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風薫る季節。

君の髪のにおいも、こんなだったような。

花のようにあまく、若葉のようにさわやかに。

今はどこで、五月の風が君の髪を弄ぶのだろう。

ふれることはもうかなわないから。

そのやわい髪を撫でるのが、この風だけだったならば。




「おとうさーん、おかあさんが寝てるー!」

 甲高い我が子の声がきっかけで目が覚めた。カクンと一度舟を漕いで顔を上げると娘のメアリーがこちらに駆けてくるのが見えた。その後ろには、歩いてくる夫の姿も。シートの上、座ったままだというのに寝てしまった。

「だいじょうぶ? つかれた?」

 さっきまで父親に見守られながら湖の浅瀬ではしゃいでいたメアリーが屈み、目を合わせながら心配の声をかける。その小さな顔に張りついた砂を優しく払いながら答える。

「ううん、ちょっと暖かいからうとうとしちゃっただけ。ごめんね」

「お昼も食べた後だからね。なんなら横になってもいいんだよ」

 追いついた夫が、走りながら落としたメアリーの麦わら帽子を持ち主の頭に戻しつつ疲れているならと気を遣う。自分の妻がここに合流する前に、教会で墓参りを済ませたことを知っているからだ。

「大丈夫よ。それよりメアリー見てくれてありがとう」

「なんの。君の普段の苦労に比べればお安い御用だよ」

 夫は隣に腰を下ろすと、膝の上にメアリーを乗せ水分補給をさせた。それが済むと、すっくと立ち上がったメアリーは湖岸に群生するマツヨイグサの花畑へ向かって行った。大人が傍にいないときは水辺で遊んではいけないという親の言いつけをしっかり守っている。

「どうだった?」

 忙しない後ろ姿が小さくなるのを見届けてから夫が口を開く。午前中の墓参りについて聞かれたのはすぐ分かった。

「変なことを聞くわね。べつにいつもどおりよ。あなただって何度も行ってるでしょ?」

「そうだけど、時々やっぱり恨まれているんじゃないかって思うわけさ」

 恋人を亡くした思い人に毎年花束片手に求婚していた身として、こうして結婚して子供が生まれ育てても思うところがあるらしい。

「彼は何も言わない。祝祭の終わりの日でさえも。良くも悪くも、幸か不幸か」

 あの年の祭の日の訪問も今では幻のように思える。無言だった彼の魂は、伝えたいことなど無かったということなのだろうと年を経た今解釈している。

 空を見上げ諦めたよりむしろ吹っ切れたように見える彼女の髪を、五月の風が乱した。たくましい腕が横から伸びてきて、撫でるように整える。

「ありがとう、エドモンド」

 二人目の恋人で最初の夫、かつてすげなくあしらった友人にガートルードは言った。

ぼくのきれいなひと。

最初は冒頭の詩だけノートに書いたのですが、続編になりました。


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