのままで美しい!

そのままで輝いている!


もしも宝石だったなら!

是非とも!! 私のコレクションに加えたかった!!)


そんな妄想をしながら、私は男に向けて拍手を続ける。


男は女神教の頂点である大神官となった後も、世界に信仰を広めていく。

そこに差別は無く、正に「女神」の如く、彼は人々に深い深い愛情を注いだ。


(ああ、まるで昨日のように思い出せる。

これはまだ、大神官たる男が仲間と共に女神教を広めていた時の話だ)


私は少し前の、まだ男が仲間と共に各国に教えを広めていた頃の事を思い出した。



その昔、大神官は多くの困難を仲間達と共に乗り越え、とある国に信仰を広めた。

そして悪魔信仰者である王侯貴族を拘束し、彼は広場で大勢の人々と共に祈りを捧げていた……。


そして、大神官が祈りを終えた時だった。

全身から血を流す男達が、彼の前に放り出されたのだ。


大勢の人々に殴られ蹴られしたであろう男達は、ブルブルと震えながら周囲の人々に怯えた目を向けている。

そんな彼らに周囲の人々は容赦無く罵声を浴びせると、石を投げ始めた。


男達は悲鳴を上げたが、手足を太い縄で縛られた彼らは飛んでくる石を防ぐことすら出来なかった。

いくつもの石が彼らの頭に当たり、鮮血が流れ出す。


その光景を左目で見た大神官は慌てて飛び出し叫んだ。


「やめろ! やめるんだ! お前達は何をやっているんだ!」


すると一人の若者が答える。


「大神官様! こやつらは大神官様の体に鞭を打ち続けた極悪非道な拷問官でございます! こやつらも悪魔信仰者と同じく処刑するべきです!!」


若者の言葉に周囲の人々も同意し、騒ぎ出す。


「そうだそうだ!」

「こいつらは魔王の手先です! 悪魔信仰者と同じ牢に閉じ込め! そして処刑するべきです!!」


そんな言葉を聞いた大神官は顔を赤くし、人々を怒鳴りつける。


「何を馬鹿な事を言っているんだ! 

おおおぉい!! この中に医者は居ないのか!? 

急いで彼らに治療を!! このままでは死んでしまう!!」


すると大神官の命令に従って群集から数人の医者が現れ、傷だらけの男達の治療を行う。

その様子を確認すると、彼は大声で群集に問いかけた。


「この中に! 悪魔信仰者の命令に従わず! 女神教を救おうとした者が一人でも居るというのか!? 

信仰を捨てず! 聖書を捨てず! 欠かすことなく祈りを捧げていたと言う者は一歩前に出ろ!!」


広場に大神官の声が響いたが、人々は俯くばかりだった。


「さあ! 一人でも居るのか!? この中に一人でも居るというのか!?」


大神官は群集を睨みつけるが、誰も彼と目を合わせる事が出来なかった。

広場は静まり返り、ただ彼の声のみが響く。


すると大神官は周囲を見渡し、優しい声で群集に語りかけた。


「皆、同じなのだ。皆が悪魔信仰者に騙されていた被害者なのだ。

女神様を魔王と子供達に教えた教師も、女神教を取り締まっていた役人も、そしてもちろん、彼ら拷問官もだ。


皆が皆、悪魔信仰者達に騙された被害者なのだ」


すると大神官は地面に倒れている拷問官のリーダーに近寄り、そっと彼の手を握ると微笑みながら言った。


「どうか、どうか。お主らの力を使って、世界を正しい方向へ導く手助けをして欲しい。

お主らの力を世界の為に、そして女神様の為に使って欲しい。


お主らには、それが出来る筈なのだ」


その言葉を聞き、大神官の右目を潰した拷問官のリーダーは涙を流した。

その言葉を聞き、大神官の体にいくつも焼印を押した拷問官は嗚咽を漏らした。

その言葉を聞き、大神官の体に何度も鞭を振るった拷問官はただただ感謝し続けた。


この瞬間、彼らは救済されたのだ。



そして現在、拷問官達は敬虔なる女神教徒となっている。


彼らのネックレスには小さな女神像がぶら下がり、着ている服には聖書の文言が描かれている。

更に拷問室には小型の女神像が設置されており、彼らは像の前に跪くと、毎日欠かさず祈りを捧げているのだ。


そして、祈りの時間が終わるやいなや、彼らは立ち上がり「仕事」を始める。

彼らに与えられた仕事は


「捕らえた悪魔信仰者達から魔王につながる手がかりを見つけ出す」


という物だった。


これは、大神官が彼らに直接任せた神聖な仕事である。

彼らは大神官の期待に答える為に、世界の為に、そして何より女神様の為に、持てる全ての力を使って与えられた使命を果たそうしているのだ。


一方で、台に縛られ身動きがとれない元王族、元貴族達は必死になって叫び続けていた。


「や、やめてくれ!! 知らない!! 

