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第1章−9.朝の光の中で

 それから、そのまま人形になった彼女を放置しておくわけにも行かないので、とりあえず鞄にくっつけたまま一緒に学校へと向かっている。



 そして、一緒に話しているうちに、いくつかのことがわかった。


 

 まず、どうやら左沢の声は何故だか三月にしか聴こえないらしい。

 

 そして、彼女が行方不明になってから、現在このようになるまでに何者かに襲われたらしいということ。

 どうしてこんなマスコットの様ななんかになってしまったのかは本人にも解らないらしいが、失踪したことになっているあの日、塾に行く途中いきなり後ろから薬品のような匂いを嗅がされ、気付けばこのような姿になっていたという。

 そして、そのときにたまたま三月を見掛けたらしいが、その後これまた何故か変わり果てた格好で、その本人の部屋にいた・・・と、まあ大体こういうことらしい。

 

 

 確かにあの日、塾へ行く前にコンビニへ寄った。そしてその日の夕食代わりのカツサンドと、例によってマスコット付きのスポーツドリンクを買った。


 あの辺は学校から離れているので学校の教師に見付かる心配も殆どない。

 

そして・・・何を隠そう、実はその日、たまたまそれまで何も飾りが無かった自分の鞄にそのマスコットを新しくと付けたばかりであった。


 ・・・言う訳で、今三月のカバンでこっそりとアクセントを主張している、男が持つにしてはやや可愛いらしいマスコットがとりあえず今は左田塩理だと主張している訳なのある。

 

 まあ、翌日の担任の話で左沢が同じ塾に通っていたのは担任から聞いていたし、話自体にも「突拍子も無い」と言う点を除けば話の筋自体に矛盾点はない。

 とにかくこのままではいろんな意味でマズい。しかしこれといった良い考えもまとまらないまま、左田とともに電車は学校へと近づくのであった。




 時間が早いせいで、駅前はまだ同じ高校へ向かう学生は数えるほどであった。


 というか、この時間はちょうどバスが出る時間なので、大半は反対側のバスターミナルへと流れてしまう。

 このあたりは新興住宅街なのでまだ造成地も多く、歩いている人はみな三月らとは反対に駅の方向へと歩いていく。お陰であんまり周りを気にせず左田と会話することができた。


 

 もっとも、当事者以外にはぶつぶつと独り言を言いながら歩いている、「ちょっとイっちゃっている生徒さん」にしか見えないことはもう諦めていたが・・・。


 

 多少サラリーマンやOLさん達に、すれ違い様不審な目で睨まれることも想定内だったが、この際仕方ない!

 そんな三月の様子を察してか、


「みつきくん、ホントごめんね・・・。」


などと途中で左田が言ってくれたが、こんなことくらいで今の彼女に余計な気を使わせるわけにはいかない。


「大丈夫だ! お前の今の状況に比べたらこのくらい何でもないから。必ず俺がどうにかして

やるから気にすんなって!」


もちろん、明確な根拠がある訳でもないし、実際左田が元に戻れるのかもわからなかったが、ここはこう答えるしかないだろう。


しかしそれでも、近所の中学生と思わしき女子二人組に、顔を伏せながらすれ違われた後、後方から、


「ねえ、ちょっとさ、今の人ヤバくない?」


「やっぱそういう人なのかな。あの学校にもいるんだね。」


・・・などと、ひそひそ声が耳に入ってしまったときには、彼の心がほんの少しだけ折れたのは内緒である。



教室はまだいつものような喧騒はなく、閑散としていた。当然のことながら、伊折もまだ来ていない。

 今日は一時間目がLHRロング・ホーム・ルームであるが、おそらく日付から考えると朝礼だ。朝礼は講堂で行われるが、すべて席が指定されているので少なくともこの間は出席番号が離れている伊折と会話しなくて済む。

 しかし、このまま教室にいてもいずれ伊折はやってくるし、他のクラスメイトからもいつ左田の話を振られるかわからない。


 三月は「長居は無用」とばかりに、自分の机に鞄を置き、特に用事もないのにさっさと講堂がある地下への階段を降りていった・・・が、その際途中で一旦引き返し、鞄のマスコットを外してこっそりと持っていった。


 

