第三話 〈竜の息吹〉
序章 第三話
ギロリと、不気味なほどに血走った目がハオスを捉えた。
目が血走り、牙を剥き出し、周囲全てに見境なく敵意を振り撒くそれは、理性を失い暴れ続ける〈害竜〉の特徴だ。
その鋭い眼光は見るもの全てを萎縮させる。
必然。ハオスは震える体に力を入れることもできない。
もはやハオスの体は、恐怖で震えているのか、嵐を受けて凍えているのか、それすらも分からない。
風竜の王族たる〈天王竜〉にとって人間など容易に叩き潰せる羽虫に等しい。
そして、怒り狂った〈害竜〉にあるのは破壊衝動と殺傷衝動。
視界に生物が入れば、殺そうとするのが〈害竜〉だ。
「グゥルルゥゥ……」
〈天王竜〉はその鎌首をもたげ、胸を大きく膨らませた。
それは全ての竜に共通するとある攻撃の予備動作だ。
――――竜の息吹
それは全ての竜が生まれながらに身に付けている〈竜術〉の中で最も容易に行使できる攻撃。
御伽噺の中で、あらゆる英雄を屠ってきた単純明快にして最強の〈技〉。
ハオスは避けられぬ死を目の前に見ていた。
生きたいと叫ぶ暇も、死にたくないと逃げ出す時間さえもありはしない。
避雷針の如し長い角に纏っていた雷が消失した。
空から嵐が散り始め、豪雨の勢いが収まる。
それに反比例するように〈天王竜〉の口内には溢れんばかりの濁流と雷光が渦巻く。
――――ガアァァァ…………
「ひっ……」
後方から轟くもう一柱の〈王竜〉の叫びを勘違いしたのか。ハオスは頭を抱えて、〈天王竜〉の〈竜の息吹〉に備えた。
いや、恐れをなしてうずくまった。
なにも、できなかった。
〈竜の息吹〉が放たれる直前、よりいっそう光が増し、ハオスをきつく目を瞑った。
――竜さえいなければ……
――――〈害竜〉さえいなければ…………
放たれた息吹は、愚直なまでに真っ直ぐに突き進んだ。
躓きながら霧を抜けた森は濁流に押し流され、生まれてから住んできた村は暴風で吹き飛ばされ、その先にある父と母が冒険者をしていたという街ですら稲妻に焼き焦がされた。
後に〈星天の王災〉と呼ばれるこの〈竜災〉の被害を受けた街や村に生存者は居なかった。
――ハオスを除いて。
これにて序章は終了。
次は一章です。
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