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第二話 女剣士と女神官

一章 第二話



 エルフとドワーフの喧嘩に興味もくれず、キヌはトテトテと階段を降りていった。

 そこに危なげな様子は一切無い。

 ハオスもキヌに心配をかける様子なく階段を降りていった。

 食堂に着き、宿の女将に声をかけ、朝食を用意してもらう。

 食堂の席を見渡すと、ハオスは妙に目立つ服装の二人組を見つけた。

 キヌと共にその二人に近づけば、白を基調とした神官服を纏い、側に突起の目立つ大きなメイスを立て掛けている女が視線を向けた。


「あら。おはようございます。キヌ様、ハオス様」

「メリー、おはようなのじゃ! ヤトもおはようなのじゃ」

「おはようございます。メリーさん、ヤトさん」


 ハオスとキヌが二人に挨拶すると、ヤトと呼ばれた女も、おはようと挨拶をした。

 長く明るい茶髪をひとまとめにして後ろに垂らして、腰には不思議な湾刀を二本差している。動きやすいであろう軽装からは、彼女の蠱惑的な柔肌が覗いていた。


 さて、とヤトが話し始めた。


「バカ共はいないが、とりあえず作戦のおさらいだ。

 この〈竜災〉で私達『アカツノ』が対応するのは〈多頭竜〉だ。基本的には私が首を落として、タロのやつが断面を燃やすことになるだろう」


 ――――多頭竜


 それは〈亜竜〉と呼ばれる竜に似た魔物の中でも最強の一角である。

 特徴は、その名の通りの複数の頭と、そこから吐き出される高威力の〈竜の息吹〉だ。

 だが最も厄介なのは、全ての頭を落とさない限り死なない生命力と、一本でも頭が残っていれば即座に切られた首から頭が生えてくる回復力である。

 討伐方法は二通り。

 全ての頭を同時に切り落とす。

 あるいは、切断面を焼くことで回復を阻害し、順々に頭を落とす。


「だが今朝、斥候から新たな報告があった。〈多頭竜〉は二体ではなく、三体。

 新たに発見された一体は色付きの〈九頭竜〉だ」

「…………」

「…………」


 やけに大きな音がした。

 ハオスとキヌが息を呑む音だ。

 メリーが涼しげな顔をしているのは、おそらく一通り驚き終わった後だからだろう。

 黙して目を瞑る様は神に祈っているかのようでもある。

 色付きとはすなわち属性を持つということである。


「何色なんだ?」


 ハオスが沈黙に耐えきれず問うた。


「白、赤、緑、青、黄、黒の基本六色と、毒々しい紫色、金属が腐ったような錆色、そして鮮やかな緋色だそうだ」

「なっ…………。属性が、九つも…………」


 〈多頭竜〉はその頭の色ごとに放つ〈竜の息吹〉の属性が変わる。

 基本六色と対応するのは、基本六属性と呼ばれる光、火、風、水、土、闇である。両端の光と闇は扱える魔法士が少ない希少な属性であり、他の四属性よりも強力であるとされている。次点で火と土が強いというのが、一般論だ。

