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傘の準備。走り梅雨。

 見上げた空は雨模様だった。

 念のため傘を二本携え家を出る。丁度教会に着いたところで雨粒が頬を叩き、墓地に回った頃には濡れるのが厭わしい程度に降ってきた。パン、と黒い傘を開き小道を進む。

 通い慣れた道の先、バヤルドはいた。雨に降られ色の変わった背中にそっと傘をかざす。墓地の通路は狭いため、一本の傘を二人で分かつ形だ。

 背後に立つ私にさすがに気付いているだろうが、バヤルドは何も言ってこなかった。

 いつもそうだ。私たちは、ここに来ると途端に言葉を失ってしまう。喉を絞められているように、あるいは死者のように。

 

 今日はバヤルドの弟、ブラスの十回目の命日だった。



 淡々と降る雨の中、真新しい墓標の前で私は村の英雄となったバヤルドに詰め寄られていた。

「なあハイメ。どうしてオレが生きてブラスは死んだんだ? あんなに神を信じ、祈っていたのに」

 天気の急変にも気付かぬようにずっと佇むバヤルドに、風邪をひくといけないからもう帰ろう、と声をかけた矢先。友人としてではなく、神に仕える聖職者として私は問われた。

 武功をたてたバヤルドが戦後ようやく家に帰れば、兵士として村を発つ自分を見送った年の離れた弟は不在だった。もうずっと長いこと、そして永遠に。

 日曜の礼拝もさぼりがちなバヤルドに対しブラスは信心深く、出立当日も別れの挨拶と加護のお祈りを幼い割に流暢にこなしていた。それが最後に見た姿だったなんて、従軍聖職者としてバヤルドと並んで同じ戦地に旅立った私にも信じられなかった。友人の弟として接してきた私だって痛ましい現実に口を噤んだ。小さな家族を可愛がってきたバヤルドの哀しみは如何程だったろう。

「神の御意思は私には測りかねる。でも、バヤルドの悲しみなら分かる。だから……」

 その時の私がなんと言おうとしたのかは忘れた。ただ醜い言葉だったのは覚えている。今でも言葉にしようとした罪が、鉛のように臓腑の底に沈んで消えずにいるから。

「いらない、何もいらない! ブラスが戻って来ないなら、何も無いと同じだ!」

 叫んだバヤルドの目は結晶のように永遠の哀しみを閉じ込めていて、私はそれを見た瞬間諦めてしまった。


(この先ずっと、ブラスがバヤルドの心を占め続けるのだろう)


 彼の一番になること。

 そうして仕事を続けることを。

 誰よりも大事にしたい人の哀しみより、自分の欲望を優先した己に、神と共に在る資格はなかった。




 十年が経った。それが一体なんだというのだろう。

 今でもバヤルドの上には、雨雲が広がっている。

 未だ私は傘の差し出し方を知らないでいる。


名前から国を推定するとこの国には梅雨が無さそう。

もう一捻りほしいところですがリリース。


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