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第1章−2.日常の崩壊

翌朝・・・、



三月はいつものように目覚まし時計の音に起こされた。


 これまたいつものように、まだ眠りたい本能と葛藤しつつ、ベッドからはい出し、洗面所へと向かう。そこで顔を洗い、一通りの用を足すと、今度は居間へと向かった。

 三月は、両親と暮らしている典型的な核家族だが、居間には誰もいない。共働きの両親は、こんな早い時間だというのに、既に仕事へと出掛けていた。

 

 テーブルには食パンにレタスとハムを雑に挟んで作られたサンドイッチと、目玉焼きが置かれていた。三月の朝食用に母親が出勤前にこしらえてえてくれたものだ。

 

 これもいつもの通りだ。

 

 しかし今日は、朝食の隣りに置いてある筈の物がなかった。昼用の弁当である。その代わり500円玉がポツンとテーブルの上に置かれており、三月は納得した。

 

 つまり、今日は学食で食え・・・と。

 

 三月はその500円玉をしばらく弄んでから、ようやく椅子に座り、ようやく食事に手をつけ始めた。

 一見雑だが、三月にはけっこう満足の行く味だ。この辺は、母さんも仕事と家事をちゃんと両立させてるなあ、と実感するところである。

 こうして朝食が済むと食器を流しの洗い桶の中に浸け、再び洗面所に戻って歯を磨き、また自分の部屋に戻って学校の制服に着替える。それから今日の時間割と各教科に必要な教科書や資料集を確認。

 これでやっと学校へ出発する。普段通りの朝だった。

 


 家から最寄りの駅までは徒歩10分程である。

 

 今日は少し肌寒い。あー、下にベスト着てくれば良かったかな・・・。Yシャツとブレザーのみしか着てこなかったことを少し後悔しながら駅に到着した。朝は電車がすぐ来る。今日も凄いラッシュだ。

 この電車が遅刻せずに済むギリギリの電車だ。日によって、少し乗る電車がズレるが、今日はちょっと家を出るのが遅かった。

 学校までは、途中で乗り換えなければならない。次に乗った電車で伊折と遭遇した。

 

 だが決して偶然ではない。

 

 伊折は、いつもこの電車なのである。しかも、伊折の自宅がある場所はこの電車の終点であり起点であるから、いつも座って寝ている。どちらかと言うと朝の弱い三月には、まったく羨ましい限りだ。

 昨日の帰りのことが少し気になったが、あれから一日経ってるし・・・と思い、三月はだらしなく眠っている男の肩を無言でたたいた。


「ん〜・・・」


何かよく判らないつぶやきだか寝言だかを発しながら、伊折は目を覚ました。そして三月を確認を確認すると、


「いよぉ・・・。」


とまだ半分眠った表情で右手を軽く挙げた。


「ん?もう風見野過ぎたのか。いやあ〜、やっぱり遠いよなあ、ウチのがっこ。絶対高校生の睡眠不足問題を促進させてるよな。」


という、朝っぱらから本気なんだか冗談なんだかよくわからない伊折の問いかけに、


(お前、けっこう授業中寝てんじゃねーか!)


と心の中で突っ込みながらも、


「ああ、確かにもっと寝てられたら、学生生活ももっと快適なのにな。」


と一応同意しておく。実際問題、6時起きの毎日は三月もつらかった。


 

 三月は少しほっとした。多分大丈夫だろうとは思っていたが、伊折がすっかりいつもの調子だったからだ。万が一伊折が昨日のままだったら、これから先もこいつとの付き合い方が、今後微妙に変わってしまうかも知れなかった。

 

 また伊折と何の気兼ねもなく接することが出来て、ほんと良かった。

 

 三月は電車を降りてからも、いつものようにとりとめのない話を伊折としながら、少し寒さの身に染みる通学路を歩いてていった。

 やはり、昨日感じたことは間違っていない。俺はこの日常を今ある限り精一杯楽しめればそれで良い。あんな余計なこと考えるのは時間のムダ・・・。

・・・三月は思った。

 そう言えば、こいつコート着てやがるな。くそっ、暖かそうでいな〜。

 


