カストロ公爵再び③
「結局、どういうことですか?」
スプーンで薄いスープを口に運んでいると、フォークでサラダを突いていたメメが不意に聞いて来た。
「ん〜?ん?、、、分かってたんじゃないの?」
「いいえ?」
あ、そうなの?
一夜明けて、宿にて2人で遅い昼食を取っていた。
「え?それなら、なんで?」
ご褒美、、、。
「何か考えがあって、あの場所になさったのでしょう?
ウラハラ国の土地などご主人様にはなんの興味もない、そうでしょう?」
俺の動揺を気にもせず、しれっとメメは話を続ける。
「あー、、、まあいいか。
なら、帝国にセントラル川へ港を、早急に、設置するよう伝えて。
ほら、この間、ちょっとした不幸で森が燃えちゃっただろ?
だから、直線距離で帝都から、海に出る道がコレで繋がったからさぁ。
色々、便利になるでしょ?
後、燃えた森が栄養になるから、そこを農園にして売ると商業連合国との良い商売になるかと思って。
あ、後、これで先に港さえ作っておけば、いつでも『商業連合国の首都』へ行き来出来るだろ?
楽じゃね?」
それを聞いていたメメは俺を見て、口を半開きにしたまま、ポトリと持っていたフォークを落とした。
それから、メメは片手で自らの顔を抑える。
「慣れるのよ、メリッサ、、、。この男はきっと、こんな奴なんだから、、、。」
な、なんか呟いてる〜?
「あ、あの、メメ、ちゃん?」
「、、、ご主人様、報酬は如何致します?」
片手で顔を押さえたままの姿で、メメが聞いてくる。
「報酬?」
「はい。」
「もう貰ったけど?」
返せと言われても、返せるものじゃないけど?
「へ?アレですか?」
メメは、キョトンとした顔でこちらを見る。
そりゃそうだけど?
そのために、あんな怖いオッサンと張り合ったんだし?
「ふふふ、、、ふふ、、それで、いいんだぁ、、、。ご主人様は変な人ですね。」
何故かとても嬉しそうに笑われてしまった。
俺が戸惑っている間、メメは可笑しそうに笑っていたが、ふとこちらを見て。
「改めて追加報酬何か渡せますけど、何が良いですか?」
俺はよく分からないが、ラッキーと頷く。
「それはもちろん、、、。」
前と同じものを伝えると何故かメメは、またキョトンとした顔をする。
その顔、可愛ええなぁ。
「、、、ご主人様は、ほんと変な人ですねぇ。」
そう笑った。
そうか?
それから僅か数ヶ月後、商業連合国の代表ベルファレスはその地位を去ることになった。
そうなった経緯をベルファレスは、茫然と思い出す。
一時は帝国から、予想を大きく超える土地を奪った。
カストロ公爵アレスを名乗る人物との交渉。
彼はノスタルジーを理由に帝国の不利益を気にもせず、かつての自国の領土の一部であったセントラル川周辺の土地を、対価として要求した。
若造からまんまと、大量の帝国領を商業連合国のものにしたベルファレスは、暫し、商業連合国最高の代表として讃えられた。
セントラル川に港が、あっという間に出来上がるまでは。
そこからは転落の一途だった。
丁度折り悪く、帝都とセントラル川の間を大きく塞いでいた大森林が何者かに焼き払われた。
その事でセントラル川の重要性は一気に高まった。
商業連合国からすれば、最重要地と呼んでいい程に。
コレにより、商業連合国は帝国に喉元を押さえつけられたに等しかった。
事実、セントラル川に出来た港から、商業連合国の首都へは一っ飛び。
帝都から軍を派遣すれば一瞬で陥落する事だろう。
川の流れ上、その反対に帝国首都に攻め入るのは困難なことは当然の事。
ベルファレスは完全にしてやられたのだ。
あの会談のミスは、セントラル川のことだけではない。
ユーフラテス山脈の麓から魔獣が現れるようになった。
どうも森が焼失したことで、多数の魔獣がそちらに流れたようだ。
商業連合国はその支配範囲を拡げたが、同時に守るべき土地も増えたことになる。
帝国はその逆だ。
そこから経済は一気に逆転した。
しかも帝国はその焼けた森の跡地で国営の一大農園を作った。
帝国は何十万もの魔獣に襲われるという国難から一転、一気に飛躍を遂げた。
商業連合国は内部から、帝国に流れた。
元々が商人の連合体だ。理に聡い集団が帝国に流れるのは、当然であり、必然でもあった。
それら全て、何者かの手によって森が焼き払われ、その情報が出回る前に、商業連合国からこれ以上ない条件を引き出させた、何者か。
何者か。
言うまでもない。
カストロ公爵アレス。
元ウラハラ国の公爵遺児で、何故かエストリア国にウラハラ国の領地を認めさせ、帝国にも存在を認められた異端の公爵。
元ウラハラ国王女、世界ランクNo.8が堂々と我があるじ、と逆に従えてしまう訳がわからない人物。
その存在は、普段は表には出てこない。
今回も、どんなトリックを使ったか世界ランクナンバーズに次ぐ、と言われる実力者の帝国ランクNo.1を、愛人とほざいた訳が分からない男。
セントラル川周辺を得る口実を、ウラハラ国の復権のためかのように見せた。
事実、渡された手紙には、可能な限りカストロ公爵に配慮する旨が書かれていた。
それは帝国側がカストロ公爵に何らかの借りがあり、この交渉でウラハラ国の領土復権もある程度は認める動きがあったと伺えた。
全てのカラクリにあの時点で気付ける訳がない。
あの大森林が焼失したことも予想外であるし、魔獣に襲われ、ぼろぼろのはずの帝国が全てを見据えたかのように行動するなど。
だが、仕掛けられた。
たった、あれだけの僅かな時間で。
しかも、会談直後はあくまで商業連合国の都合の良い形で。
そして、カストロ公爵アレスは、帝国に帰りその栄誉により出世することもなく、その姿を消した。
ベルファレスはその不気味な存在にある人物を想定せざるを得なかった。
曰く、全てを見通す千里眼を持つ大軍師。
曰く、万の敵すらも打ちのめす大将軍。
曰く、病の悉くを治療して人を救う聖者
曰く、最強にして無敗、ランクNo.1も超えた最強ランクNo.0
だが、その正体は一切不明。
男か女かオカマか、年齢も不詳なら、生まれも公爵家の捨て子だとか転生者とか生まれながらの救世主だとか、数え上げたらキリがない。
それら全てを合わせて、誰も見たことがないという。
それが、世界最強ランクNo.0
この日、商業連合国の全土は帝国の支配下となった。
ただそれ以後、帝国はそれ以前の覇業を停止し、世界に蔓延る魔獣討伐のための支援に、本腰を入れた。
それは、世界ランクNo.2カレン姫が魔獣に襲撃され、謎の人物により救出されたことと無関係ではない。
人々は噂した。
ある人物が世界救済のために、本気を出し始めたのだ、と。
世界ランクNo.1の上に表示された『魔王』、そして灰色に染まったナンバーズ。
だが、人々は絶望しなかった。
この世界には、世界最強No.0が居るのだから。
世界ランクを示す世界の叡智の塔。
そこには未だNo.0という番号は、ない。