魔王なんて私達は何も知らないんだ!! 

頼む! 本当に知らないんだああああああ!!」


しかし、訴えは無駄に終わる。

そして今日も、拷問室には悪魔信仰者達の悲鳴が響き渡るのだった。






こうして、悪魔信仰者とされた王侯貴族はことごとく拘束され、拷問され、処刑された。

そして王の像も、特殊部隊の像も、全てが破壊されてしまう。


大神官たる男にとって、これらは明確な「敵」だったのだ。

そんな敵に対して、彼は一切の容赦をしなかった。


それだけではなく、世界中に広まっていた特殊部隊を称える物語は全て破棄される。

もし、その物語を少しでも語ろうものなら、どのような人物であろうとも処刑された。


代わりに特殊部隊を蔑む物語が作られ、歌が作られ、演劇が作られたのだ。


どうしようも無い程に愚かで、全く救いようもないクズどもが、神聖なる女神様に刃向かう物語。

それは世界中に広まった。


神殿では魔王の手下となった愚かな王達が人々を扇動し、女神様に刃向かう物語が演劇として披露されている。

女神教に対する弾圧も、その後の2週間にわたる神島に対する愚かな侵略も、その全てが演劇で人々に伝えられているのだ。


そして、そんな愚行を続けた人々に相応の結果が帰ってきた。


この世界を守っている女神様の力が弱まり、魔王は強力な魔物を送り込む事に成功してしまう。

その結果、当時の世界で最大規模を誇っていた大国は、たった一晩で強大な魔物の群れによって崩壊してしまった。


しかし、それでも愚かな王達は魔王に忠誠を誓い、女神様に刃を向け続けた。

そして彼らは女神様を殺す為の暗殺部隊まで作り上げてしまう。


そんな暗殺部隊のメンバーは、どいつもこいつもクズばかりであった。


脳ミソまで筋肉で出来ている愚かな騎士。

下卑た思考しか出来ない宮廷魔法使い。

とある滅んだ国の元王族でありながら、墓荒らしを生業とした卑しい盗人の娘。

貴族として生まれながらも、死者すら蘇らせる等と人々を騙し続けた詐欺娘。

そして、女神様を心の底から恨む愚かな貴族の小僧。


そんな暗殺部隊は、嬉々として女神様の居られる聖なる島へと旅立った。

そして僅か数日で聖なる島にたどり着いた暗殺者達は、聖なる島の周囲に居た魔物と共に女神様に牙を向ける。


女神様は、必死に戦った。


既に信仰の力を失い、更には魔物達に攻撃されて満身創痍の身でありながらも、女神様は人類を守る為に必死に戦ったのだ。

そして、あらん限りの力を使い、女神様は暗殺部隊を撃滅する事に成功する。


だが、その戦いによって女神様の力は更に弱まってしまった。

最早、世界は暗黒に支配され、この世の終わりかと思われた。


しかしその時、女神様は最後の力を振り絞って奇跡を起こす。

たった一人の男に加護をもたらし、男に信仰を広めるように伝えたのだ。



このシーンが演劇で一番盛り上がるシーンだ。

信者達は涙を流して感激する。



男は仲間と共に襲い来る困難を乗り越え、民衆に信仰を広め、世界を救った。


男に導かれた人々が女神様を信仰するシーンで演劇は終わる。



「こうして、世界はあるべき姿を徐々に取り戻しつつあるのです。今も、女神様は私達を見守っておられます。


さあ、祈りましょう!今日の平和を女神様に感謝して!」


そんな台詞で演劇は締め括られた。

このような演劇が世界各地で毎週繰り広げられる。


そして人々は毎週行われる似た内容の演劇を見るために、各国に建設された女神教の劇場に通うのだ。

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[一言] 両目がないのに左目で見てるぞ!!!
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