さぁ~、浮き足立ってまいりましたぁ。
パソコンに向かって原稿を作成しているとスマホが震えた。キーボードを叩く手を一旦止め確認する。メッセージが届いたようだった。そのまま通知をタップしアプリのトーク画面を開く。
送信してきたのは紺野先輩だった。最新メッセージは、立てた親指の絵文字のみ。私も履歴の先鋒・ニコちゃんマークで感謝を伝える。
今年入社した会社は、締切さえ守れるのであれば割となんでもいいという社風で、時勢も追い風となり自宅で仕事をこなすライターが多い。二つ年上の紺野先輩もその一人で、顔をつき合わせていたのはOJTで指導してもらった最初のうちで、ある程度仕事を任せてもらえるようになってからは会社が推奨するテレワークに移行した。
出社しなくなったとてお世話になっているのには変わりなく、今も書き上げた原稿はまず紺野先輩に目を通して厳しくチェックしてもらっている。
紺野先輩は二つしか年が違わないのに、文句なしに「仕事ができる人」で、私は生まれて初めて憧れる人に出会った。入社早々こんな人に出会えるなんて、私は本当に運が良い。
紺野先輩をはじめとする社員とのやりとりは基本トークアプリを介してだ。メールですらない。
最初のうちはテキストを一文字一文字失礼のないよう丁寧に入力していた。でも職業柄時間に追われるのが常で、少しでも入力や校正に時間を割くため文面は簡素になっていった。
最終的には紺野先輩やさらにそれより上の人たちが多用していることと気安いテキストトーク甘え、絵文字を使うようになった。
もう一本の記事も書き上げ、入念に読み直してから社内の共有クラウドにアップ。これで紺野先輩に原稿完成の報告をすればレスポンスが来る。ファイル名と期日を伝え一息つこうと飲み物を取りに席を立った。
カップ片手に戻ったたところで、スマホの振動音がかすかに聞こえた。もしかしてもう見てくれた? 相変わらず仕事が早いと尊敬しつつ、負けないように早速アプリを確認すると、赤いハートマークが一つ。思わず目を大きくして凝視してしまう。なんだなんだと僅かに混乱したところで画面が更新される。
【ごめんさっきのは間違い 記事OKです】
なんだ間違いか。焦った。
そこでさらに機械音が追加された。スマホからではない。手首に巻いた時計からの通知だ。そうして穏やかに聞こえる慇懃な女性の声。
<安静時にもかかわらず心拍数が上昇しています。医療機関での診察を……>
本来は「不安や恐れで落ち着きを失う」の意。
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