 ・・・しかし、降伏点に達し、応力に耐えられなくなった軟鋼がやがて破断を起こすように、日常の終焉は既にもうそこまで来ていた。


 

 ・・・・・・

 

 ・・・



「・・・はあっ、お前、もうちょっと余裕を持って来るって発想ないの?」


「お前だって、はあっ、はあっ、同じ電車だったじゃねーか!」


「俺はな、はあっ、一人だったらもっと歩くの、はあっ、早いんだよ。お前と、はあはあっ、話して歩くからこういうハメん、はあっ、ってんのっ!」


「はあっ、だったらとっとと先行けばいいだろ!はあっ。」


 三月と伊折は学校前の急な坂を全速力で駆け上っていた。あの時間に電車に乗ると本当に遅刻ギリギリなので、歩くペースを誤ると、最後にこういう結果になる。しかも学校のある丘は結構高い。つまり必然的に、強制早朝坂道マラソンもの距離も長くなる。

 だったらもうちょっと早く起きれば、という話えあるがそれが出来るなら二人ともとうに実行している。

 いや、正確に言うと、中学生の頃までは実行していた筈だった。

 しかし、どうも年を取るにつれ、人間はより怠け癖が付くようで、高校生になった頃には、一秒でも惰眠を貪りたい!そんな気持ちがすっかりと強くなっていた。


校門を抜ける直前で予鈴が鳴り響く。



よし、ここまで来ればっ!



「ほら、早く教室入れ!」


校門の前で、生徒指導部長の藤木が怒鳴る。昇降口へと続く階段を勢いに任せて一気に駆け上がりる。


この時点で、本鈴まであと2分。


急いで自分の下駄箱から上履きを取り出し、代わりに履いてきたローファーを放り込む。上履きの踵は折ったまま、さらに教室のある棟の階段を目指す。


 予鈴まで1分。


 「なんで高校生の教室って最上階なんだろうね。」


 途中で誰かの心さ叫びが聞こえたような気がしたが、三月も伊折も無言で走り続けた。


 予鈴あまで30秒・・・。


 10、9、8・・・。


 ようやく教室が見える。ってか今まさに担任が教室に入らんとしているとこだった。



 3,2,1・・・。



 担任の後を追って三月達も教室へ滑り込む。



 キーンコーン・・・。



 セーフ!



はあー、何とか間に合った。その後、どこにこんな連中いたんだ、と言わんばかりにどどどっ、何人も駆け込んで来た。


「・・・お前ら早く席に付け!」


 担任の大島教諭は呆れ顔でため息をついていた。

 ぶっちゃけ、高校生になって怠け癖が付いているのは三月や伊折だけに限った話ではなかった。

 女子の方は、本鈴前には殆どが教室内に揃っているが、男どもの方ですでに余裕を持っているのは、大半が運動部、朝練があった連中だ。

 最近、他のクラスでもほぼ同じような状況らしく、学年会議でもよく問題に挙がっている、


・・・と大島教諭が以前こぼしていた。

 

 まあ、ホームルームが始まる前に既にそんな状態であるから、大島教諭も半ば諦め、ホームルームも今ではすっかるだるだるの雰囲気が常だった。

 

 

 今日もそんな感じで学校が始まる筈だった。

 

 

 しかし、なにか今日は大島教諭の様子が、いつになく真剣味を帯びていた。

 そして教室の慌しさが一段落し、ホームルームが始められるような雰囲気になると、大島教諭は開口一番、予想も付かなかった言葉を発した。


「誰か左沢のこと知ってるヤツいないか?」


・・・は?意味がわからん・・・。そりゃクラスメイトなんだからみんな知ってるだろうよ・・・。


三月が瞬間的に頭の中で大島教諭の言った意味を考察していると、彼はその結果を待たず、次に瞬間こう続けた。





「左沢が昨日から行方不明だそうだ・・・!」



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