第十一話 ターコザイクーロ
ゆっくりと読んで下さい。
一章 第十一話
なぜ吹き飛んでいるのだろうか。
ハオスは、そんな疑問を抱きながらも、咄嗟に受け身をとり、杖を構えて、〈九頭竜〉へと向き直る。
「…………え――?」
言葉を失ったハオスが見たのは、黒い刀身を頭から生やす〈九頭竜〉の黒頭と、右上半身を失ったヤトだ。
ただでさえ重症だったヤトが流した血は、辺りを赤く染めていく。
噛み砕かれようとしていたハオスが、ヤトに吹き飛ばされたのだ。
(…………………)
死んだ父の姿をヤトに重ねたのだろう。
ハオスは、何もできないでいた。
そして、何もしなければ、奇跡が起こることもない。
事態は悪化するのみだ。
「ガアァァァァァァァァ!!」
〈九頭竜〉の無色の尾は奇妙な行動を取った。
根を張り、枝葉を伸ばした盾でその尾の攻撃を防ぐキヌへと近づいていく。
〈竜の息吹〉を放とうと、鎌首をもたげる頭とは全く逆の行動だ。
――そしてそれは放たれた。
〈九頭竜〉の尾は無属性。その特性は、〈気力〉の吸収。
辺りからも〈剣気〉も〈法気〉も〈魔法気〉も吸い尽くす――
〈竜の吸気〉とも呼ぶべき、その〈技〉は、キヌが張り巡らせた樹木を枯らしていく。
根は細り、枝は崩れ、葉は落ちる。
風が止み、水が消え、土が痩せる。
そして、生物の〈生気〉さえも。
「くっ……」
キヌが苦しそうに喘ぐ。
どんな生物でも、〈生気〉を失えば死ぬ。
そして重症を負っていれば、それは〈生気〉が少なくなっているということだ。
死にかけの『アカツノ』は、急激に弱っていった。
サカロが毒に侵され倒れ伏していた。メリーも意識はない。薬も無ければ、〈奇跡〉も起こらない。
ヤトは腕と血を失った。キヌには立つ気力すら残されていない。その首を落とすことも、防ぐことも叶わない。
勝負は決した。
動ける者はいない――――――――はずだった。
けれど、一人。
その魔法士は、詠唱を口ずさみながら走っていた。
「――――心に燻るこの炎が消えることは叶わない
――――一目見れば目に焼き付いて決して離れはしない」
唯一無傷のタロだけが、走っていた。
「――――その小さき赤を目指して今日も歩み続ける」
その長すぎる詠唱は、音が聞き取れなくとも、タロがどんな〈魔法〉を使おうとしているのかを、ハオスに伝えていた。
「――――この熱は君に伝わるだろうか
――――伝えられぬ熱を君に届けるだろうか」
通常の体系化されている〈魔法〉を敢えて『汎用魔法』と呼ぶならば、その魔法を一から作り出した者にしか使えないそれは『固有魔法』と呼ばれる。
「――――我が願いは君の心、君の命、君の全て
――――対価に消えぬこの炎を捧げよう。焼き付いて離れぬ思い出をくべて」
決して早くはない足で、タロはキヌの元へと向かっていく。
「……タ、ロ」
どうにかその名前を紡いだキヌを、タロは無言で突き飛ばした。
「あっ…………ター、コ……ザイ…………クーロ……!」
愛称ではない、タロの本名を、キヌが必死に絞り出した。
タロが振り返ることは無かった。
迫るのは、命を吸い尽くさんとする巨大な口。牙が生え揃い、舌を覗かせ、その奥はまるで地獄へと続く闇である。
「――――風にさらされ消えかけの灯火
――――最後には激しく燃え盛る」
それに臆することなく、タロは詠唱を続けた。
「――――我が身を焼き尽くす炎よ
――――最後にわがままを聴いておくれ」
最後に振り向いて、キヌに一言。
「ふぇぇぇ、キヌ、…………!」
爆炎を纏ってタロは、〈九頭竜〉の尾から吸い込まれ行った。
閃光。爆風。衝撃。燃焼。
タロの、自分だけの想いを乗せた『固有魔法』が起こる。
広範囲が焦土と化すほどの爆発は、全て〈九頭竜〉に吸収され、内側から〈九頭竜〉の肉体を焼き尽くしていく。
それは一度は〈爆発魔法〉を耐え抜いた尾も例外ではない。
恋心を喰らって、炎は燃え盛る。
いつまでも、いつまでも、燃え続ける。
灰すら残さず、全てが消え去った。
ここに、〈九頭竜〉の討伐は為された。
タロの、ターコザイクーロの、最後の言葉を聞いた者は、もちろん、誰もいなかった。




