キジムナー
宜しくお願いします。
僕は夕暮れ時、真っ赤に染まった海辺の砂浜で、キジムナーを見つけた。キジムナーと言うのは全身緑色をした、手足に鋭い爪を持つ、醜い妖怪だ。背丈は五、六歳の子供くらいしかない。この妖怪は近所の子供等にいじめられるということが度々あった。手足に鋭い爪を持つものの、気が極端に弱く、歯向かう、ということを知らないのだ。子供等もキジムナーのそういった性質を完全に見抜いているのだ。その日も彼は育ちの悪い悪坊主共のいじめの標的にされていた。
「何でお前人間の村にいるんだよ!」
「森に帰れ!」
「気持ち悪い」
「死ね」
「臭い、臭い」
そういった言葉が間断なくこの妖怪に浴びせられる。彼はいつもの様に無抵抗で、無条件降伏している。その体は小刻みに震えている。
頭を抱えてしゃがみ込んでいるキジムナーに坊主共は砂をかける。何度もわき腹などを蹴り、石で頭を殴りつける。そして、最後には子供同士手を繋いで、この気弱な妖怪を円になって囲む。
帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、帰れ、
永遠に続くとも思われる彼への罵声。
真っ赤な夕日を背に受けて、キジムナーと坊主達が黒く浮かび上がる。まるでそれは何かの儀式の様にも見えた。
「もうやめんか」
この妖怪があまりにあわれになり僕は坊主等の中へ割って入った。
子供等は散るように去って行った。もう夕日が完全に沈もうとしている。辺りは暗くなり始め、風が冷たくなってきていた。
キジムナーは恐る恐る僕を見上げた。その様子はまるで子犬の様だった。
「大丈夫か?」
僕は妖怪の体についた砂を払ってやった。彼はオドオドしながら僕の様子をうかがっていた。
僕がこういう行動に出たのは彼が可哀想になったからだが、実は別のことがかすかに頭をよぎったからでもあった。この妖怪はよく村に姿を現すが、彼の棲家がどこにあるのかは誰も知らなかった。うわさによるとこのキジムナーの様な妖怪は自分の棲家に様々な宝を隠しているというのだ。僕はそのうわさが気になり、そして、そのうわさに後押しされてあの様な行動に出た。ここでこのキジムナーに恩を着せて、そのお宝を頂いてしまおう、というわけだ。
「ありがとうございます……」
妖怪は僕を弱弱しい瞳で見つめ、人間の言葉で礼を言った。
「いや、たいしたことじゃない」
僕は自分の下心をなるべく表に出さないようにして、平静を装った。
「このご恩は忘れません……」
彼は二つの眼から涙を流して、そう言った。
「……」
僕は話をどう切り出したらいいのか思案し、黙っていた。美しい満月が上空に現れていた。まるで満月が僕等を見つめているようだ。
キジムナーはペコリと頭を下げて、僕の元から去ろうとした。
僕はどうしたらいいのか分からず、仕方なく単刀直入に切り出した。
「なあ、キジムナー、お前、宝をたくさん持ってるんだろ?」
妖怪は歩みを止めて、ゆっくりと僕の方を振り返った。
「宝、持ってるんだろ?」
僕は彼の顔を見つめて言った。
「何のことですか?」
妖怪はきょとんとして答えた。
「とぼけるなよ。まさかただで助けてもらっただなんて思ってないだろうな」
「ただ……」
「宝だよ、宝」
「そんなもの持っていません……」
僕と彼はしばらく、そういったやり取りを繰り返した。風はどんどん強く、そして、冷たくなり、僕等に吹き付けていた。海は完全に時化て、荒くなった波の音が、僕には何だか、不気味だった。
「何も全部くれって言ってるわけじゃないんだよ」
僕はキジムナーに詰め寄った。
「……」
彼は黙ったままだ。
「一番大切なのをくれればいいんだ」
キジムナーはしばらく頭を悩ませて、思案していたが、突然、“わかりました”と呟いた。
「おお、くれるか」
僕は眼を輝かせて妖怪を見た。
妖怪は右手を天にかざした。そして、その鋭い爪を持つ右手を自らの胸へと突っ込んだ。彼は心臓を鷲掴みし、それを体外へと取り出した。それから、痙攣する右手で彼の心臓を僕に差し出した。僕は慌てふためき、震え、立ち尽くしていた。
“私にはこれくらいしかあげるものはありません……”
そう言ってキジムナーは僕の両手に“それ”を預けて砂浜へ沈むように倒れ込んでいった。
彼はしばらく痙攣していたが、やがて、全く動かなくなった。
僕はこの妖怪の亡骸を見つめて、しばらく、その場で震えていた。そして、“あんなこと”言わなければよかった、と後悔しながらその場を立ち去った。満月が僕をにやにやと見つめていた。
FIN
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