第1章−8.混沌と夢幻の硲
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彼が私を見つめている。気付いてくれたのだろうか?
どうやら私は、人でない何か無機物のようなものになっているようだが、どうやらここが彼の家の中であることは間違い無いようだ。でも私は、自分の中では精一杯、彼に助けを求めていた。
すると、
「アテラダナノカ?」
確かにそう聞こえた。
もしかして気付いてくれた?!
「そう、そうだよ!!わかってくれたの?」
彼が気付いてくれたんなら、少しは今のこのわけわからない状態もなんとかなるかも知れない。そんなことをボンヤリと考えながら、私は必死だった。
・・・・・・・・・
・・・ ・・・
・・・とりあえず思わずマスコットに向かって叫んではみたものの、三月の頭の中ではまだ混乱が続いていた。
えーっと、落ち着け?俺!
一旦心を落ち着かせてここまでの状況を把握すると、クラスメイトである左田が、ある日突然失踪した。
でもって、しばらく見付からないと思っていたら?何故か今この瞬間にカバンに付けたマスコットに名前を呼ばれたような気がして、あろうことが、それが例の左田塩理だと名乗った?
いや、名乗ってはいないか・・・最初に「左田か?」って訊いたのは俺だし・・・。
ん?ってことは??つまり・・・
やばい! ちょっと俺、彼女のことを気にし過ぎて精神的にキタかな←結論。
うん! 今日はもう早めに寝よう。大体、俺一人がこんなに心配だけしてたって、何かが解決するわけじゃない。
・・・・・・なんなんだろう?
確かにクラスメイトの一人が現実にいなくなっている、というのは事件だ。そりゃ多少の心配はして当然だろう。
しかし・・・こう言ってはなんだが、相手は別によっぽど親しいワケでもない女子である。
確かに彼女はお嬢様だし?可愛いし、性格も悪くない。しかし、冷静に考えてみると、ちょっと俺の心配は異常じゃないか?自分はそんなに心配性な性分でもない筈だ!
例えば、と三月は思う。
失踪したのが、左田じゃなくてもし伊折だったらどうだったろう?
いや、いくら親しいとは言え、アイツの場合は何をしでかすかワカランから、突然「自分探しの旅」とかに出掛けたと思うくらいだろうな、きっと。
では、他の男連中・・・いや、ダメだ。他の女子だったらどうだろう?
男共に比べると、話す女子の比率は圧倒的な程下がるが、それでもときどき話す何人かをピックアップして想像してみる。
結果は・・・よくわからなかった。
とりあえずもう考えるのは止めよう。クラスメイトが現にいなくなってんだから、心配したって別にいいじゃないか!心配したら多少精神的な疲れが出ることだってきっとあるさ。ばかばかしい。
だいたい、実際にこんな声がしてたら、母さんか父さんが不審がって部屋まで来るだろう。来なかったとしても何か言ってくる筈だ。
それがないところを見ると、やっぱり幻聴だ。
実際に小学生の頃、ゲームのやり過ぎで夜中にそのゲームの音楽が聞こえたこともある。電源切り忘れたかなー?と思ったらちゃんとゲーム機自体の電源は切れて静かだった。
だから今回もきっとその類だろう。とりあえず・・・っと、
三月は寝る前に少し何かで気を紛らわすことにしたが、かと言って今は音楽を聴く気にも、ゲームをやる気にもならない。
こういうときには、多少面倒臭いことを伴うものの方が気を散らさなくて良い。
しばらくテストは無いが、三月は学校の復習などを少しやることにして机に向かった。
みつきくん?みつきくん?みつきくんってば?――
・・・幻聴はまだ続いていた。
・・・ねえ、気付いてくれたんだよね?
しかし・・・なんか、幻聴にしてはちゃんと会話になっているような・・・。
ちょっとー?ムシしないでよー?
いや、幻聴なんて所詮妄想なんだからひょっとしたら自分の都合の良いように聞こえるのかも知れない。
・・・やっぱもう寝よう。
三月は勉強も諦め、さっさと電気を消して布団に入り込んだ。
えーっ、ちょっとお願い、まだ寝ないでー
まだ幻聴は続いている。
次の日の朝・・・、
三月はいつもより、1時間近くも早い時間に電車に乗っていた。
さすがに、この時間だと伊折がいることは無かった。今日だけはヤツに会うと、色々と面倒臭くなりそうだ。
主に精神的に・・・。
いや、伊折だけではない。もう昨日の今日で左沢失踪のウワサは、学年は当然のごとく、下手をすれば今や学校中に広がっている。そんな状況下でクラスメイトはおろか、三月を知る学校の生徒に会えば何を言われるかわかったモンじゃない。
まあ、そのときはそのときですっとぼければ良い話ではあるが、出来ればそうした機会は極力避けたい。
(はぁ、どうすっかなあ・・・。)
三月は内心、頭を抱えた。
三月の心境が優れないのは昨日までと変わらない。ただし、左沢に対する心配は大分薄れ、代わりそれとはちょっと違った悩みが新たに浮上してきた。
昨夜のその後のことである
あの後しばらく幻聴は続いていた。
・・・まさかっ!
本当に左沢なのか?!
三月は、飛び起きると改めて声のする方に向き直った。やはり声は例の鞄のマスコットからしている。
そう!私です。自分でも何がどうなちゃったかよくわからないんだけど・・・。
そして、その声だかは続けてこう言った。
お願い!助けて下さい!!
三月は頭が混乱してきたが、そう言われてしまっては無視する訳にも行かない。まだ状況を受け入れられないままではあったが、気付くと即座に、
「わかった!」
と答えてしまっていた。
・・・やはり声がしていたのは例のマスコットで間違いなかったようだった。
とどのつまり、どうやら行方不明になっていた左田は、何故か三月が付けている集めてのマスコットに姿を変え、今現在ここにいる・・・ということらしい。
ところで、この歳になるとたまに「夢」であるとはっきり認識出来る夢がたまにある。
感覚的にこれは夢では無い。
ちなみに、頬などをつねって夢かどうかを区別する方法は、実際のところ夢を見る過程で脳が生み出す電気信号が実際に幹部の痛みを引き起こすこともあるらしいので、あまりアテにはならない、と聞いたことがある。
まさかこんなアニメやどっかラノベのような非現実的なことが起きるなんて・・・!
しかし、アニメやラノベの主人公も大抵はまったく普通の生活を送っているところに、何かしらのきっかけで突然思いも寄らない事態に巻き込まれる訳で・・・、いや、それよりも実際問題UMAとか今の科学では説明のつかない様々な超常現象とか起こっている訳だし?
そう言えば、なんか某ゲームのドリンクが実際にコンビニで販売されたこともあったし、
まあ、結局のところ・・・、
最近の世の中は現実なのか空想なのか段々と境界が曖昧と言うか、混沌な状況になってきている気がする・・・!ぶっちゃけそんな世界ではこれもありなのかも知れない?!
三月はなんとか(無理に)納得して自己完結させると、ようやく混乱が納まって来た。
・・・そして、今に至る。
昨夜はそれからマスコット・・・もとい、彼女と「今日はもう遅いから朝になってから色々考えよう」ということにして、とりあえずまた眠りに就いた。
朝起きると、やっぱりまた左田に対する心配のあまり見た夢だったんじゃないか? というような一抹の不安が過ぎったが、
「左田・・・?」
とマスコットに呼び掛けるなり、
「おはよう、みつきくん!」
などと間髪入れずに返ってきたので、不覚にも逆にこちらがすこし驚いてしまった。
未だに信じられないが、やっぱり左田はここにいた。