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もらって困る、掘り立てまるごと筍五本。

「何この筍づくし。山に行ってきたのか?」

「セールだったから、つい」

 夕方の食卓に並んだのは、筍の炊きこみごはん、筑前煮、天ぷらが盛りつけられた器。一皿一皿に各メニューがたっぷりよそわれ、ちょっとした豪華な夕食になっている。

「いやすごいな、どれもうまいし」

 一口ごとに箸をつけた優弥はよくできた夫なので、褒めることを忘れない。筑前煮が特に気に入ったらしく、せっせと口に運んでいる。

「こんなにレパートリーがあるってことは好きなのか、筍。知らなかった」

 そも、妻・美遥は率先して料理をしてくれるが、二人の生活サイクルを突き合わせた結果であって、得意でも好きなわけでもない。人並みの腕前と情熱だ。そんな美遥が、一つの野菜からこれだけの品を作り上げたのだからよっぽどの好物なんだろうと踏んだのだが。

「特別好きってわけじゃあ……大学入るまではむしろ嫌いだったし」

「へえ、またなんで」

 ごはんをほお張りながら問う。優弥自身、そのくらいから食の好みに変化があり、無味無臭で食べる理由もないと敬遠していた焼きナスのうまさに目覚めた。同じように美遥も、いわゆる「味覚が大人になった」くちだろうか。おこげがうまい。

「大学生になってアパートに引っ越してしばらく経った時、隣の人が筍を五本もくれたの。実家からたくさん届いたからって」

 美遥の知っている筍といえば、ラーメンの上に細長くカットされて浮かんでいるか、ちゃんぽんに混じる白い骨のような姿で、茶色い皮にくるまれ太さも長さもバラバラでずっしり重い実物は軽くカルチャーショックだった。ビジュアルはお菓子で掴んでいるつもりだったが、やはり本物は違う。ちなみにきのこ派だ。

「でも初対面で、好意で分けてくれる人に嫌いですなんて断れないし、捨てるなんてもっとできなくて、なんとか食べれるようにレシピ探したのがきっかけ」

 入学して日も浅く筍を譲る相手もレシピを聞ける相手もいない。初めてインターフォンが鳴りドアを開けた時から孤立無援、暗中模索の日々がそれなりに続いた。

 最初は親の仇のように細かく刻みに刻んで米と一緒に炊いた。次に、素材本来の風味が失われるよう味付けを普段より濃くして煮た。とにかく、ありとあらゆる手を使って五本全部を食べきった。そのころには、なんとなく好きな食べ方が構築されていた。

「はあ~、それで美遥の嫌いなものが減って、オレもおいしい飯にありつけてるなら、その人に感謝だね」

「全く」

「今、どうしてんの? その人」

「さあ? 筍でもまた掘ってるのかもね」

 今晩が筍だらけのわけ。価格や旬もそうだが、何より一番の理由は買い手を安心させるための〝生産者の顔〟。あの名前と顔立ちは、間違いなく筍五本の隣人だった。

これがほんとの筍生活。

このノート、季節に沿った一文が食べ物と酒のことが多いので苦労します。


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