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まだ仕舞わないで、その鍋。

 しまった!

 散歩の道すがら、同居人に鍋を仕舞わないでと言いそびれたことを思い出した。

 そろそろ最後の鍋かしら、と意気込んでいた矢先に続いた春の日和。木々は裸の枝先にあわい緑の葉を着込み、反対に人間は少し薄く、軽くなった。どちらも着飾っていることには変わりない。

 洋服だって冬物が役目を終えるこのごろ、況や鍋をか。そもそも外に出た理由が一人花見だった。それくらいもう暖かいのだ。季節の変わり目を察知すれば後回しにすることなく衣更えにはげむ同居人は、当然二人用の小さめの鍋をシンクの下の流しに片付けただろう。全然気付かなかった。きっとそのままではなく、きちんと買ったときのケースに収めてある。きっちりした性分に憧れること幾星霜。

 このままでは、この冬は最後の鍋の具を豚にして終わってしまう。ラストは牛にグレードアップして凍えた日々に決別しようと画策していたのに。なにやら国が、和牛400グラムくれるようだし。嗚呼、具や具や汝を奈何せん。

 蝶が踊り、桜が開花した町を目的地を決めずぶらつきながら思案する。花や虫さえ季節を知るというのに自分ときたら、まだ冬に未練たらたら。でもその時にしか楽しめないことを楽しみつくすって、結構重要なんだなけど。相手がいるなら尚更。気温、少しくらい下がんないかな。

 ピンク色に誘われながら道を選んで行けば、川沿いに出た。この時期の水辺は小さい虫が飛び交うので常なら遠慮するところだが、見事な桜並木の魅力には抗えない。

 散るには早い木を見上げれば、陽光に透ける薄ピンクはシンナーを塗りたくった爪より健康的にキラキラしてる。すずめが隠れて花をついばんでいた。桜のにおいを肺いっぱいに吸いこんで気分がいいので、わたししか目撃者のいない悪事を見逃す。そう言えばだいぶ昔、桜のにおいにひたっていたら同居人に「桜はにおいなんてしないでしょ」と不思議がられたことがある。車の往来が激しいとさすがに消えてしまうが、駅から徒歩十分のうちの周りでは、じゅうぶんするんだけどな。共有できないのが残念だった。だったら分からないことを分かち合いたかったと、おのれの嗅覚を悔やむほどには。

 どの季節も等しく好きだから、春爛漫を満喫するうちに諦めがついてしまった。気分屋だなあ、呆れてるのにやさしい声を思い出す。

 移り気なわたしをからかうように吹く春風。髪の毛一本一本のすき間を丁寧に通り過ぎていく。はやい風にのってうまく流れてきた雲が太陽を隠し、つかの間の花曇り。連れてきたのは群雲だけじゃなかった。


「あ、雪の気配」


三題噺「漢文 お肉券 桜」のような仕上がりになってしまった。


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