 そしてこのパーティー『アカツノ』の魔法士タロは、魔法適性が高く長寿のエルフであり、冒険者ギルド一の火魔法の使い手である。

 そのタロでさえ、扱える属性は三つ。

 属性が九つあることは、ハオスが言葉を失うのには十分過ぎる理由だった。


「安心するのじゃ、ハオス。致命傷は全て防ぎきってみせるのじゃ」


 キヌはどこからかその身の丈の三倍はありそうな巨盾を取り出し、打ち鳴らした。


「では、皆様の怪我はわたくしが癒してみせましょう」


 それに続くように、メリーもメイスを掲げた。


「なんだ、ハオス? 死ぬ気だったのか?」


 パーティーリーダーのヤトは挑発的な笑みを浮かべている。


「〈竜災〉は…………出会えば死ぬ。だから、災害と呼ばれるんだ。そうだろ?」


 それでもハオスの不安は拭えない。

 あの〈竜災〉を体験し、生き残ったハオスだからこそ、竜という存在の理不尽さが分かるのだ。

 ハオスは知っている。

 目の前の女剣士は、かつての父にも劣らない上級の中でも上位の剣士だ。

 すでに上級の〈剣術〉を修めたハオスが、この女から模擬戦で一本も取れたことがないのが、その証明だ。


「死ぬ気で挑めば、そりゃ死んじまうだろう。

 だけど、生きようと思えば、生きられるものさ。

 何が怖いんだ? 〈害竜〉も〈亜竜〉も、この四年間、さんざん斬り殺してきただろう?」


 あの〈竜災〉から四年。

 身寄りのないハオスは、日銭を稼ぐために冒険者になった。

 そこで出会ったのが『アカツノ』だ。

 ヤトに習った〈剣術〉はもちろん、タロに習った〈魔法〉とメリーに習った〈奇跡〉も上級まで修めた。

 四年程度では実戦経験で劣るが、全てを使えば亡き父とも渡り合えるだろう。


 だからこそ、自分が羽虫のように潰される未来が見えてくる。

 仲間が、死ぬ未来が見えてくる。

 それが、何よりも怖いのだ。


 大事な存在ほど、自分を守って死んでいく。

 母も、父も。そして、あの〈竜災〉でも……。


 だからハオスは、これが最後のつもりなのだ。


「もうこれ以上、竜に奪われたくないんだ!

 母を、父を、そして、せ…………」

「――失礼なやつなのじゃ」


 低い声をキヌが発した。

 ハオスの言葉を遮ったそれは、実際には不断通りの可憐さなのだが、隠しきれぬ怒りが、そう錯覚させた。


「ぬしはこのパーティーの仲間なのじゃ。仲間も信じられぬのか?」

「…………」



 ハオスは、〈二頭竜〉と〈三頭竜〉ならばどうにかなると思っていた。

 自分さえ死ねばどうにでもなると。

 自分が守られて仲間が死ぬくらいならば、自分が仲間を守って死にたいと。

 これはあくまでも時間稼ぎ。

 街の住民が逃げ切り、〈神都〉から竜騎士団が飛んでくるまでの時間稼ぎ。

 それならば、仲間が助かる可能性がある。

 事実ハオスは、四年前に生き残ったから。


 だが、守ってみせると言われて、動揺した。

 父のように死ぬのではと。

 癒してみせると言われて、動揺した。

 父のように無意味なのではと。


 動揺して、覚悟が鈍って、それがどうしようもなく情けなくて。



「死ぬ覚悟はいらない」


 心を読んだかのように、見計らった言葉をヤトが投げた。


「不安は全て、叩き斬ってやる」


 剣の柄に手を置いて言う。この剣で、と。


「だから、生き抜く覚悟をしろ」


(……ああ。前にもこんなことを言われたなぁ)


 ハオスが死物狂いで〈害竜〉を討伐していた頃のことだ。

 こんな言葉で誘われて、その魅力に抗えなくて、何より、眩しいくらいに格好良くて。『アカツノ』というパーティーに入ったのだ。

 ヤトは何年経っても求心力のあるリーダーだった。


「ああ。分かった」


 ハオスは、覚悟をした顔をしていた。


「ふんっ! ヤトはいっつもおいしいところを持っていくのじゃ」


 キヌはご機嫌斜めですと主張するように、そっぽを向いた。

 拗ねた子供のようでむしろ可愛らしい。


「すいませんでした、キヌ。〈竜災〉と聞いて、怯えて、ばかなことを言いました」

「本当なのじゃ! でも許すのじゃ!

 ぬしはまだ十四。成人したばかりのぬしをそこまで責めるつもりはないのじゃ。じゃから…………」

「――――ふぇぇぇ。何かあったんですかねぇ」


 ぶちっ、と堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた。


(ああ、サカロ。やっぱり気が合うな……)


 ハオスは、ぶち切れたキヌがタロを殴り倒す音を聞きながら思ったのだった。



 ――――このエルフ、まじでむかつく



 それはパーティー全員の総意であった。





どうでしたか?


パーティーメンバーたちの感想など貰えたら、非常な嬉しいですね。

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