表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/81

もはや箱ティッシュが親友です。

 けたたましい目覚ましの音に、体が無意識を追い出して意識を持たんとする。睡眠は途切れたが、眠気がふっつり絶たれたわけではない。うやむやな脳みそのまま、枕元の目覚まし時計のアラームを切る。これが、江波幸助二十七才の朝一番の仕事である。

 寝たい寝たいとダダをこねたい自分を律し、時計の隣のメガネケースからメガネを取り出し装着。これが第二の仕事だ。クリアになった視界に安心して身を起こす。第三の仕事は、更にその隣の箱ティッシュで鼻をかむ、だった。

 江波は休日でも、出勤日と同じ時刻に目覚ましをセットしている。たまの休みには、親友と散歩をして気分の入れ替えを心がけているからだ。

 八枚切りの食パンを二枚朝食としてほお張り、洗顔、歯磨き、着替えと身だしなみを整える。ひげは誰と会うわけでもないので今日は放っておく。

 散歩には準備が必要だ。一旦玄関に向かい、食卓と寝室を兼ねる六畳一間に戻った江波の手には、赤いリードが握られていた。首輪のベルトをゆるめ、手際よく頭を通す――――先程使用した箱ティッシュの。箱ティッシュの真ん中でベルトは調節され、江波は万が一にも抜けないようたるみがないか入念にチェックする。問題がないと分かると、手綱をしっかり掌中に収め再度玄関へ歩いた。箱ティッシュは引きずられるようにして、一度机の足に引っかかりながらも健気に江波の後を追った。


 ザラザラザラ……コツン。川の側の道は舗装されておらず、時折小石を弾いたり乗り越えたりしながら、箱ティッシュは江波に従順に着いて行く。ジョギングコースとして町民に親しまれているため、すれ違いや追い越しが数回あった。

 江波の箱ティッシュは、ここいらでは有名だった。箱の柄があまりにも立派だったからだ。この世には存在しない空想の花がダイナミックにあしらわれ、にせものながら鮮やかに匂いたちそうな意匠に、道行く人々は往々にして「あらすてき」とこぼした。江波にはそれが自慢だった。


 江波は悲嘆に暮れていた。アレルギー性鼻炎と花粉症を罹患していた江波は毎朝一枚はティッシュを抜き取っていたため、とうとう箱ティッシュの中身を使い切ってしまったのだ。天命だった。

 数少ない楽しみを失ってしまった江波は街を彷徨う。スーパー、ドラッグストア、コンビニ……足が赴くままに歩くと気付けばつい親友の面影を探してしまう。しかし見つからない。滅多に出会えないから親友と呼ぶのだ。

 あてどなく考えなしにぶらつく陰気な江波を誰も気にもとめなかった、ただ一人を除いて。

「こんばんはー。コンタクトに興味はありませんか? 今ならクーポン配ってまーす」

 陽気な女が手渡してきたのは、クーポンが一緒に内包されポケットティッシュ。

 江波幸助二十七才、ここに運命の出会いを果たす。

もっとばかげた話にするつもりでしたが、シュールさが前に出てきてしまった。安部公房みたいでこれはこれでいいのかなぁ。


4/25

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