ゴンザレスとメリッサ②
私はメリッサ。
帝国第3諜報部隊の一員として、街の酒場で看板娘をしたり、城でメイドをしたり、護衛をしたりと忙しくする諜報官だ。
世界ランクナンバーズには及ばないが、帝国ランクNo.1。
世界ランクナンバーズを除けば、帝国最強だと自負している。
普段からショートカットだけど、貴族の令嬢は髪を短めにするのを嫌う。
だから、メイドをする時は長めのウィッグをつける。
かつて、失われたレイド皇国の姫だった私は、故国を失い帝国に亡命した。
逃げ惑う中で、ずっと世話をしてくれた乳母もついに私を見捨てた。
身寄りもなく、奴隷になるところだったその私を、カレン姫様が救ってくれた。
だから、カレン姫様は恩人だ。
それ以降、カレン姫様のしもべとして、時に騎士となり、メイド、諜報官として頑張って来た。
「メリッサは可愛いのに、そんなに男顔負けで頑張っていたら、嫁の貰い手が無くなるわよ?」とカレン姫様にはよく笑われた。
その度に、私は。
「良いのです。私はこのまま、カレン姫様にお仕えすることだけが願いですから。」
そう答えるのが常だった。
そのカレン姫様の命が危ない。
魔獣が何万と襲い掛かり、カレン姫様の居られる部隊が戦闘状態に入ったと知らせが入った。
その日から、私の眠れない日々が始まった。
戦いは激戦となり、帝都防衛の第一から第四までの部隊の内、半分がカレン姫様救援に向かった。
神様、お願いします。
これ以上、私から何も奪わないで下さい。
だが神は無情で、カレン姫様が1人行方不明となられた、と。
私はその場で崩れ、茫然と座りこんでしまった。
1ヶ月前、世界に絶望が訪れた。
世界の叡智の塔が、その絶望を人類に示した。
世界最強を表すNo.1の上に現れたのは『魔王』。
その後、すぐにNo.5、6が沢山の兵と共に魔獣により殺された。
世界の叡智の塔から、No.5と6の名が灰色に表された。
まるで、世界から希望を一つ一つ奪うように。
魔獣は溢れ、各国は対応に追われた。
だが、絶望はさらに広がり、No.7、4、そして、恐るべき事に、No.3までも灰色に染まった。
残るは下位のNo.8〜10、そして、上位のNo.1と2。
何故、下位No.8〜10が襲われていないのか、その理由は不明。
ただ、帝国の秘宝、帝国第3諜報部隊隊長ソーニャ様はポツリと洩らした。
No.0が何かしたのかも知れない、と。
多くの人が一笑に付した。
私も何を馬鹿な、と思った。
No.0と思われる人物に私も会ったことがある。
酒場の看板娘に変装していた私を、やたらと口説いて来た胡散臭い男。
その後、ソーニャ様自身がNo.0であることを否定した。
だけど、その話を後でソーニャ様とした時、ソーニャ様は青い顔で、
「だったら、どうして私は死んでないの?どんな理由があって襲われない?」
その事に私は何も言えなかった。
上位であるNo.3ですら、突然の襲撃で殺された。
下位であるソーニャ様も殺されて然るべきで、今、生きているのも運、としか言えなかったから。
「この間、この緊急事態に対し、世界全体で対応するためエストニア国に行ったわ。
そこでNo.8に会った、、、。」
私は口を挟む事が出来ずに、ソーニャ様の言葉を聞く。
ソーニャ様はそうすることで、自分を落ち着かせようとして必死に見えた。
それはそうだろう。
このままでは自分も死ぬ。
いくら強くとも、関係なく殺されているのだ。
私と同じ歳ぐらいなのに、誰にも頼れず、その恐怖に耐えるしかないのだ。
「No.8は焦る様子もなく、むしろ余裕すら漂う表情でこう言ったわ。
『問題ないわ。あるじ様が導いて下さるもの』、と。」
No.8のあるじと呼ばれる人物。
あの男が、、、No.0。
「、、、今、生きているナンバーズは5人。
カレン姫様を除く4人とも、、、No.0と思われるあの男に接触した事があり、死んだ5人は、No.0と会った情報は聞いたこともない、、、。」
ソーニャ様を押し退けて、No.9になった女、ツバメと言ったか。
確かに情報では、彼女もまたNo.0と疑われる人物と会っている。
ならば、本当に?