 やはり講堂の前はまだしんとしていた。ここは半地下になっているので空気がヒンヤリとしている。これから夏に向かうこの時期には、比較的快適な空間なのだが、こうした朝礼など、講堂を使用するとき以外は原則立入禁止になっているのがつらいところだ。

 

 三月はいくつかある扉の一つに手を掛け引いてみた。


すると、かちゃっ、と何かが外れたような音がし、特に三月の力に抵抗することもなくゆっくりと開いた。

 三月は、始業前にはまだ鍵が掛かっているだろうと思っていたので、少し意外な感じがしたが、それは左田も同じだったらしく、


―あれ? もう鍵開いてるの?―


と訊いてきた。三月が頷くと彼女は更に、


―おかしいな・・・。普段は放送委員が開けるんだけど。佐藤先生開けてくれたのかな?―


と続けた。そこで、三月は「ああ!」と思った。そう言えばウチのクラスの放送委員は彼女だったっけ? 生徒会を含めた各委員会は、各クラスごとに一人、委員会によって若しくは二人ずつ輩出する決まりになっているが、そう言えば、三月のクラスの放送委員は左田だったことを思い出した。

 

 ちなみに、「佐藤先生」というのは、社会科の教師の名前だが、同時に放送委員会の顧問もしている。

 

「誰か今日の担当者が既に開けたんじゃないか?」


と三月は最もらしい答えを披露してみたが、左田はあっさりと、


―それは無いよ!―


と否定した。


―だって、基本的にチャイム10分前にならないと開けちゃいけない決まりだし・・・―


と少し間を置いてから、


―今日の当番私だから。―


と答えた。


(な、なるほど・・・。)


これ以上無い位の納得の理由だった。



 だれもいない講堂は厳かな雰囲気を創り出していた。上部にある窓から差し込む朝日とまったく日の当たらない影の場所とが見事なコントラストを生み、まるで廃墟のような一種独特の神秘性を生み出している。光の筋の中でゆっくりとうごいている埃が日常の喧噪を一瞬忘れさせた。


三月は真ん中辺りの列の席に腰を下ろした。

 

 時が止まったような講堂に貸し切り状態でいるのも悪くない。


―とりあえず・・・―


おもむろに左田が話を続けた。


「うん、とりあえずどうしようか?」


三月が更にその先を続ける。確かにずっとこのままでいるわけには行かない。今のところ元に戻れるという保証も時期も何も無いのだ。


「とりあえず・・・。」


三月も繰り返す。


「俺は先生やお前に話を聞いただけだからな、実際にどういうことが起こったのかもうちょっと詳しく自分で確かめたい。なんで、一回こうなるまでの行動をシミュレーションしてみたい。」


―じゃあ、後で私のあの日行った所に、一緒に一通り行ってみる?―


「話が早くて助かるよ。」


三月は軽く笑った。こういう風にやや遠回しに行っても、すぐに三月が何をしようとしているか理解してくれる所は、さすが左田だと思う。


「早速なんだけど、今日の放課後とか大丈夫か?」


「うん、今日も本当は塾あったんだけど。」


左田はそこで一旦言い淀み、



「どうせこんな状態じゃ行けないしね!」



と意を決したように答えた。





 ほぼ同時刻―




 「駄目です、小娘はまったく目覚める気配がありません!」

とある場所ではこんな声が響いていた。


「まったく・・・あれ程慎重にやれと言ったのに・・・。一体何が原因なんだ!」


「それが・・・実はまったくわかりません。専属の医師ですら匙を投げています。」


「あのバカ野郎めが! 明日も無事にお天道様が拝めるとおもうなよ!」

恰幅の良い男が煙草の煙を吐きながら悪態をつく。


「とりあえず・・・、」


「外傷はまったく無いんだな?」


「はい、診断によれば外傷らしい外傷はまったく無いようです!それだけに、恐らくは脳のどこかに損傷を受けたのではないかと片儀医師は推測しているようですが、場所が場所だけに、今のところ原因は不明です。」


「なら・・・まあ、いい。」

男が短くなった煙草を瑪瑙製の灰皿でもみ消す。そして、最後にこう呟いた。


「10代でタバコも酒も何にもないキレイな女の体なんぞ切り刻めば高値が付くし、最悪、体ごとその手のマニアに売ってしまえば済む話だからな。」



男は不気味に口元を歪ませた。

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