そろそろ梅でも漬けるか。
徒花ばかりが咲く庭で、その年いっとう美しい蕾が開花した。
花は梅の位を授けられ、見る者を多く魅了した。
たとえ手折ることがかなわずとも、一人、また一人魅入られていく。
「オヤ菊松。樽なんぞ抱えてどうしたんだい」
昼中、町をぶらついていれば向かいから飲み仲間の菊松を弥兵衛は見つけた。男の肩には大きな樽が載せられており、気になったことをそのまま口に出す形で呼び止めてみる。
「ああ弥兵衛さん。いやね、両前寺で梅が手に入ったんで漬けようと思って」
「そいつぁいい」
水無月、青い梅の実るころ。菊松のうまそうな話はこの時期あちこちで耳にするたぐいの内容だった。もう暫くすれば、お裾分けにいずこからかあずかれるだろう。
よって弥兵衛に新鮮味はなかったが、出てきた寺の名前にそういえばと思い出すことがあったので「両前寺といやあ」と話を続ける。
「最近大変らしいじゃねぇか」
「うん? そういえば妙に忙しそうだったなあ」
投げ込み寺である両前寺には、入梅と前後して山のように死体が積み上がった。遊郭の女どもがこぞって梅毒で死んだらしい。死後祟ることのないよう畜生道に堕とすべく乱雑に扱われた死体は一様に全裸で、嘗て美を競った者とは思えない有り様という。
「あの梅鶴も、折角のきれぇな顔が台無しだったそうじゃねぇか」
梅鶴とは、最近梅の位に就いた遊女だ。太夫に次ぐ高位に相応しい美貌と才覚で、近頃酒飲み場で男が集まれば必ず話題に上がるほど。弥兵衛も一度くらいその顔を拝んでみたいとぼんやり願望を抱えてみた矢先の訃報だった。
味わう前に散った花を色んな男が惜しむ一方で、梅鶴は菊松の敵娼でもあった。だもんで弥兵衛に話をふってみたのだが。
「まあ、花っつうのは枯れるのが必定でさ。結んだ実が残ればいいってもんよ」
花柳界ではよくある話だからか、遊び慣れた者の心構えとやらか、菊松の返事は大層軽く馴染みを亡くした悲愴感は見当たらない。
そんなもんかと心中納得した弥兵衛は会話を切り上げ、それじゃ今度一杯とか適当な約束を交わし菊松と別れた。
すれ違い、数歩歩いてはたと気付く。
「はて、両前寺に梅の木なんてあったか」
梅雨が明けて暫くののち、にわかに異臭騒ぎが起こった。臭いのもとを辿れば、着いたのは菊松の家。
住民から苦情を寄せられた長屋の大家が代表して菊松の宅にあがれば、怪しげな樽は直ぐに目についた。
「中を見るぞ」
許可を貰うでなく、これから実行することを告げるべく口にすると同時に大家は中身を検めた。
「何だァこりゃ……うお!?」
濁った水の中に沈む何かを見定めようと目を凝らして……。
「おい! 誰か! 奉行所行ってきてくれ! こりゃ人だあ、人が死んでる!!」
その後の聴取で、哀れな死体の身元は梅鶴だと判明した。
大人しくお縄についた菊松は、淡々と同じ供述を繰り返す。
「梅が残した実を漬けてただけでさあ」
曰く、永遠に保存したかったのだと――――
梅の日。
一回データが消失して何もかもが嫌になりました。最近ワードもエクセルも保存に失敗する……。
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