その後、ソーニャ様は、カレン姫様救援のため第一部隊と合流する事になった。
その瞳が誰も分からないぐらい僅かではあるが、恐怖の色が滲んでいることを私は気付いた。
だから、私はあの男に賭けるしかなかった。
もう、それ以外、カレン姫様を救える可能性は、本当に唯の一つも選択肢が無かったから。
あの男は簡単に見つかった。
見つかるも何もない。
だって、あの男は毎日、街娘姿の私に会いに来るかのように、酒場に来ていた。
その日も居た。
私は、城でカレン姫様の報告を聞いて、変装一つせず、そのままの姿で走って此処まで来た。
だから、いつもの街娘姿ではなく、素の姿だ。
密偵にあるまじきことだが、それでも構わなかった。
私は男を見つけるや否や、その場で土下座して頼んだ。
そして、カレン姫が森の中で行方不明になっている事を告げると。
彼は一言、『故意か』と。
今回、カレン姫様が魔獣が居るであろう森に出たのは、偶然ではない。
狙われているなら、とカレン姫様自ら故意に出陣したのだ。
だから、数万の魔獣を撃退する事が出来た。罠を張っていたのだから。
だが、彼の言った意味を、私は瞬時に悟ってしまった。
故意に囮になるなど、なんと愚かだ、と。
今起こっていることは、そんなに甘いことじゃないと。
絶望に震えた私に、彼は優しく微笑んだ。
もっと詳しく話を聞こうと。
今の状況を説明し、彼が告げた一言は、私を更に絶望に叩き落とした。
「無理だ。」
目の前が真っ暗になりそうになった、その時。
彼は寂しそうに。
帝国、と。
帝国?帝国に居られなくなるが、それでも良いか?と。
恐らく、それだけとんでもないことを、しなければならないのだろう。
だが、逆に言えば、、、
私は覚悟を決めた。
帝国に居られなくなろうと、この男のしもべとなろうとも、カレン姫様を救い出す、と。
男は、いいえ、ご主人様は立ち上がった。
それからご主人様と共に2階の宿へ。
まずは休め、と言われながら。
あれほど眠れなかったのに、私は眠る事が出来た。
この日、私は初めて温かい男の人の腕の中で、眠った。
そんな訳で、熱い夜を過ごし、一夜明け、冷静になった私。
メリッサです。
ちょっと早まったかなぁ〜、と思わずには居られなかった。
まるで詐欺にでもあったみたい。
ご主人様と共に森を移動している間に、事あるごとに逃げようとするのだ。
今では、やっぱりこいつNo.0じゃないよね?と思ってたりする。
「ご主人様〜、どうするんですか?森の中、着いちゃいましたよ?」
ちょっと口調まで素になって、ご主人様となった彼に呼びかける。
じーっ、と見るとわかりやすいほど、動揺している。
ちょっと面白い。
それでも、ま、しょうがないか、とも思えるのは、なんだかんだ言って、温もりの中で眠ってスッキリ目覚めたからでもある。
「とりあえず、こっちだ。」
とりあえずね、はいはい。
言ったところで、他に手が無いのも何も変わらない。
だけど、彼がNo.0には見えないけれど、もしかしたらカレン姫様を救えるナニカがあるかもしれない、そう思う。
何故なら、驚くべきほどに魔獣に遭遇しないのだ。
今も森の入り口付近では、援軍に来た第一部隊と第二部隊が戦闘を繰り広げ、逸れた魔獣がいつなん時、襲ってくるか分からない筈なのに。
ちょっと迂回しただけで、アッサリと森に入れてしまったのだ。
彼と接触したナンバーズは魔獣に、襲われる事なく生きている。
まるで彼が魔獣を寄せ付けないかのように。
そうなると、当然、自身にもそれをしない訳がない。
しばらく2人で森の中を歩く。
不思議なことに、彼の歩みには迷いがない。
やはり、本物?
どう見てもそう見えないけれど。
「んじー。」
あえて口に出して言ってみる。
ビクッ、と分かりやすく反応してくれる。
あまりに分かりやすくて、クスッと笑ってしまう。
ちょっと可愛いとすら思ってしまう。
そうしていると大きな沼に出る。
「黒い、、、毒の沼ですね。」
私がそう言うと、彼は木を沼に突っ込み、刺した先端を嗅ぐ。
彼はウッと顔を顰める。
「ご主人様大丈夫ですか?何やってるんですか?馬鹿ですか?」
とりあえず思った事を言ってみる。
怒らずに困った顔をする。
ちょっとその顔は好きかもしれない。
彼は何かを少し考えた後、また歩き出す。
不思議な人だなぁ〜。
考えてないようで考えてそうだし。
どう見ても強そうにないから、世界最強では無さそうだけど。
違う何かは見えてそう。
ピタッと彼の足が止まる。
「、、、帰ろう。」
「駄目です。」
「嫌だ。帰る。」
これは何かあるな?と私はキュピーンと来た。
彼の視線の先を目を凝らす。
あ、あれは!
「カレン姫様!」
私は全力で駆け出した。
カレン姫様は今まさに、グレーターデーモンに跳ね飛ばされ、数十メートル飛んで、何度もバウンドする。
今の今まで、ずっとずっと諦めずに戦い続けていたのだろう。
目に涙が滲む。
気絶したカレン姫様を抱えて、グレーターデーモンから離れる。
凶悪な叫びを上げて、こちらを追いかけてくる。
「やめろ!コッチに来るな!!」
彼が横を指差すので、私は迷い無く、大木の横を通り過ぎた瞬間、彼が指差した方向へ飛び込むように曲がった。