今日が終わらないでほしい。
その日が来るまで早苗はずっとそわそわしていたし、その日が来たら来たで今度は待ち合わせの時間までそわそわしていた。
今日は、念願の石橋くんとのデート当日だった。決死の覚悟でデートを申し込んだ時点で勇気を使い果たしてしまったのか、日付が進むごとに、この駅前で待つ自分を想像してくじけそうだった。もう何も頭に入らなかった。
もちろん、約束を守るためにはそうも言ってられない。新しいワンピースをおろし、やわらかい布で靴の汚れを拭き取り、いつもより高い、有名な美容院にヘアメイクを頼んだ。今日の早苗は、毛の先から足の爪先まで完璧だった。おかげで、普段はない自信に漲り、周りのことなど気にならなかった。
待ち合わせ場所に指定した駅は人の出入りが激しく、ひっきりなしに人影が早苗の横を駆け抜けていく。およそ走り辛そうなスーツのまま鬼の形相で改札に飛び込む男もいれば、ヒールが脱げるのも構わず、丁度客を下ろしたタクシーに髪を振り乱しすかさず乗り上げる女もいた。
時刻は六時二十分。約束の十分前だ。日が長くなった春の空に、大きな星が道しるべのように輝く。
手持無沙汰に、通りを挟んで向こうのビルに設置されたパネルを早苗は眺めた。夕方のニュースが放映中だ。美人のアナウンサーが持てはやされた顔を沈痛に歪め、原稿を読み上げる。
「本日、――は予定通り……に向かっており、もう間もなく――……」
電波の調子が悪いのか、鍛え上げられた滑舌が台無しだ。大統領が来日するのだったか。
六時二十五分。もうそろそろだ。待ち遠しい。気持ちに余裕が出てきたのか、この瞬間がかけがえのないように思え尊くなってくる。この時を含めて、今日が終わらないでほしい。
けたたましくアラームが鳴る。スマホをバッグから取り出すと、今度は明瞭な音声が再生された。
「本日、隕石は予定通りの軌道を進み、十八時三十分に首都圏に墜落の予測です。被害を避けるためにも、首都圏の皆様は少しでも墜落予定地からの脱出を、難しい場合は地下への避難を――――」
好きなことだけ考えて生きている。
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